表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第9話 謎の少女

 僕の朝はランニングから始まる。


 冒険者になる前に基礎体力が必要だと考え、毎朝10キロの距離を走っている。

 始めて1週間以上経つが、初日よりも走りきる時間が早くなっている。

 成長が見えるのは楽しい。


 そのあとは腕立てや腹筋などの筋力トレーニング。

 今できる限界の回数を行う。

 やり続けるほど回数が増え、

 少し筋肉も大きくなって来ている気がする。


 この間まで憂鬱だった朝も、今では清々しく気持ちいいと感じる。


 宿屋に戻り汗ばんだ体を拭き、綺麗な服に着替える。

 寝室を覗くと皆はまだ気持ちよさそうに寝ている。

 本来ならこの時間に起こす予定だったが、その必要が無くなった。


 今日は北西方面にある街プリミーラに、

 馬車で5日ほどかけて向かうはずだったが、

 悪天候により途中の道が通行止めになってしまったらしい。

 なので数日間はネロボンディに留まる予定だ。


 僕としては妹宛てに手紙を書きたかったし、

 せっかく時間ができたのなら有効に使おうと思う。


 部屋の置かれた簡素な造りの机で筆を執る。


『久しぶり。元気にしているかい?

 イレモスもニトスもオモルフィアも、もちろん僕も元気にしているよ。

 驚かないで聞いて欲しいんだけど、実は僕たち、ネロボンディにいるんだ。

 経緯をすべてを書くと、紙がいくらあっても足らないから簡単に説明するけど、

 これからイリオス王国に行って、ステーマ学園を受験しようと考えているんだ。

 ネロボンディにいるのはイリオス王国に向かう経由地なんだ。

 恐らく君は返信が難しいくらい多忙なんだよね。

 会えないことに寂しさを感じることもあるけれど、

 どこにいたって、どんなに離れていたって、君は僕たちの大切な家族だ。

 君のことをずっと応援しているよ。

 フォティノスより』


 彼女に届くといいな。


 素直な気持ちとしては直接会いたい。

 しかし3年も返信がない。

 僕以上に家族想いな彼女が返信しない理由に、

 多忙以外の理由が思いつかない。

 騎士として命を懸けて国民を守っている彼女に、

 少し顔を見たいから会いたいなど我儘は言えない。

 だからせめても、僕の手紙に目を通してくれていることを願う。


 手紙を出すついでに、皆の朝食でも買いに行こう。


 朝の静かな雰囲気とは少し変わり、閉まっていた店も開き始め、

 賑やかな声がちらほら聞こえてくる。

 到着したのは昨日だが、慣れない長旅の疲れもあってか、

 あまり街を見れていなかった。

 改めて見渡してみると、カコケリアよりも全体的に建物が高く、

 どこか上品な空気を感じる。


 新品の服を買っておいてよかった。

 ボロボロの服では悪目立ちするところだった。


 朝食探しに飲食店や食料品店も見て回るが、カコケリアよりも少し値は張る。

 しかしどれも質がよさそうに見える。

 宿屋で料理をするのは難しそうだし、出来合いのものを持ち帰りたいな。

 出店もいくつかあり、焼けた魚や肉の食欲を刺激する香りが漂ってくる。

 どちらにしようか非常に悩む。


 結局、串打ちされた魚と肉の二種類を買った。

 焼き魚の香ばしい匂いと、肉の美味しそうな脂の匂いが胃を刺激する。


 目的も果たし帰路に就くと、ふと視界の隅でフードを深くかぶった人が、

 道端で小さく蹲っているのが見える。

 カコケリアでは特別珍しい光景でもなかったが、この街では初めて見た。


「あの、大丈夫ですか?」


 僕は反射的に声をかけていた。


 パテミラスと出会う前の自分とどこか重なり、

 見て見ぬふりをできなかった。


 僕の呼びかけに反応して、

 俯かせていた顔が少し上がる。


「え、ええ。お気になさらず――」


 若々しい品のある女性の声が聞こえたが、

 言い終わりと同時にお腹の鳴る音が聞こえる。


 フードで隠れていて口元しか見えないが、

 気まずそうにしているのは感じ取れる。


「もしよかったら、これさっき買ったやつなんですけど、一緒に食べませんか?」

「え、いや、でも――」


 わかりやすく困惑している。

 初対面の人にいきなり食事に誘われたら、僕だって同じ反応をする。

 しかし空気を読まず話を遮るようにまたお腹の音が響く。


「……い、頂いてもよろしいですか……?」

「ぜひ! お魚とお肉どっちがいいですか?」

「じゃあ、……お、お魚で」


 そんなに珍しい物でもないと思うが、渡した串焼きの魚を凝視している。


 まあ僕も初めて出店の焼き魚食べるけど。


 一口噛むと気に入ったのか上品な所作で食べ進める彼女。

 オモルフィアも綺麗に食べるけど、所作の一つ一つに気品を感じる。


「美味しい……美味しいです!」


 久々の食事だったのか凄く喜んでいる。

 僕が作ったわけではないが、自分が褒められたみたいに嬉しい。


「もしよかったら、お肉の方もどうぞ」


 串焼きの肉を渡すと美しい所作を崩さず、瞬く間に完食してしまった。


 相当空腹だったのだろう。

 少し前まで一日にパン一個の生活だった僕には、痛いほど気持ちがわかる。

 食事というのは本当に大事だ。


「ご馳走様でした。あの、本当に助かりました」

「どういたしまして。喜んでもらえてなによりです」


 彼女はフードから目を覗かせ、初めて視線を合わし感謝の言葉をくれた。

 先ほどよりも声に力が増したように聞こえる。

 少しは元気になってもらえたかな。


「あの! お名前を伺っても?」

「フォティノスって言います。僕もお聞きしていいですか?」

「私は……ア、アナリシアです。初めての街で手持ちのお金も底をついてしまい、本当に困っていたんです。貴方は命の恩人です。改めて本当に有難う御座います」


 街の隅で蹲っていたときの雰囲気は、たしかにただならぬ空気を纏っていた。

 なにがあったのか詳しいことは知らないが、

 偶然であっても彼女の手助けをできてよかった。


「命の恩人だなんて、そんな――」

「きゃあッ! やめてッ!」


 甲高い悲鳴が会話を遮る。

 僕たちは声のする方向にすぐに走り出した。


「デケェ声出すんじゃねえ!」

「やめてッ!」

「その方を放しなさい!」


 大柄の男が女性に迫っているところに、

 アナリシアさんが凛とした声を言い放つと、

 男は女性に向けていた視線をこちらに向けて鋭く睨みつけてくる。


「テメェには関係無ぇだろ。引っ込んでろ!」

「事情は知りませんが、女性に手を出しているところなど見過ごせません」

「俺様を誰だか知ってて言ってんのか?」


 男の尊大な口調はどこかスクピディアに似ている。

 嫌なことを思い出してしまう。

 自分に自信があるのか、女性を見下しているのか、

 アナリシアさんにじりじりと詰め寄る。


「貴方のことは存じ上げません」

「じゃあ、分からしてやるよ!」

「――危ないッ!」


 気持ちいいくらいにバッサリと切り捨てるアナリシアさんに、

 こん棒の様に太い腕を何の躊躇いもなく頭目掛けて振り下ろす。

 当たれば無事ではすまない。


 僕も男を止めようと全力で駆け出す。


 しかし男の腕はアナリシアさんの体に直撃することなく、

 真横を通り過ぎた。


「ど、どうなってんだ……!?」


 男は理解できていない様子。


 だが僕には見えた。

 アナリシアさんがなにをしたのか。


 かなりの速度で振り下ろされる腕の軌道を、当たる直前で直接触れてずらしたのだ。

 あんな芸当、僕なんかじゃ到底真似できない。

 アナリシアさんは普通の女性ではない。

 恐らく驚きで目を見張っている目の前の男よりも、圧倒的に強い。


「貴方に私は殴れません」

「ク、クソがぁぁあ!」


 男は怒りで体を震わしながら、

 拳を大きく振りかぶり、

 無防備なアナリシアさんに殴り掛かる。


「――それ以上はやらせません」


 僕はアナリシアさんと男の間に入り拳を片手で受け止める。


 パテミラスとの稽古や毎日の鍛錬の成果か、

 今の僕なら止めるだけならそう難しくはない。

 彼女の実力ならこの打撃も簡単に躱すことは容易だろう。

 だが、戦意を見せない相手に攻撃するのは無視できない。


 周囲から注がれる好奇な視線に居心地悪そうにしている男。

 これだけの騒ぎを起こせば当然とも言える。


「――クソッ! テメェら覚えとけよ!」


 そう吐き捨てると、顔を真っ赤にして怒りながら立ち去って行った。


「余計な事しちゃいましたか?」

「いえ! 助けに入っていただき、有難う御座います」

「ならよかったです。貴方も大丈夫ですか?」

「は、はい。助けていただいて本当にありがとうございます」

「いえ、無事でよかったです。ではこれで」


 迫られていた女性に特に怪我は無さそうだった。

 少し騒ぎになってしまったが、大事に至らなくて本当によかった。


 僕たちは女性からの感謝に軽く返答してこの場から立ち去る。

 変に注目されるのは望まない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ