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第8話 旅の始まり

「よし。忘れ物はない?」


 僕の確認に全員が頷く。

 まだ誰もが眠っているような時刻に、

 僕たちは大荷物を持ち、住み慣れた掘っ立て小屋の前にいる。


 ステーマ学園の入学を目指すことを決めてから3日が経ち、今日が旅の初日となる。

 僕たちにとって初めての旅。

 横目に映る弟妹たちからは少しの興奮が伝わってくる。 


「じゃあ、出発しよう」

「「「はーい」」」


 僕の出発の合図に、弟妹たちは少し音量を抑えた声で答える。


 パテミラスを先頭に、イレモス、ニトス、オモルフィア、

 そして僕が最後尾の順番で歩く。

 案内をパテミラスに任せて、僕は後ろから3人を見守る。


 ここからカコケリアの中心街に向かって、

 舗装のされていない道を1時間ほど歩く。

 僕はもう慣れたが、弟妹たちは少し大変そうにしている。

 しかし疲れよりも好奇心が勝っているのか、

 道脇に咲く花や、野生の小動物に虫。

 空に浮かぶ雲にまで興味の視線を向けている。


 出発してから1時間ほどで、先日服などを買った中心街に到着した。

 

 ステーマ学園は隣国のイリオス王国にあるらしく、

 順調にいっても10日ほど掛かるため、かなりの長旅が予想される。

 カコケリアはヴロヒ王国の中でも、一番端にある町なので、

 イリオス王国に行くにはヴロヒ王国を横断する必要がある。

 

「ちょうど来てるわね」


 馬車の停留所に向かうと、パテミラスが乗る予定の馬車を見つけた。

 馬車の近くにいた御者に5人分の料金を渡して乗り込む。

 僕たち以外の乗客はいなく、貸し切り状態となっている。

 ここからは南西方面にあるヴロヒ王国の首都ネロボンディまで、

 5日ほどかけて向かう。


 手が届く距離で見る馬に、初めての乗り物。

 旅はまだ始まったばかりだが、初めての体験の連続に興奮冷めやらぬ弟妹たち。

 僕も同じくワクワクが止まらない。


 御者が乗り込み手綱を握ると、

 ガタガタと音を立ててゆっくりと動き始めた。


 弟妹たちが外の景色を楽しそうに眺めてるあいだ、

 パテミラスにイリオス王国のことを聞いてみた。


 イオリス王国は世界一の経済大国で、現在は世界の中心となっている。

 それに加えて気候の安定や文化的魅力も高く、

 仕事や進学、観光などの目的で世界中から人々が集まるという。


 カコケリアの街でさえ驚いている自分たちが、

 足を踏み入れてもいい場所なのだろうか。


 少し怖い。


 そして今向かっている首都ネロボンディだが、

 僕のもうひとりの妹が騎士団として活躍している場所でもある。


 一応今も手紙を送ってはいるが、3年も返信がない。

 最後に会ってから4年も経つが、何かの縁で会えないかな。

 そんな期待を膨らませながら到着を待つ。


***


「――皆、着いたわよ」


 ぼんやりとする頭にパテミラスの声が響く。

 いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 鉛のように重い瞼を開けて、降車する準備をする。


 5日間の馬車移動に、慣れない野宿をしたからか少し体が痺れている。

 馬車を下りて固まった体を伸ばすと、

 体に血が巡る感覚とともに徐々に覚醒していく。


「今日は宿に1泊するわよ」


 パテミラスの後を従順に着いていく。

 パテミラスは冒険者という職業柄、

 世界中をまわっているらしく、地理にかなり詳しい。

 ネロボンディにも何回か来たことがあると話していた。

 なので今回の旅はすべてパテミラス頼りである。


 夕暮れの気配が漂う時間帯だが、カコケリアよりも視界に入る人の量が多い。

 知らない街ではぐれるのは危ないので、弟妹と手を繋ぎながら歩く。


 馬車を降りて10分ほど歩くと、石造りの立派な家に着いた。

 置かれた看板には宿屋と書かれていた。

 受付を済まして、案内された部屋に入り荷物を置き室内を見回す。


 6人部屋を借りたので広さは十分な余裕があり、

 寝室や広い風呂も用意されている。

 掘っ立て小屋の頃を思うと、随分立派な設備。

 なにより一番目を引くのがベッド。

 今までは固い地面に布団一枚を敷いただけだったが、

 ふかふかのベッドで寝れるとは、少し感動してしまう。


「今日もいい?」

「着いたばかりだけど大丈夫?」

「大丈夫! 早くやりたいんだ!」

「なら、ここの近くに広場があるからそこに行きましょう」


 パテミラスは僕の問いに心配を向けるが了承してもらえた。

 イレモス、ニトス、オモルフィアに留守番を任せて、

 パテミラスと広場に向かう。


 冒険者になると決めた日から、毎日パテミラスに稽古をつけてもらっている。

 稽古といっても、僕の攻撃をパテミラスが受けるだけの簡単な模擬戦。

 僕と彼女とでは実力差がありすぎるため、かなり手加減をしてもらっている。


「どこからでも来なさい」


 パテミラスは周りに人がいないことを確認すると、

 とくに構えることもなく挑発的な言葉を発する。


「よし! ――ハッ!」


 パテミラスが強いことは知っている。

 だから今出せる全力で懐に踏み込み、

 全体重を乗せた右の拳を放つ。


「――惜しい」


 しかし打撃の当たらない位置にまで一瞬で後退され、拳は空を切る。

 簡単に当たらないことは、これまでの鍛錬で分かっている。

 だから勢いそのままに、右足に体重を乗せて地面を蹴り込み左の拳を打つ。


「――もう一段階伸びてきた。成長したわね」


 しかし拳の先にパテミラスの姿は無く、後方から声が聞こえる。


 僕の背中にいつ移動したんだ。

 見えなかった。


 最初の打撃が躱されるのは読んでいた。

 だから二撃目を打ち込んだ。

 まさか一瞬で死角の後方に移動されるなんて、僕の常識を簡単に超えてきた。


「まだ初めて数日なのに凄いわね。ここまでできるとは思ってなかった」

「1回も当てたことないけどね」


 素人なりにパテミラスの強さを理解していたつもりだったが、

 対峙するとよりわかる。


 圧倒的な実力の差。

 触れることすら難しい。

 僕は凄く幸せ者だ。

 こんなに強い人に鍛えてもらえるなんて。


「もう1回お願いします!」

「どんどん来なさい!」

「――ハァッ!」


 一々落ち込んでいる暇はない。

 僕は強くなりたい。

 もっともっと強くなって、大切なものを守りたい。



「ハァ……ハァ……」


 稽古を始めてどれくらい経ったのだろう。

 体力も底をつき、脚は痙攣して立つこともままならない。

 だけど立ち止まるわけにはいかない。


 1発だけでも当てるんだ。


「も、もう1回……ハァ……」

「やる気があるのは良いことだけど、今日はもう終わり」

「で……でも……ハァ……」

「焦らなくて大丈夫。フォティはまだまだ強くなるわ。私が保証する」


 パテミラスは膝をつく僕に手を伸ばす。


 今無理にやったからといって、

 すぐに強くなるわけではない。

 焦ってはだめだ。

 自分の歩幅で進むんだ。

 パテミラスを信じるんだ。


 差し伸べられた手を強く握り立ち上がる。


「3人とも待ちくたびれてると思うわよ。2時間も待たせてるわ」

「そ、そんなにやってた!?」

「汗かいたしお風呂入ろっか。前みたいに一緒に入る?」

「へ!?」

「照れちゃって可愛い~」


 パテミラスにからかわれながら宿に戻った。

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