第7話 新しい道
「何かいい仕事ないかな」
パテミラスによってスクピディアの元から解放されたが、
同時に仕事も失ってしまった。
大金が手に入ったとはいえ、
弟妹たちと暮らしていくには心許ない。
とりあえず、何か仕事に就きたい。
自分で言うのも変だが、世間に対しての知識が乏しいことを自覚している。
なので、僕よりも人生経験が豊富そうなパテミラスに相談をしていた。
「うーん、そうねぇ」
パテミラスは少しの間、目を閉じて思案にふけると、
なにか思いついたのか閉じていた目を開ける。
「冒険者とかどう?」
「ぼ、ぼうけんしゃ? あの冒険者?」
冒険者とは世界でも人気の高い職業……ということだけは知っている。
詳しいことは知らないので、パテミラスから説明を聞く。
未整備地域や危険地帯の探索や、
物語に出てくるような怪物の討伐などの危険な依頼。
そして護衛や人探しなど仕事内容はさまざま。
気になる給与面は歩合制で、危険度の高い依頼をこなせば、
1年で何億という桁違いのお金を稼げるらしい。
逆に仕事が無ければ給与は0と、安定とはかけ離れた世界。
話を聞くほど、僕に務まる仕事なのか疑問が浮かぶ。
腕っぷしも強くなければ、冒険に必要な知識もない。
もっと言えば、冒険者のなりかたもわからない。
「僕にできるかな……」
「分からないことがあれば私がサポートするから任せて。というか私、冒険者なんだよね」
「…………、えぇぇぇぇ!?」
冒険者のイメージというと、
もっと筋骨逞しい人を想像していたが、
目の前に居る美女が冒険者という意外性に驚いた。
しかし職業が冒険者なら、
スクピディアのときに見た彼女の強さにも納得がいく。
パテミラスがサポートしてくれるのは心強い。
それに話を聞いて冒険者という職業に興味はある。
危険な仕事なのは理解したが、
世界のどこかで困っている人を救える。
そんな素晴らしい職業に感じた。
困っている人を助けたい。
パテミラスが僕をどん底から救ってくれたように。
「あ、でも3人のことはどうしよう……」
イレモス、ニトス、オモルフィアの今後のことだ。
仮に僕が冒険者になったら、
今よりも家を空けることが多くなるかもしれない。
寂しい思いはさせたくはない。
「そしたら学校に通うのはどう?」
「学校……、考えたことも無かった」
学校に通うというのは、妙案かもしれない。
僕が冒険者稼業で家を空けている間、
弟妹たちは学校で勉学に励む。
それが実現するなら僕の心配も減る。
というのも、僕が仕事で家を留守にする間は、
弟妹たちにはあまり出歩かないよう約束をしていた。
カコケリアという町自体、あまり治安が良いとはいえず、
僕らの住む貧民街は特に危ない。
10歳12歳の少年少女が気軽に出歩ける場所ではない。
家に拘束するという手段が、弟妹たちの身を護る一番の方法だった。
口にはしないが、弟妹たちは辛かったと思う。
これ以上、あんな思いはさせたくない。
3人が望むのなら、学校に通わせてあげたい。
「ステーマ学園なら、みんなにピッタリかも」
「ステーマがくえん?」
「冒険者を目指すのなら、フォティにとっても良い環境だと思うし、全員で通えたらフォティも嬉しいでしょ?」
「それって、僕も3人と一緒に、その学園に通うってこと?」
「そういうことっ! ――」
パテミラスがステーマ学園について、事細かく説明してくれた。
冒険者や騎士など、武力を行使できる職につく者を、
総称してポレミスティスと呼ぶらしく、
ステーマ学園は世界最高峰のポレミスティス育成機関だという。
冒険者や騎士などの養成を目的としたポレミスティス科と、
通常の教育を受けられる普通科の2つの学科ある。
身分、年齢を問わず入学することができ、入学試験なども存在しない。
しかし誰でも入れるというわけではなく、
入学資格に「資質がある者」という謎の基準がある。
在学中に冒険者として活動もできるらしい。
つまり、イレモス、ニトス、オモルフィアと一緒に学園に通いながら、
必要な専門知識を学び、冒険者としての活動ができるという。
たしかに僕にとって夢のような環境だ。
しかし、不安要素はかなり多い。
「すごく良い案だとは思うけど……、僕には3人を支えられる経済力がない。やっぱりすぐは難しいかも……」
学園に通うには、当然だがお金がかかる。
僕の収入で全員分の学費を払えるのか。
まともな教育を受けたことのない僕たちが入学できるのか。
なにより、僕の収入源が確定していない。
仮に冒険者になったとして、
家族を養えるほど稼げるかもまだ分からない。
現実的に考えたら、ステーマ学園に通うのはかなり難しい……。
「せっかく提案してくれたのに、ごめ――」
「学費なら私が出すわ」
言葉を食い気味に入れるパテミラス。
「い、いや、そこまで迷惑はかけられないよ……」
「私たち家族でしょ? 家族は支え合うものでしょ?」
僕はパテミラスに迷惑をかけてはダメだと思っていた。
今まで出会ってきた大人たちは、
失敗をすれば殴る。弱音を吐けば殴る。
そんな大人にしか居なかった。
でもパテミラスは違った。
視線を合わしてくれた。歩幅を合わしてくれた。本当に優しい人だった。
だから怖かった。
見放されるかもしれないという恐怖が、心のどこかにあった。
パテミラスは初めて会ったときから、「頼って」と口にしていた。
スクピディアから助けてくれたときは、僕のことを家族と言ってくれた。
ずっと、ずっと、寄り添ってくれていた。
失敗をすれば助けてくれる。弱音を吐けば慰めてくれる。
パテミラスが居ない人生なんて考えられない。
恐れるな。一歩踏み出せフォティノス。
「パ、パテミラスは僕の大切な家族だよ! だ、だから、これからも支え合っていきたい!」
やっと素直な気持ちを伝えれた。
「んふふ、なんだかプロポーズみたい」
「ち、茶化さないでよ~」
「あ、3人にも学園のこと話さないと」
「そうね、皆で決めないとね」
今後のことについて話していたのを忘れてた。
部屋の隅で何か作業をしていたイレモス、ニトス、オモルフィアも話し合いに呼び、ステーマ学園のことを伝えた。
イレモスは勉学。
ニトスは冒険者という職業。
オモルフィアは同性の友達。
各々興味を示していた。
全員の総意として、ステーマ学園への入学を目指すことになった。
「フォティにいに渡したいものあるんだけど……」
話合いが終わると、オモルフィアが緊張気味に話を切り出す。
「僕に? なんだろう」
「私たちからのプレゼント!」
丁寧に包装された包みを手渡された。
「開けていい?」
「「「うん!」」」
3人に了承を得て開けると、鮮やかな赤色をした石のネックレスが入っていた。
「いつもお世話になってるから、何かお返しをしたくて私たちで考えたの」
「フォティにいのために、みんなで作ったんだ」
「おれがその石見つけたんだ!」
「僕のために……」
ネックレスを見れば伝わる。
職人でもない普通の少年少女たちが知識を出し合い、協力して作ったのだ。
僕の首元に合うように長さが調節され、
石は簡単に取れないようにしっかり固定されている。
お世辞にも高い技術が盛り込まれた一品とは言い難いが、
世界最高の職人でも作り出せない特別な想いが込められている。
僕にとってはどんな高価な物よりも価値のある宝物だ。
我慢しようと目頭を押さえるが、どうしても涙が溢れ出てくる。
「き、気に入らなかった……?」
心配そうな声音のオモルフィア。
すぐに濡れた目元を拭い、
不安と緊張の混ざった顔をしている3人を引き寄せ、ギュッと抱きしめる。
「違うんだ……凄く気に入ったよ……本当に最高のプレゼントだよ。ありがとう」
僕の反応を見て頬をほころばせ喜ぶ3人。
少し張り詰めていた空気はいつもの和やかなものに戻った。
「着けてもいいかな」
「「「うん!」」」
頭から通して首にかけると、赤石が急に発光しはじめた。
眼を開けてられないほどの強い光が僕を襲う。
とっさに手で光を遮る。
薄眼で確認すると光は収まっていた。
なんだったんだ、あの光は――
「――ッ!?」
目の前には茫漠とした荒野が広がっていた。
肌が焼かれそうなほど太陽が強く照りつける。
温度や空気など五感で感じるすべてがあまりにもリアルで、
現実なのか夢なのか判断がつかない。
さっきまで皆と家に居たはず。
なにが起きているんだ?
ここはどこだ。
周りを見渡すと少し離れたところにぽつんと1人、
槍を構える精悍な顔つきをした男が、遠くに視線を向けていた。
同じ方向に視線を飛ばすと、
大量の砂煙を上げながら、凄い勢いで人の大群が迫ってきていた。
「ンッ!」
槍の男に危険を伝えようと声を飛ばすが、
喉に何かつっかえたかのように声が出ない。
状況に困惑しているあいだに、
男は軍勢に向かい勇猛果敢に飛び込んでいく。
槍を豪快に振り回し、圧倒的な強さで相手を薙ぎ倒していく。
体力の底が無いのか、次々と襲い掛かる相手を蹴散らしていく。
「フォ***ダイ***ブ?」
オモルフィアの声が微かに聞こえると、
目の前の景色が徐々に霞み始めた。
ぼやける視界の中で、
槍の男が僕に視線を合わせて、何かを喋りかけている。
しかし声が聞こえない。
「――フォティにい? ぼーっとしてたけど大丈夫?」
体に軽い衝撃が走る。
目の前には心配した顔で、僕の肩を軽く叩くオモルフィア。
見慣れた部屋を見まわすと、全員が心配の表情を僕に向けている。
無事に戻ってこれたのか。
しかしあれは夢だったのだろうか。
後で皆に聞くと、
赤石が光ったところは誰も見ていなく、
ネックレスを着けてから、僕になにをしても反応が無かったらしい。
ただの夢だとは思えない。
槍の男は、僕に何か大事な事を伝ようとしていた。
そんな気がしてならない。