表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第4話 支配からの解放

「お、お前ら! 手加減できる相手じゃねえ! 全員でやっちまえ!」


 焦りを含んだスクピディアの指示で、

 5人の大男が怒涛の勢いでパテミラスさん1人に飛びかかる。

 反撃の隙を与えないほどの猛攻を仕掛けるが、

 全ての攻撃を必要最低限の動きで躱す。


 大粒の汗をかき、肩で息をする大男達とは対照的に、

 パテミラスさんは涼しい顔をしている。

 素人から見てもわかる。

 パテミラスさんの圧倒的な強さ。


 す、凄すぎる……。


 そんな陳腐な感想しか出ない。

 それだけ僕の常識を超えた何かが目の前で起きている。


「むやみに傷つけたくないの。怪我したくなかったら邪魔しないで」

「……ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!」


 パテミラスさんの言葉を聞いて、

 激高した従者の1人が殴りかかる。

 しかし手の届かない位置まで一瞬で後退され、

 りきった拳はむなしく空を切った。

 勢い余って体勢が崩れた従者。

 パテミラスさんはその隙を見逃さず、

 足先が顎を掠るように蹴りを入れると、従者は膝から崩れ落ちた。


「もう一度言うわ。邪魔しないで」


 恐怖に満ちて蒼くこわばった顔をするスクピディアとその従者たち。

 戦意喪失した従者たちはスクピディアと倒れた仲間を放置して、

 一目散に逃げ去って行った。


「お、お前ら!? 俺様を置いてどこに行くっ!」


 背中も見えなくなった従者たちに悲痛な叫びをあげるが、

 その声は残酷に消えていく。


「ヒィィィ……く、来るなぁ、化け物がぁ……」


 パテミラスさんが一歩一歩近づくたびに、

 腰を抜かしたスクピディアは、

 尻もちをつきながら必死に後ずさりするが壁にぶつかる。


 パテミラスさんは膝を震わせ、

 威勢を失った弱弱しい声で抵抗するスクピディアの目の前に立つ。

 拳を握った右腕を大きく後ろに引き、    

 凄まじい速さで鼻に当たるギリギリで寸止めをすると、

 スクピディアの豪華絢爛な服が吹き飛ぶほどの爆風を拳の先から巻き起こした。

 整っていた髪も無造作に荒れ、

 とても貴族には見えないような身なりになってしまった。


「次、私の大切なものを傷つけたら、これだけじゃ済まさないわ」


 慄然とするスクピディアに、激しい怒りが詰まった力強い声で言い放つ。


 それを聞いたスクピディアは必死に首を縦に振る。

 その光景を見たパテミラスさんは鼻先に伸ばした拳を引き、

 険しくなっていた眉を解く。

 すぐに僕の元に駆け寄り手枷を外し涙ぐんだ顔で、

 息が止まるほどギュッと抱きしめる。


「もう大丈夫よ……。フォティノス君……」


 優しさと安堵の籠った声を聴いて、

 恐怖と絶望に締め付けられ硬直していた体から、

 波がひくように力が抜けていく。


「なんで……ここにいることを?」

「女の勘よ」


 かっこいい……。

 むかし本で見た英雄みたいだ。

 

「帰りましょう。皆待ってるわ」

「は、はい」

「あ、その前に。彼に聞きたいことがあったの。ちょっと待っててね」


 そう言うと、意気消沈しへたり込むスクピディアの元に向かった。


 なにか2人で話し込んでいる。

 声はあまり聞こえないけど、パテミラスさんが優しい笑顔で話すたびに、

 怯えた瞳を揺らしながら取れそうな勢いで首を横に振っている。


 ほ、本当に何の話をしているんだ……。


 話が終わったのか、笑顔でこちらに戻ってくるパテミラスさん。

 曇りなき満面の笑み。

 それとは対照的に、

 まるで生気でも吸い取られたかのようにゲッソリとしているスクピディア。


 このとき僕は確信した。

 パテミラスさんは怒らしてはいけない人だと。


「顔になにかついてる?」

「い、いやぁ、今日も綺麗だなって……」


 顔をジロジロと見すぎたか、

 頬に手を当てながら首をかしげるパテミラスさん。

 反射的にごまかすと、年頃の女の子のように、

 もじもじと恥ずかしがっている。


 嘘はついていない。

 彼女は本当に美しい。


 話し合いの時に見せた笑顔が少し怖かったことは、墓まで持っていこう。


 後ろに視線をやると、へたり込んでいたスクピディアが居なくなっていた。


「あ、あの……、ス、スクピディア様が居ませんけど……」

「あぁ、大丈夫よ。彼には一つ頼みごとをしたの。さあ私たちも上に行くわよ。地下はじめじめしてイヤだわ」


 パテミラスさんの後を歩きながら拷問室を出て階段を上る。

 僕の体を気遣ってかちらちらと横目で確認し、歩幅を合わしてくれる。

 優しいパテミラスさんに戻っている。

 やっぱりこっちのほうが落ち着く。


 スクピディアに頼み事とは何だろう。

 先ほどの話し合いもそのことが関係しているのだろうか。

 そんなことを考えている内に、豪華な金の装飾が施された目立つ扉の前に着く。


 重い扉を軽々とパテミラスさんが開けると、

 視線の先にはせかせかと動き回るスクピディアが見える。


「準備できた?」

「は、はいッ! こちらですッ!」


 尊大な態度の面影がなくなったスクピディアは、

 動かすとジャラジャラと音が鳴る袋を取り出し、

 パテミラスさんに手渡すと、パテミラスさんが僕に手渡す。

 両腕にずっしりと感じる質量。

 重い。

 2、3キロはありそう。


「これは、あなたがスクピディアの元で稼いだ正規の賃金よ」

「…………ええええ!?」

「中を見てみて」


 パテミラスさんに促され恐る恐る袋の中身を覗くと、

 黄金に輝く10,000ケルマ硬貨が大量に入っていた。

 中身を見てからより重く感じる。


 正直、理解できていない。


「あの、なにかの間違いじゃ……」

「360,0000ケルマあるわ」

「へ?」


 360,0000? 

 僕の一日のお給料が500ケルマ。

 計算が合わない。


 パテミラスさんは微笑んでいる。

 僕は手にしたことも見たこともない大金を見て顔が引きつってしまう。


 汗が止まらない。


 パテミラスさんから詳しい説明を聞くと、

 どうやら最低賃金という国が制定した最低基準が存在し、

 僕は基準以下で違法に働かされていたらしい。


 無知な自分が怖い。


 最低賃金の1000ケルマで計算したところ、

 働いた一年間で360,0000ケルマを稼いでいたらしい。


 先の2人の話し合いで、

 パテミラスさんはスクピディアに僕を解放させることと、正当な賃金の返還。

 そして今までの悪事や不正により苦しめた人たちに、

 すべてを返すという約束を取り付けたらしい。


 パテミラスさんは僕だけでなく、この町、全体も救ったのだ。


「パテミラスさん、本当にありがとうございます。なにかお礼をしなきゃ……」

「お礼なんてだいじょっ……あ、お願いひとつあった」

「な、なんでも言ってください! 僕に出来ることならなんでもします!」

「えっとぉ……そのぉ……」


 あのパテミラスさんが顔を火照らせながらいい淀んでいる。

 どんな凄いお願いをされるのだろう。

 何度も助けてくれた大恩人だし、しっかりお返しをしたい。


 しかし僕にはお金も人脈もない。

 一生荷物持ちとか一生靴磨きとか、雑用なら僕でもいけそうだ。


「ふぉ、ふぉ……」

「ふぉ? な、なんでしょう」

「フォティて呼んでもいい?」

「……いいですけど、……そ、それだけですか?」

「あと敬語もやめて、パテミラスって呼んで」


 予想以上に簡単なお願いに肩透かしを食らってしまった。


 フォティというのはたぶん僕のあだ名で、敬語と敬称をやめるのか。


 パテミラスさんは僕よりも10歳くらいは上に見える。

 年上に敬語と敬称をやめるのは少し抵抗がある。

 しかし自分からお礼がしたいと言い出したし、

 大恩人の頼みを断るのは気が引ける。

 ここは覚悟を決めるしかない。


「パ、パ、パテ、パテミラス……こ、これで良い?」

「もう、照れちゃって可愛いっ」


 顔から火が出そうなほど恥ずかしいが、嬉しそうにしているパテミラスを見れてよかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ