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第3話 隠していたもの

 賑やかな食事も終えて、皆で風呂に入ることになった。


「僕は、皆がでた後に入ります」

「じゃあ、先に入ろっか」


 パテミラスさんが弟妹たちを連れて風呂に向かった。


 いつもよりに楽しそうな声が聞こえる。

 パテミラスさんとは今日会ったばかりなのに、もう馴染んでいる。

 家族がもう1人増えたみたいだ。


 30分ほど経ち、湯気を立ち昇らせた弟妹たちとパテミラスさんが戻ってきた。


「じゃあ、僕もお風呂行ってきます」

「「「「いってらっしゃーい」」」」


 元気な声を背に風呂に向かう。


 浴室は白い湯気が充満している。


 体を丁寧に洗い水量の減った石造りの狭い湯船につかりながら、

 今日を振り返る。


 仕事に向かう途中で倒れて、

 運よくパテミラスさんに助けられ、

 人生で一番豪華な食事をした。

 たった1日に起きた出来事とは今でも信じられない。



 あれ、仕事に向かう途中で倒れた?

 どっ、どうしよう……無断で休んでしまった……。

 スクピディア様、絶対にお怒りになってるよ……。


「フォティノスくーん」

「はへっ!?」


 物思いにふけていたときに急に扉が開くと、

 パテミラスさんが生まれたままの姿で入ってきた。

 そのまま僕の入る湯船につかる。


 急な出来事に変な声を出しながら、見てはいけないと思い即座に顔を背ける。


 さっきお風呂に入ってたよね。

 なんでまた、それも僕が入っているときに……。


 背中に感じる柔らかい感触。

 のぼせてきたのか異様に体が熱い。


「みんなとお風呂に入らなかった理由はこれね」

「――ッ!?」


 入ってきたことに驚きすぎて隠すのを忘れていた。

 何か言い訳をしなければ。


「傷だらけじゃない……酷い……。それに服を着ていたから分かりにくかったけど、体も細すぎる……。ちゃんと食事も摂ってなかったわね」


 家族にも言っていなかった秘密。


 生傷だらけのやせ細った体を見せたくなかった。

 

 こんなものを見せたら、いらない心配をさせてしまう。

 それだけは嫌だった。


「この傷はどうしたの」

「えっと……転んだんです」

「転んでこんなところに傷はできないわ」

「いや……その……」

「スクピディアが原因?」

「なっ、なんでそれを……!?」


 パテミラスさんの口からまさかその名前が出るなんて。

 なんで知っているんだ。

 弟妹たちには、この件を話したことはない。


「さ、3人には言わないでください……お願いします」


 声が震える。

 怖い。

 弟妹たちにバレてはいけない。

 弟妹たちには幸せに生きてほしい。

 心配させたくない。

 お願い、言わないで。


「わかったわ……」


 パテミラスさんはそれ以上話すことはなく、

 後ろから僕を無言で抱きしめてくれた。

 ひりひりと痛む生傷が和らいでいくような気がした。



 それからは家族団欒の時間を過ごし、

 パテミラスさんと僕で弟妹たちを挟むように寝た。

 1人増えたからか、いつもより狭い部屋が暖かく感じた。



 いつもの時間に目を覚まし、

 4人を起こさないようにゆっくりと布団から出て、仕事に向かう準備をする。


「いってきます」


 吐息と変わらないような小さい声で、寝息を立てる4人に声をかける。

 音を立てないように注意しながら、扉をゆっくりと閉める。


 憂鬱な気持ちを表しているかのような薄暗い曇り空の下を、重い足取りで歩く。


 おそらく僕は昨日の件で処罰を受ける。

 それを理解していて楽しい気分になれるはずがない。

 また家族に見せられない傷が増え、隠し事が増える。


 パテミラスさんが来てからの楽しい時間が嘘みたいだ。

 恐怖や緊張で心臓が締め付けられているみたいに苦しい。

 今すぐにでも皆の元に帰りたい。


 辛い。

 

 痛めつけられることが。

 怒鳴られることが。

 なにより、家族を騙すことが。


 1時間ほど歩き、見慣れたお城のような豪邸に着く。

 いつもよりも重く感じる扉を開けると、

 怒りに満ちた表情を浮かべるスクピディア様が、

 害虫でも見るかのように僕を睨む。


「おい、コイツを地下室に連れてけ」


 スクピディア様が怒気の籠った声で言うと、

 後ろに控えていた大柄の従者たちに拘束された。

 雑に扱われながら地下室まで連れていかれ、

 禍々しい雰囲気を放つ拷問部屋に放り込まれた。

 血のシミが付着した汚い壁には拷問で使用する道具がかけられている。


 この部屋に入っアのは初めてではない。

 スクピディア様が不機嫌で受けることもあった。

 仕事で失敗をして躾という名目で受けることもあった。

 僕はスクピディア様のストレス発散の道具。

 いい思い出なんてなにも無い部屋だ。


 両手に鉄の手枷を付けられ吊るされると、

 全体重が両腕にかかり激痛が走る。


 不気味な笑みを浮かべながら、近づいてくるスクピディア様。

 ナイフで僕の服を切り裂き、生傷に触れる。

 優しさなんてこれっぽちもない雑な触りかた。


「こんなに傷ついて……痛いかぁ? 痛いよなぁ、あぁ、かわいそうに、でもお前が悪いんだぁ。出来損ないのお前を躾るには必要だったんだぁ。そうだ、今回は顔にやるかぁ、目立つよなぁ、大切な家族に顔すら向けられないようにしてやるかぁ」

「ッ!?」


 嫌だ。

 バレたくない。

 僕が隠せば幸せのままなんだ。


「顔だけは……やめてください……」

「俺様に口答えしたなぁ? あぁ仕方ない、確かガキが3人いたなぁ、男2人は獣の餌にでもして、女は物好きの金持ちにでも売るかぁ? 安心しろ、お前は特別だ、大事に、大事に、嬲り殺してやるからなぁ」


 今までに感じたことのない感情が、奥底から湧き出てくる。

 なんだこれ。


「お願いします……家族だけは……家族だけは……」

「家族だけは助けてほしいかぁ?」

「お願いします……お願いします……」


 家族がいない世界なんてなんの価値もない。

 神様がいるのならお願いします……。

 助けて……。


「イヤぁだーよぉぉ」


 顔をゆがめて下品に笑うスクピディア。


 感情の正体がわかった。


 怒りだ。


 大切な家族に手を出そうとするスクピディアに対する怒り。

 希望のない現実に対する怒り。

 無力な自分に対する怒り。


 死ぬ前にもう1回、皆と会いたかった。


 楽しかった日々の思い出が蘇る。


 たくさん遊んで、

 たくさん話して、

 たくさん寝て、

 宝物のように輝く大切な記憶。


 弟妹たちとパテミラスさんの笑顔がふと頭に浮かび、

 涙がぼたぼたと音を立てて地面に落ちる。


「ごめんね……みんな……」

「ぼそぼそ、なに言ってんだぁ? まぁいい、試したい拷問があったんだよ」

「――その子を返しなさい」


 聞き覚えのある艶を含んだ声がした直後。

 鼓膜に刺さる爆音と共に、

 鉄製の頑丈そうな造りの扉が破壊された。


 声が聞こえた方に視線を向けると、

 静かな怒りを浮かべたパテミラスさんが、

 ひどく狼狽するスクピディアを冷たく睨みつけていた。


 なんでここに。

 だめだ、逃げて。


「だっ誰だ貴様ッ!?」

「その子の家族よ」


 パテミラスさんの一言で、絶望に満ち暗く淀んでいた心に光が差す。


「女だからって容赦しねぇぞ!? お前らぁよく見たらこいつ上物だ、傷つけんなよ、価値が下がっちまう」


 スクピディアは下卑た笑みを浮かべながら従者に指示を出す。


 190センチ以上ありそうな背丈で、

 鎧を着てるかのような分厚い筋肉を持つ大男6人がパテミラスさんに迫る。

 普通なら走って逃げだしたい状況だが、パテミラスさんは泰然と構えている。


 従者の一人が拘束しようと、パテミラスさんの細い腕を掴んだ瞬間。

 男は宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられ、いとも簡単に無力化された。


 その光景を見ていた全員が理解できなかった。


 岩のような大男を華奢な女性が、表情一つ変えず倒した。


 非現実的すぎる状況でただひとり。

 パテミラスさんだけは平然とスクピディアに鋭い視線を向ける。


「女だからって、甘く見ないことね」


 普段より少し低い声で彼女は言い放った。

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