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第1話 僕の生活

「ほら、今回の分だ」


 膨よかな体形を上質な服で包み、煌びやかな宝石を身に着け、

 豪華な装飾が施された立派な椅子に座るスクピディア様が、

 冷たい言葉と共に目の前で跪く僕に乱暴に硬貨を投げつける。


 ここで抵抗したら後でより酷い目に合う。

 だから心を殺して、ただ痛みを我慢する。


 スクピディア様の後ろには従者が数人待機しているが、

 僕を助けてくれる人はこの空間には存在しない。


 注がれる複数の視線に息苦しさを感じながら、

 僕は散らばった銅色の硬貨を必死に集める。


 育ち盛りの弟妹たちに食べさせてあげるための、大切なお金だから。


 10時間働き、頂けた賃金は500ケルマ。


 これで明日もパンを食べさせてあげられる。

 よかった。


「わざわざ薄汚いガキのお前を雇ってやってるんだぁ。俺様に感謝しろよ?」

「本当にありがとうございます」


 膝をつき床に額が当たるくらいに頭を下げる。

 この姿勢は給金をいただいた際の決まりで、

 スクピディア様に感謝の気持ちを表さなければならない。


「ほら、必要な金は渡したろ。早く失せろ」

「失礼いたします」


 45度の角度で丁寧にお辞儀をして、

 金の装飾が目立つ重いドアを開けて部屋を退出し、

 お城のような豪邸を出る。

 1秒でも早く弟妹たちに会うため、

 休みなく働き続け棒のように突っ張った足に鞭を打ち、

 速い歩調で家に向かう。


 僕の住むカコケリアの町の領主であるスクピディア様の元で働くようになって1年が経つ。


 スクピディア様の身の回りのお世話はもちろん、

 お屋敷の掃除から庭仕事などを任されている。

 朝の6時から夕方の16時までの毎日10時間働いている。

 本当ならもう少し働いて弟妹に楽をさせてあげたいが、

 弟妹との時間を作りたいため抑えている。


 中心街にある屋敷から1時間ほどかけて歩くと、

 綺麗に舗装された道から、徐々に小石の転がる土の道に変化する。

 明るく立派な建物が立ち並ぶ中心街から、雰囲気がガラッと変わり、

 中の光が漏れだす粗末な造りの掘っ立て小屋が軒を連ねる貧民街に着く。

 この中のひとつに、薄い壁越しに子供たちの晴れやかな笑い声が聞こえる家がある。


「「「フォティにい、おかえりー」」」


 今にも壊れそうな扉を慎重に開けると3人の弟妹たち。

 イレモス、ニトス、オモルフィアが声を揃えて笑顔で迎え入れてくれる。


 家のそこら中に開く虫食いほどの穴から隙間風が吹き込むせいで、

 室内と外気の温度にほとんど差は無いが、

 家族の笑顔で心が温かくなる。

 この光景を見るだけで労働の疲れが吹っ飛ぶ。


 イレモスはまだ10歳なのに落ち着いていて、読書が大好きな、僕のかわいい弟。

 二トスも10歳で、エネルギッシュで体を動かすのが大好きな、僕のかわいい弟。

 オモルフィアは12歳で弟たちのお姉ちゃん的存在、美人さんで気配りができる、僕のかわいい妹。

 僕はフォティノス、最年長の17歳で家族の大黒柱をしている。

  

 現在は4人でこの狭い家に住んでいる。

 弟妹と言っても血のつながりはなく、

 全員孤児である。

 お互い似た境遇だからこそ辛さがわかるため、

 本物の家族のように支え合いながら生きている。

 

 歳が1つ下の妹がもう1人いるが、

 4年前に、僕らの住むヴロヒ王国の直轄の騎士団にスカウトされ、

 今は少し離れた首都のネロポンディで頑張っている。

 騎士団に入団した最初の1年は近況報告の手紙が届き、

 僕も返信の手紙を送っていたが、最近は届かなくなった。

 だから彼女の今の状況を知らない。


 元気でいるといいな。


「遅れてごめんね。さあ、晩御飯にしよう」

「お腹減った」

「やったー!」

「お腹ぺこぺこだよー」


 イレモス、ニトス、オモルフィアが各々反応をする。

 かなり空腹だったのか行儀よく椅子に座り目を輝かせている。


 今日の晩御飯は仕事終わりに買ってきたパン。

 両手ほどの大きさで値段は1個200ケルマと安く、

 毎回2つ買い朝晩と毎日食べている。

 買ってすぐは焼きたてだったので暖かかったが、

 1時間以上経過しているため冷めてしまった。

 おそらく味に大きな変化はないと思う。


 紙袋から1個だけ取り出し、パンを4等分にわけて皆に手渡す。

 もう1個は弟妹たちの明日の朝食用に残しておく。


「「「「いただきます」」」」


 3人は小さな口を一生懸命に開けていっぱいに頬張る。

 静かに食べるイレモス。

 ガツガツと食べるニトス。

 綺麗な所作で食べるオモルフィア。

 でもみんな共通して幸せそうに食べている。


 よかった。

 僕の頑張りが報われた気がする。


 僕も一口噛むと、表面はカリカリで食べ応えがあり、中はフワっとしていて、

 香ばしい小麦の香りが鼻を抜ける。


 いつ食べてもおいしい。


 しかし、ほぼ毎日これだと多少飽きもある。

 弟妹たちは何も言わないけど、

 お肉とかお魚とか食べたいだろうな。

 食べさせてあげたい。

 もっと頑張らなければ。


 横から視線を感じる。

 誰よりも早く食べ終えたニトスが、物欲しそうにこちらを見てくる。

 僕を見ているというよりは、手に持つパンに熱い視線を向けている。


「はい、食べていいよ」

「いいのっ!?」

「ニトス、ダメでしょ。フォティにいの分が減っちゃう」


 パンを差し出すと嬉しそうに椅子から立ち上がるニトス。

 すかさず注意をするオモルフィア。

 しかしオモルフィアもイレモスも足らないのか、

 お腹を押さえながらパンに熱い視線を向ける。


「はい、2人も食べて」

「え、でもフォティにいの分が……」

「大丈夫、僕はスクピディア様のところで食事をいただいたからお腹いっぱいだったんだ。だから食べるの手伝ってくれる?」


 説明をして手元のパンを3等分にして手渡すと、

 やはりまだお腹が減っていたのか、幸せそうに食べる3人。


「「「「ごちそうさまでした」」」」

「「「フォティにい、ありがとう」」」

「どういたしまして」


 食事を終えてからは弟妹たちと遊んだり、

 今日の出来事を話し合ったり、

 家族団欒の時間を過ごした。


 まだほんのり明るかった外は、いつの間にか完全に暗くなっていた。

 楽しい時間は一瞬で、少し悲しくなる。


「暗くなってきたし、お風呂に入ろうか」

「フォティにいは今日も一緒に入らないの?」

「うん、ごめんね。まだ片付けも残ってるし先に入ってて」

「「「わかったー」」」


 ドタバタと元気よくお風呂に走っていく3人。


 見せられないよ……こんな体……。


「いい時間だし、みんな寝ようか」

「「「はーい」」」

「「「「おやすみなさい」」」」


 狭い部屋いっぱいに布団を敷き、

 体を寄せ合って温め合いながら眠りにつく。

 疲れていたのか、一瞬で深い眠りに落ちた。


『お**い、****し*、ひ**』


 なんだろうこの声。

 所々聞こえなくて何を言っているのかわからない。

 だけど僕に話しかけているのは不思議とわかる。

 暖かくて、懐かしくて、でも少し悲しそうに聞こえる。


 声が徐々に遠のいていく。



 目を開くと見慣れた天井が視界に映る。

 視線を壁に開く小さい穴に向け外の様子を窺うと、まだ薄暗い。

 寝ている3人を起こさないようゆっくりと布団から出て、

 仕事に向かう準備をする。


「いってきます」


 吐息と変わらないような小さい声で、寝息を立てる3人に声をかける。

 音を立てないように注意しながら、扉をゆっくりと閉める。


 月と星の微かな光を浴びながら薄暗い中を歩く。


 家を出て30分ほど経ったが、普段より疲労を感じる。


 しっかり寝たはずなのに体が重い。

 一歩一歩踏み出すたびに頭に痛みが走る。

 平坦な道なのに泥の上みたいに足元が安定しない。

 まっすぐ歩いているはずなのに景色が揺れる。

 いつもと同じように歩いているはずなのに進みが悪い。


 あれ……。

 徐々に地面が近づいてくる……。

 なんで……。


 全身に衝撃が走り、気づいた時には地面に倒れていた。

 スクピディア様の所に向かわなければ。


 お金が……。

 家族を支えないと。


 手をついて立とうとするが、ぬかるんだ地面に滑る。


「早く行かなきゃ……いけなのに……」

「やっと、見つけた」


 聞き覚えのない艶のある声が聞こえる。

 声のした方向に視線を向けると、

 腰ほどまで長い深い青髪の美女が僕の前に佇んでいた。


 彼女のどこか優しい声を聴きながら、だんだんと意識が消えていった。

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