第二王子と護衛騎士
周囲の好奇の視線を感じながら、すぐ後ろで付き従っている騎士様の方へと振り返る。
「あの……やっぱり一人にしていただくとか……」
「出来かねます。私は第二王子殿下よりユーリア嬢をお守りするよう命を受けておりますので。たとえユーリア嬢ご本人のお言葉であっても、背くわけには参りません」
「フィッツバーン卿……融通が利かないと言われませんか?」
ぺこりと頭を下げるフィッツバーン卿を横目にため息をつく。
お散歩がてらちょっと学外にある薄暗くてじめじめとして空気の淀んでいるところにでも涼みに行こうかと思っていただけなのに――。
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――ことは少し時を遡る。
ヒロインが聖女にならなくても誰かが聖女になる可能性はあると言えばあるものの、聖女は神によって選定される超常現象のようなものであり、見初められるほどの人間というのは聖女以前から聖女と称されるほどの徳を積み、祝福と祈りを捧げ与えられている者である。
ゲームの設定上、この世界に人格者は多いが、聖女に匹敵するような人は存在していない。
設定と知識はあくまで前世での記憶だから現実世界で全幅の信頼を置くわけにはいかないけれど、希望に縋って怠惰でいるわけにはいかない。
善は急げと窓から逃げるように抜け出し、ヒロインが勾留されている地下牢獄へと向かう為に学園の搬入用出入り口の方に足を進めていると丁度備品の搬入が行われていて、これ幸いにと潜り込もうとしたところを近くにいた生徒会長に見つかってしまったのである。
正確に言えば、その護衛騎士であるルイス・フィッツバーン卿に見つかって報告されてしまったわけだ。
「さすが、胆力のあるご令嬢だな」
「それほどでもありません。第二王子殿下」
「殺されかけたのに馬車に忍び込んでお出かけしようと目論むご令嬢が逞しくなければ、ほとんどがか弱いことになってしまうな」
フッとからかうように笑う第二王子殿下には思わず作り笑いを返すと、王子殿下も似た笑みを浮かべて私を観察するように目線を動かした。
捕まったことで生徒会室へと連行され、お客様のようにお茶を出されたかと思えば……どうやら噂の辺境伯令嬢とでもなっているようだ。
第二王子殿下――ベルクハルト・フォン・ロメリア。
3人の王子の中で特に勝気な性格だが正義感もある王立学園の2年生で、悪役令嬢達に仕返しをしようとしないヒロインの態度に「変わった女だな」と興味を持っていくのが彼のルート……。
……あれ?
「だ、第二王子殿――」
「ベルクハルトだ」
「え、いえ、そのっ」
「気にするな。お前も俺も学年差はあるが同じ学生だろう」
「そうはいっても、ですね……」
ちらっとフィッツバーン卿に目配せをしてみると彼は軽く咳払いをして。
「殿下。ご令嬢に無理難題を押し付けるべきではないかと」
「そうか? 名前を呼ぶくらいなら簡単だろう?」
「恐れ多いことです……」
殿下が求めている以上非礼にはならないけれど謝って他人の前で呼ぶようなことは避けたいし、
なによりこれは第二王子ルートでの会話の一つだから……嫌だ。
殺されかけておきながら一人で学園を抜け出して加害者に会いに行こうとするご令嬢はよほど好奇心をくすぐるに違いない。
別に第二王子殿下のルートに入りたいわけじゃないのに……!
そんな私の焦りを察してくれたのか、フィッツバーン卿が話を切り替えてくれた。
「――ところで、ユーリア嬢はなぜ馬車に乗り込もうと?」
「えぇと……グラディウス男爵令嬢に面会を申し込みに行きたかったんです。ただ、院長に黙って出てきたので馬車に潜り込もうかと」
「ふっ……ははははっ!」
淡々と真面目に答えたにもかかわらず、第二王子殿下は大きく笑う。
王族に嘘をつくわけにはいかない以上、ゲームでも選択肢が出ないような状態だったのに確実に第二王子殿下の好感度が上がったのが目に見えて頭が痛くなる。
「どうやら俺は令嬢を過小評価していたようだ。なぁ? フィッツバーン。どうやら辺境伯令嬢は思っていた以上に豪胆らしい」
「あのヒスペリム辺境伯家ですから、一般的な令嬢のようでは務まらないのでしょう」
「それだけが理由とは思えないがな……まぁいい。で、例の男爵令嬢に面会したいだったか」
さっきまで笑っていた第二王子殿下は真面目な顔つきになって私を一目見ると「正直難しいだろうな」と呟く。
「被害者が加害者に報復する可能性がある――いや、令嬢が問題ではなく、な。そういう事例が過去に在ったこともあって原則禁止とされているんだ」
「どうにかならないんですか……?」
「どうしてもと言うのなら方法はあるんだが――」
「教えてください!」
ヒロインの処刑だけは何としても避けなければならないと、思わず前のめりに求めてしまった私の必死さすら第二王子殿下は面白がっているような様子で、少し腹が立ったのも一瞬で続いた言葉に唖然とした。
「フィッツバーンを連れていけ。第二王子名義で令状を書いてやるが1人で行けば真贋鑑定に時間を取られるし俺も面倒な手間を取る羽目になる。かといって、俺が好き勝手に学外に出るわけにもいかないからな。そこで、そいつの出番だ」
「えっ」
フィッツバーン卿に目をやると、彼はご命令のままにとでも言うかのように一礼するだけだった。
彼以外にも第二王子の護衛がいるけれど忠臣と言えるほどに親密なのは彼くらいしかいない。
曰く、顔も名前も知られているフィッツバーン卿は第二王子殿下の代理人としての役割として有効なのだそうだ。
つまり、よくよく遣わされてていつものことになるのだろう。
ただ、その護衛を一人の令嬢に貸し出すなんて奇異の目で見られる未来しか。と不安に思う私を他所に「それと……」と王子殿下はにやりと笑って。
「令状が欲しけりゃ名を呼んでくれないか?」
「う……」
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――そんなこんなで、冒頭に戻るわけだ。
第二王子殿下には二度と会いたくない……少なくとも、2人きりかフィッツバーン卿を含む3人のシチュエーションだけは絶対に避けなければいけない。
じゃないと私は第二王子殿下を「ベルク様」などと愛称で呼ばされることになる。
私が嫌がっているからってそう呼ばせて、呼べば嬉しそうに笑うあの憎たらしい顔を合法的に殴る術はないものか……。
「付き合わせてしまっている罪悪感を覚えなくていいことに喜んでおきます」
「王子殿下の命なくとも、騎士の中ではユーリア嬢の付き人に選ばれるのは光栄なことですから」
「本気で言ってます?」
「もちろんです。騎士はその職務上、忌避するご令嬢も多いのですが……ユーリア嬢は決してそのようなことはなさらないでしょう?」
騎士はそもそも一般的な男性に比べて大柄で傷も多く、魔獣はもちろんのこと、必要であれば人でさえ斬らなければならず血に塗れることが多い役柄になっていることが原因で少し怖がられてしまっている。
それでも……という令嬢もいないわけではないけれど、流血の耐性がないことも多く一目見て失神してしまう令嬢も後を絶たない。
その点、辺境伯領で色々と血を見る機会の多い私は……。
――私は?
はっとして顔をあげると、フィッツバーン卿が穏やかな笑みを浮かべる。
王子殿下の護衛のため偉丈夫ではあるが目立った傷の無いフィッツバーン卿は顔が良い、けど。
私を婚約者候補に選ぶことだけはやめて欲しいと心の中で強く祈って、誤魔化すように笑みを返す。
「とりあえず、グラディウス男爵令嬢にお会いしましょう。そのために抜け出してきたわけですし」
そう促して前を歩く。
今はまだ各々のルートの始まりに触れた程度のはずだけど、このまま接して行ってフラグを立てるのだけは避けたいけれどそううまく見逃してはくれないだろうなと思うと、肩が重くなった。




