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国法


手の届かない肉の内側から響くような懐かしい痛みを身体に感じながら、ゆっくりと瞼をあげていく。

目を奪うような眩い光はなく、天井には下からの光に追いやられた影が逃げ込んでいて微かに人影を模してゆらゆらと揺れている。


「……なる、ほど」


白色に汚れが定着したような……純白ではないけれど分類上は白色みたいな色をしている天井と日々清潔に保たれている純白の寝具、そして私が前世で嫌というほど身に染みている消毒液の香り。

つまりは、ここは学園内に併設されている治療院だとすぐに答えが出た。


アリア嬢が魔術を発動した際に何かが起きて私はここにいる。

状況から考えれば、魔術暴走による爆発の衝撃で吹き飛ばされて全身を強打し昏睡状態に陥ったというところかな……と、友人とも呼ぶべき鈍痛と相談して推察する。

それは別に良い。良くはないけれど問題はそこじゃない。


おかしいのはあの魔術……魔導術式は本来であれば失敗なんてあり得ないことだ。

それはヒロインだからどうこうではなく、魔導術式は単に魔力を流し込むだけで発動するだけの魔術。

簡単に言うと、通常の魔術がレシピを用意してその通りに一つ一つ工程を重ねていって作り上げる料理だとすれば、魔導術式とはカップにお湯を注いで数分待てば完成する即席麺の様なもの。

もちろん、魔力過多や不足による失敗は起こり得るけれど、それは制御用の古代文字が刻まれていない場合の話で、授業用に用意されていた術式にはしっかりと制御用の古代文字が刻まれていたし、アリア嬢もそれに従って刻んでいた。モグリス先生だってそれは確認していたはず。


だからこそ……。


「……ここは学院内の治療院です。覚えていらっしゃいますか?」

「え……あぁ、アリア嬢……」


声の方に目を向けるとヒロインが私を見下ろしていた。

さっきよりも余計に暗く感じるのは、部屋の光源が足りていないせいだろうか。


「このくらいの痛みには慣れているので大丈夫ですよ。気にしないでください」

「そういうわけにはまいりません」

「ちょっ……」


ジャラッ……っと音を立てて立ち上がったヒロインは横になったままの私に見えなくならないぎりぎりの深さまで頭を下げて「お詫び申し上げます」と謝罪を口にして。


「ユーリア様が望まれるのでしたこの命も差し出す所存でございますが、何卒、ご回復なされるまで猶予を賜りたく」

「え……と、待って……」


身体の痛みはどうでもいいけれど、流れ込んでくる言葉を寝起きの頭では処理しきれなくて反応が追いつかない。

命を差し出すというのはつまり処刑されることも辞さないという意味で、王国では禁じられているがその身を奴隷として生涯を捧げても構わないという意味合いにすらなってしまうほどに危険な言葉だ。

何を馬鹿なことを言うのかと身体を起こそうとした途端にミシっ……とベッドではなく体が軋んで呻いてしまう。


途端に、息を潜めていたのではと思うほど影の薄かった侍女が駆け寄ってきて「失礼いたします」と私の身体に触れてくる。

安静にするようにと求めてくる侍女曰く、私は爆発の衝撃で吹き飛ばされたものの茂みに落下したおかげで衝撃が緩和されて重傷にまで至ることはなかったがそれでも身体の中にまで届いた衝撃は重く身体が動かしにくくなっているとのことだった。骨折に至らなかった全身打撲とかそういう類のものだとか。


「ユーリア様。ご回復いたしますよう心よりお祈り申し上げます」

「ええ。ありがとう」


私が笑みを返したところでヒロインは暗い表情を変えてくれることはなく、深く一礼したかと思えばすぐそばにいた護衛の様な装いの男性にも頭を下げた。


「もういいのか?」

「ユーリア様が目を覚まされたので……もう十分です。後はユーリア様が無事に後遺症なくご回復なされることをお祈りさせて頂ければ、それで」

「祈るだなんて……そんな大したことないわ。落馬した時より痛くないもの」


馬で勢いよく駆けていた時に、つい手綱を手放して弾かれるように落馬した際は茂みなどではなく硬く踏み鳴らされた地面だったため、砕けたのではないかと思うほどの強い痛みがあった。

もちろん、骨まで行っていたため暫く何もさせて貰えないほどに療養が必要だったものの、幸い痕が残るようなこともなかった。

それに比べればと軽く笑う私を他所にアリア嬢は頭を下げる。


「ご高配賜りお礼申し上げます。ですが貴族間であっても自らの犯した罪は償わなければなりません」

「そん――」

「此度の件は事故とはいえ辺境伯家のご息女の殺害未遂に当たります。つまり、王国の盾に傷を付ける重罪……となれば極刑であるべきです。これは国法に定められた正当な処罰であり、刑を執行するまでの猶予こそ酌量の余地を賜ることは許されておりますが、減刑のみならず免責など許せば国法が成立致しません」

「きょっ……けい……?」


極刑とはつまり、死罪である。

確かに辺境伯家は国防の要でもあるためたとえ王家公爵家であろうと軽んじることが出来ないほどの権力を与えられている。

もちろん、その権力を与えられる分の責任がのしかかることになるしその責務を果たさなかったり、何らかの罪を犯せばそれこそ極刑を免れないこともある。

実際に、ゲーム本編では王族のルートにおいては国防の案件としてユーリアが登場するし、ユーリアの婚約者である第三王子のルートでは殺しに来たうえで処刑されてしまうし。


――けど。待って。


「アリア嬢……まさか、あれで処刑されるの?」

「それが国法に則った正式な処罰であると伺っております。本来であればわたくしは牢に入っていなければなりませんが、監視を条件にユーリア様が意識を取り戻されるまで猶予を頂いておりました。ですので、ご心配なされることはありません」

「ろっ……っ……」

「心よりお詫び申し上げます」

「待っ……」


ヒロインはもう一度深々と頭を下げて謝意を示したのち、念のためにと嵌められていたらしい手鎖を監視役の男性に引かれて部屋を出ていく。

どうにかして引き留めようとしたけれど、()()()()()()とでも命令がでているのか侍女に押し留められる形でヒロインをみすみす逃してしまう。


まずい……

まずいまずいまずいまずい……!

このままだとヒロインが先に処刑されるっ!!!!!

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