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魔術の煌めき


責任を負うのならば……と、身勝手に考えた私はとりあえず無鉄砲に声をかけるのは選択肢から外して、

生前の……いいや、前世と言うのが正しいのだろうか? その頃に存在していた兄の気遣いに溢れた距離の詰め方を参考にすることにした。

まず、相手が必ず応えてくれることを一緒に行うこと。

相手がすべきことでも、自分がしたいことでもさせたいことでもなく、相手がしていることに寄り添うようにしていく。


ヒロインであるはずのグラディウス男爵令嬢は何の大義名分もなければ逃げてしまう一方で、

貴族令嬢としての嗜みであるお茶会や授業における社交ダンスや実技を伴う科目だと声掛けも触れることも許容してくれると聞いた私はさっそく、初頭魔術理論における実技を利用することにした。


「アリア嬢、お相手願えますか?」


そう声をかけると、相変わらず闇に堕ちた暗い表情が晴れることはないものの彼女は私と向かい合うことを受け入れてくれるらしく、小さく頷いてくれる。

悪役令嬢……になるはずだったプリムラ様は、私達を案じるような優しい視線を送ってくれていて、何かあればすぐにでも手助けしてくれそうな、それこそ善良な令嬢の雰囲気しか感じられない。


「ん?」


ふと視線を感じて目を向けると、魔術理論を教えてくれるモグリス先生と目が合った。


「実際に行使する前に改めて魔術の原則を説明しますから、絶対に忘れないように。ユーリアさんもよろしいですね?」


ちゃんと聞いていますよ。と、軽く頷く。

一応、領地にいる際にこっそりと学ばせて貰っていた時に一通りの理論は頭に……いや、肝に銘じているけれど。


「魔術とは生物が皆持ち合わせている魔力を用いた古代文字による精霊契約を媒介として発現させるのですが、この精霊契約は精霊の血筋であるロメリア王国の国王陛下に承認されていなければ使用することはできません。

その承認とはあなた方が常に名乗り背負っている家名であり、誕生と同時に名を刻む家系図こそが誓約書とされています……が、実際には精霊契約を行うことなく魔術の行使は可能なのです。しかし、媒介のない魔術は制御の利かない獣と同様、正否に関わらず術者の命ですら容易く奪い去るので、死にたくなければ使用しないことをお勧めします」


にこりと笑いながら私を見る先生に、私は首を振る。

モグリス先生は私が領地で魔術をこっそり習っていたことを知っているからだろう。遊び半分で扱うものではないと釘を刺したいようだ。

もちろん、遊び半分で扱ったことなんて……しっかりと学んでからは一度もないと胸を張れる。


「ユーリアさん。では、魔術を行使するうえで注意すべきは媒介の有無ともう一つはご存じ?」

「自身の魔力量を正確に把握し、限度を超えた使用をしないことです」


その通り。と、頷くモグリス先生の仕草にほっと息をつく。

領地で渋々教えてくれた魔術師は、コミュニケーションこそとてつもなく不快そうだったが、教えるべきは教えてくれていたらしい。

ぶっきらぼうに「これ大事……」とか消え入るような声で言葉をほっぽり出していたけど、真面目ではあったのだろう。


「魔力の総量はほとんどが遺伝が9割を占め、残り1割程度が身体の成長と共に増減することで決定します。そのため、学園に入る際に行われた魔力結晶への魔力注入による測定結果がみなさんの魔力総量だと忘れないようにしてください。媒介を用いていたとしても、魔力量が不足していた場合に精霊は容赦なく術者の生命力を奪い取りますから。それはつまり、行使する魔術の規模にも注意が必要ということですからね」


言いながら私を見てくるモグリス先生の視線を避ける。

遊び半分でやったことはないけれど、ゲーム知識があるからと習う前に一度、庭に生えていた大木を爆発炎上させたことはあったりしなくもなかったりしなくもなくもない。

……実際にはあったけど。幸いにも命を削ることにはならなかったから、おとがめなしにして欲しい。


「さて、ここからは属性についてですが、魔術には火・水・土・風が基本属性として存在しています。それらを掛け合わせた複合魔術と呼ばれるものも存在していますが、初等魔術理論で扱うのはこの基本属性のみで――」


説明を聞きながらこっそりとヒロインを盗み見る。

基本属性である火風水土、雷や氷といった複合魔術による派生属性といったものがあるけれど、魔法の属性は魔術では決して再現不可能な唯一無二の聖属性で、その効果は生物の怪我や病などを癒す超常の力。

ゲームでも流石に死者蘇生を行うことは出来なかったものの、術者の命を代価に失った魂を呼び覚まし生き返らせることが可能だという伝承もストーリーで目にした覚えがある。

ヒロインであるアリア……男爵令嬢は本来であれば古代文字による媒介を必要としない神の御業とも評されるそんな魔法を扱うことのできる聖女になるはずだったのに、

今のアリア嬢にはゲーム内で描写のあった溢れ出る神聖力の輝きと言うものが微塵も感じられない。


それどころかむしろ、別のゲームに存在する闇属性みたいな暗い空気をひしひしと感じて緊張してしまうほどだ。


「――では、ペアとなった相手を怪我させないよう細心の注意を払いつつろうそくに火を灯してみてください。魔術を行使しない方は念のため水バケツを傍に用意しておくように! 良いですか? 基礎だからと甘く見ずに姜本通の魔術を行使すること! 水の魔術の知識があるからと魔術を用いての火消しを行わないこと! 必ず水バケツを用いるように!」


風の魔術を用いた大きくも澄んだ忠告が響き渡る。

危険なら一人ずつやればいいのではと思わなくもないけれど、そうすると火の魔術の実演だけで数回の講義が浪費されることになってしまう。


「じゃぁまず私――」


から。といい終える前に私達のすぐそばに歩み寄ってきたモグリス先生がにこりと笑みを浮かべる。

絶対に嫌なことを言われるなぁと確信したのもつかの間


「ユーリアさんはまず、アリアさんの手本を見てからにしなさい」

「で――」

「ユーリアさん?」

「……はい」


強制的に先行をアリア嬢へと委ねることになって渋々と水バケツを貰い受けてため息をつく。


「ヒスペリム辺境伯からお話は伺っていますよ。ユーリアさん」

「天才だと?」

「ええ。天災だと」


同音異語と言うのだったか。

明らかに違う意味合いを持つ言葉をにこりと笑いながら返してきたモグリス先生から目を逸らして、アリア嬢が地面に描いた古代文字を確認する。

ろうそくを中心に置き、使用属性と発現位置そして規模をしっかりと明確にしてあるため紋章のような形になっているが、参考にと配られた資料と一致しているのを確認してからせっかくなのでモグリス先生にも確認を促し、承諾を得てからアリア嬢に目配せをする。


「アリア嬢。いつでもどうぞ」

「……はい」


か細い声に胸を締め付けられそうになって首を振る。

火の魔術……それもろうそくに火を灯す程度の火種の様な魔術であればよほどのことがなければ失敗することはない。

というのも、魔術は言われた通り魔力によって古代文字を描き、それを媒介として精霊の力を借り受けることで発動する物であり、魔術の規模はその古代文字の構成に影響されるからだ。

今回の様な初心者が学ぶ場合、古代文字に誤りがないようにあらかじめ魔力を通していない古代文字を描き、

それが正しく描けたのちにその型に魔力を流し込んで発動する魔導術式という方法を用いるため、失敗はあり得ない。

けれども念のためにと、水がなみなみと注がれているバケツを持って身構えていた私の目の前で――バツンッ! と、大きく火花が散って。


重いバケツを持っていたはずなのに異様に体が軽く、地面を見つめていたはずなのに空を見上げているのはなぜだろう――。

その疑問に答えが出る前に、私は身体への強い衝撃に意識を弾き飛ばされてしまった。

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