気遣い
学園は小国家とも言われている。
王侯貴族の子息子女達が爵位を継ぐ前の経験を積ませることを目的として、支配階級に生徒会の役員を据えたうえで学園内の治安維持と予算管理を担わせていることが多いからだ。
特に、王族や宰相の子供がいる際はそれがより顕著に表れるし、いない場合は生徒と教師間の中間管理職の様な立ち位置になって補佐としての能力を試す場にもなっている。
ここ最近は第一王子、第二王子、第三王子と王子様が続けて入学するような形になっていることもあり、生徒会の権力は最も強い。
ゆえに、生徒会役員という肩書は講義すらも免除させるだけの力を持っているのが現状だ。
上位貴族と密接にかかわることのできる生徒会は貴族たちにとっては喉から手が出るほど欲しい栄誉の一つではあるが、みんながみんなそうとは限らないと理解してもらいたい。
その気持ちを察したわけではないだろうけど、サンビタリア公爵令嬢が私に寄ってきた。
「復帰早々、お疲れ様ですユーリア嬢」
「……プリムラ様」
疲れた声を漏らしてしまうとプリムラ様は品のある小さな笑みをこぼす。
ヒロインとの面会を行った翌日、私達は生徒会室に呼ばれ人手不足を補う要因として徴集されることになったため、ほんの少しだけ彼女とは距離が縮まったのかもしれない。
「様は不要です。同じ役員ですし、貴女と私は対等である方が都合が良いでしょう」
「で、では……えぇと、プリムラ嬢?」
「せっかくなので嬢も省いてみては?」
それはさすがにとお断りすると彼女はからかうように笑って「仕方がありませんね」と言いはしたものの、また何れと虎視眈々と狙っているようなそぶりを見せた。
プリムラ嬢は存外に気さくで真面目な人だ。公爵令嬢としての仮面の一つかもしれないけれど、そうとは思わせないくらいには本心らしい揺らぎを感じさせる。
そんな人が親しそうに接してくるのは単にその性格だからというわけではない。
プリムラ嬢もまた、生徒会役員の一人に選出されたからだ。
本来のストーリーではこの時期、ユーリアは辺境伯代理を主体としていて学園に来ておらず、プリムラ嬢はヒロインの保護を目的とした生徒会役員への選出に押し出されたことで役員にはなれなかった。
それが人手不足だから手を借りたいなぁ……経験を積ませたいなぁ……よし、新入生を入れよう。ということで身分や成績などを加味して私達が選ばれることとなった……表向きはだけど。
私が生徒会に入るのは第二王子に迷惑をかけた結果だし、プリムラ嬢は私が助けを求めた騎士様の「友人も一緒の方が良いのでは」という進言を第二王子が聞き入れたことで、それなら身分と成績的に公爵令嬢が相応しいだろう。と決められたことだ。
彼女は巻き込まれたなどとは思っていない。
自分のことを評価してくれたのだと思っている。
実際にプリムラ嬢の入学時の成績はトップクラスだから問題ないし、第二王子達も評価したうえでのものだから問題ないと思う反面、面倒ごとに巻き込んだ申し訳なさを感じずにはいられない。
「これは興味本位の確認なのですが、ユーリア嬢はベル様と親しいのですか? 公表前の婚約者だったりとか?」
「はっ!?」
誰があんな人と! と声を荒げそうになったのをどうにか堪えて首を大きく横に振って否定して、慌てちゃってとでも言いたげな温かい目を向けられてるのを感じながらそっぽを向く。
知り合いかどうかで言えば知り合いなのは間違いない。
父に連れられて王宮に足を運んだことがあるから、数回顔を合わせたことがある。
向こうにとってはただの令嬢で、私にとってはただの王族でしかなかったはずなのに。
「第二王子殿下と婚約だなんて恐れ多いことです」
「なら……フィッツバーン卿を連れていた令嬢の噂は嘘だったのかしら」
「……」
確実に知っている。
誰から話を聞いたのかは分からないけれど、私がフィッツバーン卿と一緒にいたことも、それでどこに行ったのかも全部。
そのうえで探りを入れてきた理由は、茶化すように続けた婚約者か否かの話が重要だからだろう。
私は辺境伯家の娘として婿を取らなければならない。
第一王子は王太子だから選択肢に入るわけがない一方で、第二王子や第三王子は可能性がゼロではないから。
辺境伯家はその立場上辺境伯という身分になっているけれど過去に、王族と婚姻を結んだこともあるくらいだ。
ゲームでだって第三王子の婚約者だったわけだし。
とはいえ……と、ため息をつく。
「話は事実ですけど婚約者ではありません。グラディウス男爵令嬢に会うために助力を求めただけです」
「その願いを聞くほどの仲という可能性もあるでしょう? 本来であれば被害者が加害者に会うなどご法度ですから。特例を許容するだけの理由がないとは思えないのだけれど」
「……私が面白いからだそうです。普通の貴族令嬢らしくなく粗暴だからからかいたいのだとか」
実際、さっきまでいた生徒会室での私に対する扱いと第二王子殿下の喜ぶ様はおもちゃを手にした子供みたいに見えただろうし。
誉れであるはずの生徒会への参加を代償と言うのはさすがに礼を失しているから避けておきたかったし、2人きりの時は愛称で呼ぶことになりました。だなんて口が裂けても言えない。
それこそ婚約を疑われる。
プリムラ嬢が普通に許されているのは彼女が公爵令嬢であり、幼馴染の様な間柄だからに他ならない。
「そう……残念ね。貴女ならベルク様に首輪でもつけられそうなのだけど」
「く、首輪……?」
「ええ。ユーリア嬢も良く分かっただろうけれど、ベルク様は優秀ではあるものの粗野な振る舞いが目立つ方だからどうしても不真面目に見えてしまうのよ。中には好色漢と揶揄する人もいるくらいにね」
令嬢の視線をかき集める彼に対する嫉妬した男性達の嫌味や皮肉ではあるけれど、令嬢と共にいることが少なくないことも事実ではあるから彼も否定はしていない。
プリムラ嬢は私との婚約で第二王子殿下がもう少しまともな人になってくれるのではないかと期待していたのだろうか。
まさか……あの姿を見たうえで?という私の戸惑いを察知したのかプリムラ嬢はくすりと笑って。
「ああ見えて剣の腕が立つから、辺境では役に立つと思うわよ?」
「私の心が持ちません」
「はっきり言うのね……せっかく、王族と深い繋がりを持てるチャンスが与えられているのに」
もしかして。と、思いついたように足を止めたプリムラ様には先んじて「違いますよ」と釘を刺しておく。
他に気になるとのがたがいるのかもしれないとでも言いたいのだろうけど、私にはそんな気持ちがひとかけらもありはしない。
入学前は少し期待していたし、いい人を見つけられたらと思っていたけど、私の歪めた世界がヒロインを不幸にしたと知ってしまった以上は、そんなこと――。
「ユーリア嬢?」
顔に出ていたのか心配そうな声で呼ぶ公爵令嬢に取り繕った笑みを返す。
私が関わることで、いや、直接関わらなくても運命は大きく歪み、乱れて誰かを不幸にしている。
本当なら今すぐにでも退学して領地に引きこもるべきなのかもしれないけど、私はヒロインを助けると約束したし、助けたうえで幸せにしてあげると誓ったから逃げるわけにはいかない。
「首を突っ込み過ぎたわね。ごめんなさい」
「いえ、そんな」
ほの暗い空気を感じたからか、一言謝ってくれるプリムラ様に悪いと否定をする。
けれど彼女は「違うの」と断って。
「貴女の昨日の行動をわたくしは知っているのに、余計なことを聞いたわ」
被害者が加害者に会うことは原則として禁じられている。
にもかかわらず、王族の助力を得てまでそれを侵したということはそれだけの何かを抱いているのではないか。
考えなくても分かるようなことから目を背けて好奇心を忍ばせたのは自分だと、プリムラ嬢は申し訳なく思ったのかもしれない。
「わたくしも、グラディウス男爵令嬢が無事に復学することを祈っているわ」
ゲームシナリオの影響がなければ貴族然とした品を持つプリムラ嬢に同意すると彼女は少し寂しげな笑みを浮かべて「教室に戻りましょうか」とまた足を進めた。




