愛されないと思っていた地味令嬢は、実は夫にめちゃくちゃ愛されていた
自分に自信がない令嬢が愛されている話を書きました。
最後の方にチラッと前回の話の人たちが登場します。
良かったらお読みください。
シシィ→ケイン→シシィ目線となります。
わたしと夫はいわゆる政略結婚だ。
一人娘しかいない侯爵家に遠縁の子爵家四男が婿入りをする。
子爵家には男四人の女三人の子供がおり、長男が王都に。次男は騎士の道に進み今では第三王子殿下の護衛騎士になっている。三男は領地経営をしており、長女は隣国の伯爵家へ、次女は裕福な子爵家へ、三女は王宮で第二ご側室の侍女をしている。
そして四男の夫は、末っ子でもあったため両親や他の兄姉からは大切にされて育った弟であった。
頭は良かった。三男の兄から領地経営を学んでいたし、学園でも常に上位だったと聞く。
そして極め付けは顔も良い。
爵位は低く継げる爵位も無かったが、頭も良く顔も良かったおかげで常に婿入りの話しが舞い込んでいたと聞いたのは、わたしとの婚礼が済んだ夜の事だった。
本人から直接聞いた訳ではなく、初夜の準備のため新郎より一足先に下がり自室へ向かう途中で、彼の学園時代の友人が話しているのが聞こえたのだ。
「いくら遠縁の侯爵家と言ってもあの容姿。良くあいつは納得したよなぁ。」
「俺はてっきりザール伯爵令嬢と一緒になると思ったけどなぁ。」
「俺はエイブン子爵令嬢!」
「密かにバングリッジ公爵令嬢もケインを婿にと聞いたことあるぞ!」
みな、勝手な事を話している。
でも仕方がない。
家柄は侯爵家だがわたしの容姿は地味なのだ。
髪の色も焦茶色の癖毛。目元もかろうじて二重だがパッチリしておらず、侯爵家で無ければケインは婿に来てはくれなかっただろう。
侯爵令嬢なのにお父様と一緒だと声を掛けられるが、一人になると壁の花となってしまう。
正直なぜケインが婿入りしてくれたのか・・
「やっぱり侯爵家の魅力よね・・」
「奥様・・?」
わたし付きの侍女、メアが心配そうに声をかけてくる。わたしは軽く微笑んで、
「大丈夫よ、メア。わたしの容姿が地味なのは今始まった事ではないもの。」
そう、私たちの結婚は巷や貴族の間で
[地味な侯爵令嬢に婿入りした、美しい王子]
と、囁かれている。らしい・・
父侯爵は明るいブラウンの髪で、光によっては金色にも見える。母も明るい亜麻色で艶のあるストレートヘアーだ。
なぜわたしだけが焦茶色の癖毛なんだろう・・
誰が見てもケインとわたしでは釣り合わない。
実際に[地味な癖に王子さまと結婚するな!]や[身の程知らず]等の嫌がらせレターは毎日届いていた。
(悔しいけどそんな事言われなくても、自分が一番分かってるから・・)
ドレスを脱ぎお風呂に入る。
香油は軽めの香りの物を選ばれ、ナイトウェアはもちろん初夜用?らしく、メアはウキウキしながら準備をすすめた。
準備も整い夫婦の寝室へ通されたわたしは、取り敢えず二人用ソファーに腰掛けた。
(ケインにわたしの気持ちを伝えなきゃ・・)
何から話せば良いかしら・・と考えていたら、
コンコンッと扉を叩く音がした。
はい!と返事をすれば、ケインは慌てたようにパジャマ姿で入って来た。
「だいぶ待たせたかな?」
「いいえ、わたくしも今来たところですわ。」
冷静を装う。
二人用のソファーに座っていたわたしの横に、ケインも座り
「お腹空いたね。」
と、言いながら小さめのサンドウィッチをニ、三個口に入れる。
「シシィも何も食べて無いでしょ?」
そう言いながら、わたしの口にもサンドウィッチを入れる。優しい・・わたしの夫となったケインは、とても優しい。
「シシィ、どうしたの?何か嫌いな具でも挟んであった?」
知らないうちに目から涙が落ちる。
ケインは何か拭くものを探していたが見つからなかったのか、パジャマの袖で拭いてくれた。
「その・・・シシィが不安になるのも・・わかる。嫌なら今日は一緒に寝るだけに・・・」
「ごめんな・・さい。」
「?何に謝ってるの?今からの事なら・・」
「ちが、うの・・」
涙で上手く話せない。
話そうと思えば思うほど、想いが募り涙が溢れてくる。
でも言わなきゃ・・
「わたしで、ごめんな、さい。ケイン、は、ヒック、格上の、うちから、のウック、申し入れ、ことわれな、断れなかった、、でしょ?」
泣けて上手く話せない。それでも伝えなきゃ。
「うち、いがいにも、、むこいり、の、話が、ヒック、きてたって・・ごめんなさい・・」
「誰に言われたの?」
ケインが怒った様な声で言う。
「シシィ、誰にそんな事を言われたんだい?」
怒ってる・・!ケインが初めて怒っている。
やっぱりこの結婚は間違ってたんだ!
そう思うと余計に涙は止まらず、顔も上げられない
「シシィ、お願いだから僕を見て。」
わたしは思い切り顔を横に振り、
「だってみんな、、思ってるわ!わたし、みたいな地味な、、女に、ケインは勿体無いって!!」
言い終わるか終わらないか、わたしは気付けばケインの腕の中にいた。
「子供を一人、そしたら、ケインを自由にして、あげま、す。それま、では、、我慢して、、」
「僕は、自分の意思でシシィとの結婚を選んだよ。」
「・・・・・・」
「本来なら、子爵家の四男なんかが、侯爵家に婿入りなんて出来ないんだよ。」
「そんな、、事ない!ケインは、優秀って、聞いた。婿入り、、の話しもいっぱい、、って!公爵家や侯爵家からも・・」
もう、顔グチャグチャだ・・
結婚初夜にこんな話しをするべきじゃ無いと分かってる。でも、ケインに知ってもらうには今夜しか無いと・・
「僕は、結婚するならシシィとしか考えて無かった。もしシシィと結婚出来なかったら、王宮で文官を目指してた。」
そう話しながらケインはわたしの背中をポンポン、ポンポンと優しく叩く。
「シシィは決して地味なんかじゃ無いよ!むしろ誰かに気付かれるんじゃ無いか、それこそ上位貴族に横取りされるんじゃ無いか?って、いつもビクビクしてたくらい」
そう言って、わたしの額、頬、鼻、そして口へ
優しくキスを落とす。
「シシィの良さは僕だけが知ってれば良いし、決して離さない!子供だって一人と言わずに二人、三人と欲しいと思ってる。」
優しく抱き上げられ、そのままベッドの上に寝かされる。
「ねぇシシィ、僕だけを信じて欲しい。」
「信じていいの?騙してない?ケインの言葉、信じちゃうよ?」
ケインは、クスッと笑うととびきりの笑顔で
「やっと捕まえたんだ!絶対に離さないよ!」
隣りで可愛い寝顔でスースーと寝息を立てている。
昨日、結婚式を挙げ初夜を迎えた妻シシィは、侯爵令嬢にしては控えめな大人しい女性だ。
確かに派手な顔立ちでは無いが、可愛らしい目元も口元も俺からしたら最高だ!
彼女の容姿を地味と言った奴らは、秘密裏に消してしまおう!そう思えるほど、俺からしたら目が離せない人。
でもまさかシシィがあんな事を思ってたなんて・・
危うく俺の手から離れて行く所だった。
「んっ、ケイン?」
「まだ夜明け前だからもう少し眠ると良いよ。」
シシィを腕の中に閉じ込めて寝かせる。
最愛の人。
周りが何と言おうと絶対に手放せない人。
それが妻、シシィだ。
シシィと初めて会ったのは俺が10歳、シシィが7歳の時だった。
まだ前侯爵が健在で、腕に抱かれていたと思う。
その時は大して思わなかったが、子爵家という格下で顔だけは良かった俺は男からはやっかみを。女からは遊び相手としか見られていなかった。
毎年同じ事の繰り返しで、侯爵家にもイヤイヤ着いて行ったある日恐れていた事が起きた。
初めてシシィと会った日から三年後。
一人で池のところで座っていたら、数人の男女がやって来た。俺はその場から離れようとしたが、数人の相手に腕や身体を掴まれ身動きが取れない状態になった。
「離せ!」
クスクスと笑っている。
「離せ!」
もう一度叫ぶ。
「子爵家の、しかも四男が叫んだところで誰も助けになんか来ないね!」
「顔だけしか取り柄のないお前には、身体を使う事しか役に立たないだろう!」
そう言って懐から出したナイフで服を引き裂く。
「ヤメロ!!」
どうして上位貴族の奴らはこんな事でしか憂さ晴らしが出来ないんだろう!
俺の姿を見て笑っている男女の顔が恐ろしかった。
上の服は全て破かれ、下のズボンに手を掛けられた瞬間もうお終いだ!と思った。
「何をしているの?」
少女の声が背後から聞こえた。
「もう一度聞きます。わたくしの屋敷で何をなさっているのかしら!」
「あっ、いえ・・」
と口ごもる男女たち。
すると一人の男が少女に向かって
「お嬢様、この顔だけの男はこのままにしておくと必ず世の中の害になります。そのため今から教えようと・・」
「ならば貴方たちにも同じ罰を与えねばなりませんね!わたくしから見たら、その男の子よりも貴方たちのが害です!見た目で敵わないなら、他で見返せば良いではありませんか?」
まだ幼い少女の口から、すでに侯爵家跡継ぎとしての貫禄があった。
男たちが去り護衛から上着を渡された俺は、護衛と共に歩いて行く彼女の後姿から目が離せなかった。
「家の娘はどうだい?」
急に声をかけられて飛び退く。
振り返ると侯爵で、彼女の父親が立っていた。
俺は慌てて礼を取るも、
「楽にして。」
と言われ頭を下げたまま暫く待つ。
「君はトゥール家のケインだね?どう?我が娘は!」
「えっ?どう!と言われましても・・」
「そうだよねー。」
侯爵様の視線が痛い。
「ねぇケイン。もし君が望んでしっかり勉強して、シシィを支えられる男になったら。婿に来ないかい?」
「えっ・・」
「私はこう見えても人を見極める力があるんだ。」
「・・・・・」
「君は見た目は派手だけど、とても真面目で誠実な子だ。ずっと見ていたからわかるんだよ。」
「・・・」
「家の婿に入る事はとても努力しないと無理だよ。それでも君が望むなら私は惜しみなく手を貸すよ!」
もし望んでも良いのなら、あの時震える手を握りしめながら俺を助けてくれた、彼女の隣りに立ちたい。
俺は振り向き侯爵様の目を見た。
そして・・
「もし望んでも良いのなら、私はお嬢様の横に立ちたいです!そのために必要な事は何でも努力し勉強します!もし、私に少しでも期待して頂けるのであれば、どうか私に力を貸して下さい!」
俺はめいいっぱい頭を下げてお願いした。
侯爵様はそんな俺の肩をポンっと叩き、
「トゥール子爵に話しを通そう。ケイン、着いておいで。」
俺は侯爵様の後を走って追いかけた。
そこからは侯爵様の手を借りて、全ての事を頭に入れた。シシィの隣りに立つために!
シシィも次期侯爵として、おそらく俺以上の教育を受けたのだろう。夜会で会っても常に顔を上げ背筋を伸ばして立っていた。
だが、そんな彼女を見て
[ご両親は艶やかなのに令嬢は地味ね。]
[侯爵家の跡取りで無ければ、嫁にも行けないだろう。]
と、勝手な事を言う奴がいた。
自分たちより高位である彼女に対しなぜ言えるのか?彼女が優し過ぎるからなのか・・
(まぁ、変な虫が近寄らない事は良い事だな!)
そう思いながらも何度そばへ行きダンスを申し込もうか!
エスコートとを申し出て、一緒にパーティーへ出ようか!
そんな事ばかり考えていた。
侯爵様からは一目置かれているとは言え自分はただの子爵令息だ。
それに今も俺の周りには香りの強い、気分が悪くなるような女達が群がっている。
学園でも、社交界でも、俺に寄ってくるのはこの顔だ!たまに学園での成績を見て、入り婿の話しを持ってくる家門もあるが顔だけで遊び人と判断されているのが腹が立つ。
侯爵様は[良い隠れ蓑になってるねー]なんて茶化してくる。俺の気持ちを一番知ってるくせに・・・
「あの、ケイン?お父様はいらっしゃるかしら?」
侯爵様の執務室で仕事をしていると、お嬢様がやって来た。
今日訪問される事は聞いていない。
「申し訳ありません、お嬢様。侯爵様は王宮へと出掛けられておりまして・・」
「えっ?あらっ、わたくし間違えたかしら・・」
オロオロと狼狽えている姿もまた愛らしい。
すると目の前にバスケットが差し出される。
これは侯爵様への差し入れだな!
「侯爵様へお渡ししておきますね。」
そう言って受け取ろうとしたら、
「いえ、あのこれは、貴方が食べてください。お父様の分は屋敷に行けばまだありますので、良かったら」
「えっ!私が頂いてもよろしいのですか?」
顔を赤くしながら頷くなんて、そんな可愛い姿見せて俺を殺す気か!!!抱きしめたくなる気持ちを抑える。平常心、平常心!
「ありがとうございます。朝から何も食べていなかったので嬉しいです。今、お茶を淹れるので良かったらご一緒にどうですか?」
うん、我ながらスマートに言えたぞ!
見れば彼女の顔が真っ赤になっており、
「あっ、あの。お口に合うと良いのですが、合わなければ処分なさってください。」
そう言って走って戻って行った。
(ヤバい、これ絶対食べられないやつ・・でもせっかく[俺のために]作ってくれた物を腐らせるわけにも・・)
バスケットの中身を見ると、色々な種類のクッキーが入っていた。一つ手に取り口へと運ぶ。
「甘い・・」
それはクッキーの味なのか、彼女への想いなのか・・・ 王宮から戻った侯爵さまが、やけに浮かれた俺を怪しんだが、次の日ニヤニヤしながら更に綺麗にラッピングされたクッキーを見せつけるように机の上に置き、俺の反応を見て楽しんでいた。
彼女が19歳になった年、俺は王宮の文官試験に合格した。この試験に合格すれば、俺が侯爵家に婿入りしても誰も何も言わないだろう!と言われ死に物狂いで勉強した。そして、
「シシィと婚約を結ぼう!」
突然侯爵様が言った。
「シシィにも話は通しているよ。明日にでも屋敷に来ると良い。待っているから。」
次の日俺は花束を抱えて侯爵邸に向かった。
応接室に通され先に侯爵様、夫人と話しをした。
二人とも考えは同じで、彼女の気持ちが一番の優先事項だった。
「お嬢さまは温室にてお待ちでございます。」
侍女に案内され足を進める。
案内された温室は色とりどりの花が咲き誇っており、香りも強かった。でも香水とは違う気持ちが、心が軽くなるような心地よい香りだった。
「ご無沙汰しております、ケイン様。どうぞお掛けになって。」
「・・・・・・」
「あの、ケイン様?」
ハッと我に帰る!
あまりの美しさに一瞬我を失ってしまった。
「申し訳ありません。あなたの美しさに気持ちが・・」
「ご冗談はおよしになって?わたくしが何と呼ばれているかはケイン様はご存知ではなくて?」
顔色が曇る。
「他の方達が何と言ってるかは、私には関係ありません。私の目に映るあなたしか信じませんので。」
沈黙が落ちる。
「どうかこの話しを断って欲しいのです。」
「お嬢さまは、私がお気に召しませんか?だったら」
「わたくしが!ではありません。どう見てもわたくしとケイン様では釣り合いが取れません。なので・・」
「嫌です!絶対に俺からは断りません!」
「侯爵の地位ですか?それならば父にお願いして!」「違います!!」
彼女は俺との事を断ろうといていた。
どうすれば伝わるのだろう・・
お嬢様は下を向いたまま顔を上げる気はなさそうだった。
そうだ!俺たちは今日初めて結婚相手として顔合わせをしたんだった。今までは、彼女にとっては父親の部下。
まずは俺の気持ちをしっかり伝えないと・・
「爵位は関係ありません。俺がお嬢さまと、お嬢さまをお支えしたいんです!」
「あなたが犠牲になる事はありません。王宮文官試験に合格されたと聞きました。家以外にもお声が掛かりますわ!」
「なら、あなたはどうなさるのですか?俺が断ってもあなたこそ婿入りの話しが来るはずです!それならば俺にチャンスを下さい!」
「何のチャンスですか!?わたくしみたいな地味な令嬢では無く・・」「地味じゃ無い!!!」
勢い良く立ち上がったため、イスが後ろへ倒れる。
だが関係ない!今は彼女を説得しなければ!
俺は彼女の元へ行くと跪く。そして、
「俺はあなたを地味だと思った事などありません!むしろ眩しいくらいです!どうか、俺の言葉だけを信じてくれませんか?俺の言葉だけを耳に入れて貰えませんか?」
「・・ですが、あなたまで何を言われるか・・」 「言わせておけば良いのです。どうか、俺の気持ちを受け入れて下さいませんか?どうしても無理だと感じたら、いつでも断って下さい。侯爵様に言ってください。その時は・・あなたを諦めます。」
「ですが・・」
何とか彼女を説得させ晴れて婚約者となった俺は、彼女の陰口を叩く奴らを容赦なく(裏から)黙らせた。
どれだけ彼女の事を想っているか、彼女への愛がどれほど重いか侯爵様は笑って受け入れてくれている。
「ケインほどの(シシィへの愛が重い)男でないと大切なシシィは渡せないよ!」
ある夜会で侯爵様が他の高位貴族の方々に話しているのが聞こえた。
「優秀さも大切だけど、自分の娘が蔑ろにされる方が許せないからね!その点ケインならシシィも我が侯爵家も任せられる。ただシシィが彼の愛を信じきれて無いのが・・」
そうなのだ!俺との結婚は頷いてくれたが、どこか他人事のような所がある。
それは侯爵様も気付いているようだった。
「結婚を嫌がってる訳では無いのだが、何か引っかかる事があったのか・・妻からも話しを聞いて貰ったんだが、貴族令嬢の務め!と言っていたようだ・・・」
務め・・
どうしたら俺の気持ちを信じてくれるのだろう。
どう言えば彼女の心に届くのだろう・・
貴族の、しかも高位貴族の結婚は政略が伴う事が多い。他の侯爵家も然り、ほとんどが政略だ。だから彼女の言う務めも間違いではない。でも、
そんなある夜会で彼女が言った務めの意味がわかった。その日も当然婚約者である俺が、彼女をエスコートしていた。本当は側から離れたくなかったが、
「ようケイン!夜会なんて久しぶりだなぁ。」
声を掛けて来たのは学園時代にクラスメイトだった奴らだ。気を利かせたシシィは友人の所にいるからと離れて行った。
俺はワイングラスを受け取ると、一口飲む。
伯爵、子爵、男爵で引き継げる爵位のない俺と同じ立場の男達。俺が侯爵家に婿入りするのを正直良く思っていないのが話しをしていて良くわかる。
なぜなら、
「それにしても上手い事やったな!侯爵家なんて雲の上の存在だ!」
「ああ、本来なら声も掛けてもらえない!そんな家に婿入りだもんなぁ!」
「・・・」
「地味令嬢じゃ無かったら、もっと良かったのにな!」
「貴族の義務とはいえ地味令嬢を抱くなんて、お前大丈夫か?」
「俺の婚約者を悪く言わないでくれ!」
ハハハ、と笑う声。
聞いていて気分の良いものじゃない。
「でもー、顔だけの男と地味顔の女。普通の顔の子供が産まれてくるんじゃない?良かったなぁ」
流石に許せない!言い返そうとした時、
「わたくしの事を言うのは結構ですが、わたくしの婚約者の事を悪く言わないで頂きたいわ。」
いつから聞いていたのか?そこには背筋を伸ばした次期侯爵としての、威厳を放ったシシィが立っていた。
「ごめんなさい、話を聞くつもりは無かったの。お父様がケインを紹介したい方がいらっしゃるからと」
「シシィありがとう。一緒に行こう。」
ええ、と返事をし歩き出す直前に振り返り
「ケインと仲良くして頂いてありがとうございます。ですが、わたくしと結婚した後の交流はご遠慮願いますわ。ケインは我が侯爵家に婿入りするのですから。(おわかりですよね?)では失礼致します。」
そう言って俺の腕を引っ張り歩き出す。
ヤバい、惚れ直した!普段のシシィは頼り無さげの気弱な令嬢なのに、一旦外へ出ると侯爵令嬢になるのだ。しかも次期侯爵となる姿はさすが父親譲り。
シシィをエスコートしながらもドキドキが止まらない俺に、
「ケインのお友達に対してごめんなさい。」
「えっ?いいよ!俺もそろそろ切ろうと思ってたから!それよりもさっきのシシィ」
(カッコ良すぎて惚れ直したよ。)
「なっ!やめて!恥ずかしい・・」
耳元で囁くように言えば、顔を赤らめて俯く。
そんな俺たちの姿を見て侯爵様も笑顔で見ていて、
何やら周りの人達と話している。紹介を受けたのは名だたる高位貴族の当主達だった。
次は次期後継者とその相手や婚約者を交えて夜会を開こうと話しをしていた。
俺たちの人脈を広げてくれるらしい。とても嬉しい話に俺もシシィもお礼を言ってその場を離れた。
その後二曲ダンスを踊り帰宅した。
帰りの馬車の中で気になった事をシシィへ聞いた。
男の俺でさえあの言われよう。女の集まりではもっと言われている事だろう。
そう疑問を問えば、
「女の社会は女の仕事です。ケインが心配している事は分かりますが、これでも侯爵令嬢なので大丈夫ですわ。それに、母が言うにはそれくらいの事自分で何とか出来ないのなら、跡を取るのは止めなさい!と」
笑いながら言っている。
やはりシシィは芯の強い、心から尊敬出来る女性だ。でも、時々悲しい目をするのが気になる。
俺の事を嫌ってはいないと思う。
でも、まだ本心を見せてもらえない。そんなもどかしさを抱えながらも結婚式の準備は進んでいく。
結婚式を10日後に控えたある日、待ちに待った俺の引越しである。
実際に住むのは結婚式を迎えた夜からだが、荷物を入れるため初めて夫婦の部屋へ入る。
部屋の作りは貴族の夫婦としては一般的な作りだ。
夫婦の寝室を挟んでお互いの私室があり、俺の方には小さな応接室もあっり、親しい相手を通せる様に応接セットが用意されていた。
正直まだ通せるような友人はいないが、結婚後はきっと増えるだろう。そう思いながら荷物を運んでいると侯爵夫人に声を掛けられた。
「この家具、素敵でしょう?シシィが全部、あなたの為に選んだのよ。」
「えっ!?シシィがですか?」
フフフッと扇で口元を隠しながら微笑む。
その雰囲気からシシィが俺のために一生懸命選んでくれた事が伺い知れた。
「最近当主が交代した、クーカス伯爵の弟さんが婿入りしたデル商会の物なの。確か・・子爵位はお嬢様が継がれたのじゃなくて?」
「ああ、二ヶ月ほど前に夜会で騒ぎがありましたね。私も侯爵と共におりました。が、そうですか・・一度お会いしたいですね。」
「そうね!あなた達とも歳が近いから良い関係が結べると良いわね!」
お茶の用意が出来てるから来てね。
そう言い残し夫人は去って行った。
一人ソファーに腰掛けていると、コンコンッと内扉から音がする。俺は気持ちを抑えながら扉を開けると、そこにシシィが立っていた。
どうやら寝室側から来たようだ。
「荷解きは済みましたか?出来たらこちらの説明も・・」
「素敵な家具を選んでくれてありがとう。とても気に入りました。」
そう言いながら彼女の左手をすくい、唇を当てる。
シシィは顔を赤くしながらも手を解かない所を見ると、嫌がっては無いかな?
「こちらの部屋も見て頂きましたか?」
「ぜひ貴女に案内をお願いしたいのですが?」
「ええ、もちろん。」
彼女をエスコートしながら隣の私室へ移動する。
そこには執務机と本棚。小さめのベッドが置いてあった。その家具も全てデル商会で揃えた物らしく、調和が取れていて落ち着いた雰囲気だった。
ただ一つ、気になる物が・・
「こちらのベッドは・・」
「あっ、あの深い意味はありませんの!わたくしの部屋にもあります。たまにはそんな日もあるかと、デル商会のシェリー様・・ハイル子爵が言ったので・・」
「・・・」
うん、このベッドは早々に下げ渡そう!
二人の寝室もシシィの趣味なのか?とても落ち着いた色の家具に明るめのカーテンが掛かっていた。
「噂では聞いていましたが、デル商会が扱っている物は本当に素晴らしいですね!この家具とベッドは隣国の物では?」
「そうなんです。ハイル子爵の旦那様が隣国で伯爵の位を賜っていて、その縁で取り寄せて頂きました。あの、気に入って頂けましたか?」
「もちろんです!逆に僕なんかが使って良い物では無い品々です!ありがとうございます。」
どさくさ紛れに抱きしめると、体を硬直してしまった。しばらくこのままで・・と思っていたら、
「10日も我慢できんのかね?ここでの抱擁は許容出来ないが・・・なぁ、お母さん。」
「そうねぇ、私的には許したいけど、旦那様をこれ以上抑える事はわたくしには!無理だわ。」
なかなか降りて来ない私達を呼びに来た侯爵と夫人に見られ、シシィは更に固まってしまった。
更に五日後、婚約者として最後の夜会に二人で出席した。侯爵に紹介されクーデン伯爵とハイル子爵とその夫に挨拶をした。
侯爵は夫人と共に席を外してしまった。
「初めまして、ベルージャ・クーカスです。こちらは妻のアルディアナ。」
「初めまして、シェリー・ハイルと言います。デル商会の副会長もしております。こちらは夫のカイディアン。」
「カイディアンと言いますが気楽にカイと呼んでください。隣国サルーン国で伯爵位を賜っております。」
「初めまして、シシィ・ゲルダードと申します。こちらは婚約者のケイン・トゥールですわ。」
それぞれに挨拶と握手をし、男女に別れて話をする事になった。
シシィの婚礼衣装もデル商会の生地を使用し、仕立てから全てをお願いしている。五日後の結婚式の打ち合わせもあるのだと言って、愛するシシィを連れて行かれてしまった。
「天下のケイン・トゥール卿も婚約者殿には骨抜きにされているようですね。」
「お前も結婚前は一緒だったぞ。その前からか?」
ハハハと笑い合う。
こちらの二人は社交界でも有名な愛妻家だ。
そのためか、私に声を掛けてくる令嬢も夫人も居ない。こんなに気楽に過ごせるならもっと早く紹介して貰いたかった。
今まで一緒にいた奴らは俺を利用してた奴らばかりだったな!そう思うと何てつまらない日々を送っていたんだろう・・と、実感してしまった。
「ケインと呼んでも?」
「もちろんです。カイと呼んでも?」
「ああ、その方が俺らしい。」
二人で話していたらクーカス伯爵も仲間に入りたいと言ってきたが、さすがに年上で伯爵だ。
「自分の事はぜひケインと。ベルージャ様と呼ばせていただきます。」
一歩下がって伝えた。
「やっぱり噂は噂だなぁ!君は見た目が派手なだけで誠実なひとだ!侯爵令嬢に対してもとても丁寧に愛情持って接している。」
「ああ、見てわかる人には伝わっているが、やっかみや嫉妬心の奴からは嫌味を言われてきたのでは?」
その通りだ。
侯爵に目を掛けて貰ってからはずっとだった。でもそれは自分の目標があったから頑張れた!
でもシシィは・・?そんな事を考えていたら、
キャーーーッ!
女性の悲鳴とシシィへ目線を移そうと振り返ったのがほぼ同時。
なぜかシシィが床に倒れており、シシィを庇うようにハイル子爵が座り込んでいた。
クーカス伯爵夫人も二人を庇っている。
「そこをおどき下さい。クーカス伯爵夫人。わたくしはそのに寝そべっている女に謝罪を求めているだけですわ。」
「恐れながらクラウディア侯爵令嬢。シシィ様がわざとされたとは思えません。わたくしも、こちらにいるハイル子爵も一緒におりました。」
「ならばわたくしのドレスが汚れている理由は?その女がわたくしの後ろを通った瞬間に汚れたと、ここにいる令嬢達が言っているのに!」
騒ぎを聞きつけシシィの側へ駆け寄る。
幸い怪我はしていないようで安心した。そんな俺にシシィは手を振り、後へ下がるように言い一人で立ち上がる。そして侯爵令嬢に向かって背筋を伸ばし彼女の目を見る。
次期侯爵としての姿だ!
「クラウディア侯爵令嬢。貴女はわたくしが通った後にドレスが汚れた。そう、おしゃいましたね。」
「ええ、ここにいる人たちが証人よ!言い逃れは出来ませんことよ!」
侯爵令嬢の後ろにいる令嬢たちも首を縦に振る。
(地味令嬢がクラウディア様に楯突くなんて!)
(ケイン様との結婚式が近くて浮かれてるから、こんな失態を犯すのね!)
クスクス笑う令嬢たちの醜い心が、周りにいる人たちにも伝染する。
なぜ彼女がここまで言われるのか!
「ケイン様とお揃いのドレスを身に纏っても、貴女では不相応ですわ!」
このままでは彼女は何も言い返せず下を向いてしまう!そう思ったとき、
「今話してるのはケイン様の事ではありませんよね?
話を逸らすのは止めていただきます。」
「なっ!これだけの証人がいるのよ!さっさと謝りなさい!」
俺は彼女が倒れないように、そっと後ろに立ち背中を支えた。
クーカス伯爵夫妻も、ハイル子爵夫妻も俺たちの後ろに立つ。
「わたくしは五日後に結婚を控えております。」
「だから何よ!」
「この国の決まりとして、新婦は結婚の七日前からはアルコールの一切を口にしてはいけない。」
令嬢たちはハッと何かに気付く。そう、この国の法令として新婦は七日前からはアルコールを口にしてはいけないという、訳の分からない決まりがある。
何代か前の王女が結婚前にアルコールを口にし、さらには醜態を晒し結婚が破談になった事が原因である。
「お気付きでしょう。わたくしが手に持っていたのは、果実水です。なのでクラウディア侯爵令嬢のドレスに付いている赤いワインは、わたくしでは無いのです。」
はっきりとキッパリと言い切った。
その後、騒ぎを聞き付けた騎士により令嬢たちは会場から連れ出された。俺たちも騒ぎを起こしたとの事で話を聞かれたが、クーカス夫人とハイル伯爵が証言してくれたおかげで直ぐに帰された。
後の事は侯爵夫妻が何とかしてくれるだろう。
「シシィ、大丈夫ですか?」
何も悪い事をしていないのに、疑いをかけられてしまった。シシィじゃなくても気落ちするだろう。
それなのに無理して微笑む。
「ケイン様にも嫌な思いをさせてしまいましたね。ごめんなさい。わたしじゃ無ければ・・」
声が小さくて聞き取れなかった言葉は、まさか結婚式後に言われるとはこの時思いもしなかった。
あれから何時間過ぎたのかしら・・
身体も重いし痛いし・・でも温もりは気持ちいい。
薄っすらと目を開けると何故かわたしはケイン様の膝の上で、横抱きにされて座っていた!
「あっ、あの・・」
「シシィ目覚めたかい?身体は大丈夫?今メアに食事を持ってくるように頼んだから。食事が済んだらまたベッドへ行こうね。」
「あの、今は何時ですか?わたくしお風呂に・・」
「君が寝ている間に一緒に済ませたよ!その間にシーツも取り替えてもらったから安心して欲しい。」
(えっ?お風呂も済んでる?いつの間に!)
わたしが軽くパニックをおこしていると、ケインはわたしの耳元で囁いた。
「僕の愛を信じてくれるまで、ずっと君の心と体に伝えて行くつもりでいるからね。大丈夫、五日間の休みがあるから!ずっと一緒にいられるよ!」
「!!!」
その後のケインは有言実行と言わんばかりに、五日間ずっと私の世話を焼いた。嫌がるどころか嬉しそうに・・
夜会でも必ず私の色を身に付け、自慢げに紹介し、
「ケイン卿にあんな一面があったなんて!」
と、言われている。
そしてそれを嬉しそうに聞いているケインの愛を、疑う事なんて出来ないと思えるようになっていた。
政略結婚だと思っていたのに、いつの間にかこんなにも愛されていたなんて!いったい誰が思うでしょう。
シシィは決して地味では無いのですが、両親やケインが眩し過ぎて霞んでしまうのです。
そのせいで表情も態度も静かなものになり、存在感が無くなってしまうのです。