第5章 別れ
エリオは静かに葬式の場に立っていた。目の前に広がる墓地は、灰色の空の下で冷たく寂しげだった。春の兆しは感じられるものの、ひんやりとした風が肌に触れることで、どこか温もりを欠いた一日となっていた。そんな中、村の人々が集い、古くからの仲間であったパパリア婆さんに最後の別れを告げていた。老衰による大往生であったが、彼女が過ごした長い年月を振り返り、誰もがその死を深く悲しんでいた。
「大往生だとしても、やはり寂しいものだな。」
エリオはそう心の中で呟きつつ、手にした杖を強く握りしめた。彼は癒し手として何度も足を運び、パパリア婆さんを治療していたが、天命を覆すことはできなかった。できる限りのことをしたものの、結局のところ寿命は避けられず、彼女はすでに長い一生を全うしていた。その最期を予感することなくはいられなかった。
エリオにとって、パパリア婆さんはただの村人ではなかった。彼女の家は代々農家を営み、村の生活の礎を築いてきた。その力強い姿勢と誠実な生き方は、エリオが見習いたいと思っていた点であり、何よりも村への深い愛情と次世代への思いやりが、彼の心に残っていた。だからこそ、彼女との別れは心を締めつけるような痛みを伴っていた。
「どうか、安らかに眠ってください…」
心の中でそう祈りながら、エリオは祭壇の前に立った。村の長老たちや他の村人たちは静かに祈りを捧げており、集まった人々全員がエリオの言葉に耳を傾けていた。彼は実り手として、そして祭司として、村の冠婚葬祭を取り仕切る重責を担っていた。その責任は重く、どんな時でも果たさなければならないものだった。
「いよいよか…」
エリオは深く息を吐き、心を引き締めた。普段着慣れた装束ではなく、今日は祭司の衣装を身に纏っていた。神々への敬意を示すその姿勢は、彼が実り手としてだけでなく、村の魂を守る祭司としての責務を感じさせた。彼はその役割を引き受けたことに誇りを持っていた。
「どうか、パパリア婆さんの魂が安らかに昇りますように。」
エリオは祭壇の前でゆっくりと手を合わせながら祈りを捧げた。その声は静かだがしっかりと周囲の村人たちに届き、彼の祈りに合わせて村の者たちも手を合わせ、神々への祈りを捧げた。山神や村の守り神々への信仰が、この村に生きる全ての人々の心を一つに結びつける瞬間だった。
「この村で最後の一人として、手を合わせ、魂を天に送ります。」
エリオの言葉は力強く、静かな悲しみを帯びていた。彼の言葉に呼応するように、村人たちも次々と手を合わせ、祈りを捧げた。その空気の中で、エリオはその役目の重さを感じながら、一つ一つの動作に心を込めて取り組んでいた。死者への敬意と、残された者たちへの教えを込めて、彼の姿には責任感と覚悟がにじみ出ていた。
祭りや葬儀といった儀式は、実り手であるエリオにとっては何度も経験してきたものだが、命が失われるという事実に向き合うたびに心に残るものがある。それは、どんなに高貴な役目を担っていても、避けられない「死」という事実に対する悲しみである。エリオはそれを感じながらも、村のため、そして亡き者たちのために力を尽くしている。
葬儀が終わり、村人たちはそれぞれの家へと帰路に着く。エリオは一人、祭壇に残り、冷たい風が彼の頬を撫でる中、心の中に静寂が広がる。周囲の音がすべて遠ざかり、ただ祭壇の前に立つ自分と、その先に横たわる死者が一体となるような感覚を覚える。
「パパリア婆さん、どうか安らかに…」
再びエリオは心の中で祈りを捧げた。村の生活を支えてきたその存在が、もう二度と戻らないことに深い寂しさを感じる。しかし、彼の中には確かな決意があった。彼のように、生きるすべての命が何かを次の世代に残していくべきだと強く思っている。エリオは、これからも村のために、そして亡き者たちのために生き続けることを誓った。
「これからも、私たちはこの山で生き続けます。」
エリオは深く頭を下げ、静かに墓地を後にした。心に決意を新たに、彼は一歩ずつ歩き出す。どんなに過酷な日々が待っていようとも、エリオは実り手として、そして村の祭司として、村の未来を見守り続けることを誓っていた。