表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山の声に耳をかたむけて  作者: 苔藻丸
エリオ 10歳の秋篇
43/43

序章 夏の終わり

 山は静かに呼吸をしていた。かつて炎に包まれ、黒く焦げ付いた大地には、小さな芽が所々から顔を覗かせている。夜明けの冷たい風が山を優しく撫で、空には澄んだ星々が瞬いていた。


 ゴルギは鍬を手に、焦げた土を掘り起こして新しい畑を作ろうとしている。アリシアは彼の隣で、村の若者たちに指示を出しながら黙々と作業を進める。家畜小屋ではラルカが修理を指揮し、レミナが怯える動物たちを優しく撫でていた。村長のタリオは広場で指揮を執り、全体の状況を把握しながら次の手を考えている。


 村の空気には、どこか安堵と希望が漂っていた。しかし、その希望を胸に抱きながらも、たった一人だけ、深い迷いを抱え続ける少年がいた。


-------------------------------------------------------------------------


 彼の目の前には、影との戦いの跡が生々しく残る石造りの祠がある。静かな光が祠の奥から微かに漏れ出し、夜の闇に淡く広がっている。


(あの影は、悪ではなかった……)


 エリオはその事実を痛いほど理解していた。最後に見せた影の姿、残された言葉、そしてその消滅の瞬間。あの存在はただ穢れに囚われ、苦しみ、助けを求めていただけだった。影は敵ではなく、むしろ守る者であり、同じ使命を背負った存在だった。


「……ごめん」


 エリオの小さな声が静かな夜に溶け込む。その声は祠に届いたのか、届かなかったのか。答えは返ってこない。


「俺は……あの時、どうすればよかったんだ?」


 エリオは両手を握りしめ、膝をつく。脳裏にはあの瞬間が何度も何度も繰り返される。三つの力を解放し、影を完全に浄化してしまったあの瞬間――。


(もう僕の故郷は戻らない……でも、この山には祝福を……)


 あの言葉は耳から離れない。そして、その言葉に込められた哀しみと優しさが、エリオの心に深い影を落としている。


「俺は、あの存在を……救えなかった……」


 エリオの目から、一筋の涙がこぼれた。彼は拳を地面に打ちつける。


「俺は……間違えたんじゃないか……」


 その時、風が静かに吹き抜けた。山全体が、まるでエリオを慰めるかのように穏やかな風を送り込んでくる。それはまるで山神の優しさのようでもあった。


「山は……俺を責めていないのか……?」


 エリオは顔を上げ、祠を見つめる。その光は微かに輝きを増し、まるでエリオを肯定するかのようだった。


-------------------------------------------------------------------------


 人々は互いに笑い合い、安堵の表情を浮かべながら、ささやかな食事を分け合う。エレナは広場の中心で子どもたちに優しい笑顔を向け、ルシアは風向きを見ながら、安心したように肩を下ろしている。


 しかし、その輪の中にエリオの姿はなかった。


 アリシアが広場の隅に立ち尽くすエリオを見つけ、ゆっくりと近づく。

「エリオ、どうしたの? みんなで食事しようよ。」


 エリオはかすかに微笑むが、首を横に振る。

「ありがとう。でも、今は……」


 アリシアはそれ以上何も言わず、静かにエリオの隣に座った。

 しばらくの沈黙の後、彼女は小さな声で言う。


「エリオは……きっと大丈夫だよ。だって、あの時、あなたは本当に一生懸命だったから。」


 エリオは驚いたようにアリシアを見つめる。彼女は優しく微笑んでいた。


「……ありがとう」


挿絵(By みてみん)


 短く言葉を返し、エリオは再び山を見上げる。夜空には秋の星々が美しく輝いていた。


 その夜、エリオは再び祠を訪れた。

 静かな月明かりの下、山全体が冷たい夜風に包まれている。


「“奴ら”……」


 エリオは小さく呟く。影が残した最後の言葉――「奴らに気を付けて」。

 それはただの警告ではなく、何か重大な意味を含んでいると直感していた。


「次に何かが起きるとしたら……俺は逃げない」


 エリオの目には、迷いはなかった。彼は静かに祠の石碑に触れ、その冷たさを感じながら、目を閉じた。


(俺は、この山を守る――それが、あの存在にできなかったせめてもの償いだから)


 秋の冷たい風が吹き抜け、木々が揺れる音だけが静寂の中に響いていた。


 夜空に瞬く星々が、エリオの決意を見守るかのように静かに輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ