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山の声に耳をかたむけて  作者: 苔藻丸
エリオ 10歳の夏篇
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第11章 もえる山④ 山神の啓示

 ケベルが山火事の現場から村に戻り、汗だくのまま広場に駆け込んできた。その顔には焦燥が浮かび、息を切らせながら叫ぶ。


「村長! 山火事の規模が広がっています! ゴルギが現場に残っていますが、炎がどんどん広がっている!」


 広場に集まっていた村人たちは、その言葉を聞くと一瞬静まり返った。その後、ざわめきが広がり、不安と恐怖が入り混じった声が上がる。


「そんな……村に火が来たらどうするんだ!?」


「ゴルギさん、大丈夫なのか……?」


 家畜小屋の動物たちも怯えたように鳴き声を上げ、檻を蹴る音が響く。村全体に緊張感が覆い始めた。


「落ち着け!」


 タリオが鋭い声を張り上げる。彼の強い口調に、ざわめきは徐々に収まり、村人たちはその視線を一身に集めた。長年村を守ってきた彼の冷静な表情は、この場を支える柱のように見えた。


「状況を整理するぞ!」


「ゴルギが火を止めようとしている間に、村全体で火の進行を抑える準備をする!」


 タリオは村人たちを見渡し、次々と指示を飛ばした。


「ルシア、風向きの監視を続けろ! 炎がどの方向に広がるか、絶えず確認して知らせてくれ!」


「はい!」


 ルシア・ファルファウは短く答え、広場の端にある高台に向かって走り出した。彼女は持ち前の冷静さを失わず、風の流れと炎の動きをしっかりと見極めようとしていた。


「ケベル、お前は馬に乗って複数人で現場に戻れ。ゴルギの状況を確認し、火の進行が村に及ぶ前に再び報告しろ!」


「了解!」


 ケベルは力強く頷き、再び山道へと向かった。山岳馬ヴァルステッドのたくましい足音が、緊張した空気を断ち切るように響き渡った。


「エレナ、井戸からの水運びを指示してくれ! 村の広場を統率し、消火活動を進めるぞ!」


「分かりました!」


 エレナ・ホルギンガンドが素早く動き出し、村人たちに声をかける。


「みんな、落ち着いて! 井戸のそばに集まって! 男手のある人は水桶を持ってきて、火に備えましょう!」


 その言葉に、混乱していた村人たちが次第に秩序を取り戻し始めた。子どもたちが小さな手で水を運ぼうとする姿を見て、エレナは優しく声をかけた。


「子どもたちはここで待って。危険な場所には行かせられないわ。」


 エレナの冷静で毅然とした態度に、村人たちは奮い立ち、次々に作業を進めていった。


-------------------------------------------------------------------------


 山火事の現場では、ゴルギを中心に数人の村人たちが協力して作業を進めていた。ゴルギはくわを振り、湿った土を掘り起こしては撒き、防火帯を作成している。その表情は険しく、炎の勢いに押されながらも、動きは一切鈍ることがなかった。


「こんな火の勢い、村に届いたら終わりだ……!」


 独り言のように呟くゴルギの声は、炎の轟音にかき消されそうだった。


 その時、背後から駆けてくる足音が複数響いた。


「父さん、手伝うよ!」

 

 アリシアが鍬を片手に駆けつけた。その後ろには若い村人たちが数人続いている。


「よく来た! お前たちで南側を頼む。火がそっちに向かっている!」


 ゴルギは手を止めることなく振り返り、素早く指示を飛ばした。


-------------------------------------------------------------------------


 ほこらの前、エリオは黒い影を睨みつけていた。影は祠を覆い隠すように渦を巻き、周囲の炎を吸い込むかのように蠢いている。その姿はただの自然現象ではなく、祠の力を封じ込めようとする意志を感じさせた。


『逃げろ……』


 耳元に低く冷たい囁き声が響く。その声はどこか哀れみを帯び、エリオの胸にかすかな不安を呼び起こした。だが、声の正体も、どこから発せられているのかも分からない。それが周囲から漂ってきているのか、あるいは自身の内から湧き上がっているのか――。


 その時、祠から微かな光が漏れ出した。その光は静かに揺らぎ、エリオの心に感覚として流れ込む。


(三つの力を……合わせる……?)


 エリオの中に直感が生まれる。「風見のかざみのしるべ」「山智さんち」「恵みの息吹めぐみのいぶき」――その三つの力を結集させることで、この影を弱体化させる術が見える気がした。


『無駄だ……逃げろ……お前にはできない……』


 再び耳元で響く影の声。それはこれまでよりも強く、耳の奥に直接叩きつけられるようだった。


「俺にはできない? ……ふざけるな!」


 エリオは囁き声を振り払うように叫んだ。祠の光が一層強く輝き、影はその輝きに怯むように揺らめく。


「村のみんながきっと戦っている。だから俺も戦う!」


 決意を固めたエリオは、影に向かって一歩を踏み出す。その足取りには迷いがなく、祠の力が彼を背後から押し支えているように感じられた。


 赤い月の下、影はさらなる力を蓄えようと蠢き続けている。祠を挟んだ静かな対峙の中、山の未来を賭けた戦いがいよいよ幕を開けようとしていた。


挿絵(By みてみん)

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