第10章 もえる山③ 炎の目覚め
夜の村は、赤い月に照らされながらざわめきに包まれていた。
山の奥から響いてくる低い唸り声と共に、地響きのような音が村全体に広がる。
「村長! 山が……!」
リナが広場に駆け込む。息を切らした彼女の背後では、家畜たちの不安げな鳴き声が響いている。
「落ち着け!」
タリオが鋭い声で村人たちを制した。その表情には焦りが見えない。長年村を守り続けてきた彼は、こうした緊急事態でも冷静だった。
「ゴルギ、ケベル!」
タリオが二人の名を呼ぶ。
「お前たち、山火事かどうか確かめてこい! 山岳馬なら最短で到達できるはずだ!」
「了解だ!」
ゴルギとケベルは力強く頷き、すぐに準備を整えた。タリオは村人たちを見渡し、さらに指示を出す。
「ラルカ、家畜小屋の防衛を最優先だ。動物たちを宥めつつ、外に逃がさないようにしろ!」
「任せて!」
ラルカは腕を組み、広場にいる村人たちを手際よく配置につかせる。
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山道を進むエリオは、炎の匂いに気づいて足を止めた。
赤い月の光に照らされる山の斜面が、不自然なほど静かだった。
「これは……火の匂い?」
エリオは眉をひそめ、「風見の導」を発動した。風の流れはいつもと異なり、山の奥から熱を帯びて押し寄せてくる。
「まさか、山火事か!」
エリオは山の奥へと急いだ。その途中、視界の先に炎の赤い光が揺れているのを目にした。山火事が現実となり、胸がざわつく。
「何とかしなきゃ……!」
エリオは「山智」を使い、地中の力を探る。すると、炎の下で異常な力が渦を巻いているのが感じられた。
「これは……自然の火事じゃない!」
祠の方向に目を向けると、黒い影が炎の中で形を変えながら漂うのが見えた。
エリオが黒い影に向かって一歩踏み出したその瞬間――。
『逃げろ……』
不気味な囁き声が耳元で響いた。それは低く、どこからともなく聞こえてくる声だった。
「何だ……今の声は?」
エリオは足を止め、辺りを見渡す。しかし、周囲には黒い影しか見えない。
『逃げろ……逃げろ……』
再び声が響く。今度はさらに強く、耳の奥に直接響くような感覚だった。エリオは思わず耳を塞いだ。
「逃げろ……だと? 今のは黒い影の声?」
その声には敵意もなく、どこか哀れみすら感じられた。だが、エリオはそれを信用することができない。
祠で見た幻が脳裏をよぎる。揺れる草原、燃え盛る火、そして黒い影。それはあまりにも現実味を帯びていた。
「いや……今はそんなことどうでもいい」
エリオの目が揺れる。その瞬間、村の光景が頭をよぎった。ラルカが村人たちをまとめ、奮闘する姿。タリオが指揮を執り、ゴルギとケベルの奮闘する姿。
「逃げるわけにはいかない!」
エリオは拳を握りしめ、黒い影に向かって叫ぶ。
「俺がここで止める!!!」
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家畜小屋では、動物たちが激しく暴れていた。
檻を蹴る音や飼い葉桶が倒れる音が絶えない。
「リナ、水を持ってきて!」
レミナが指示を出しながら、家畜たちを宥めようと手を動かす。
「でも、私も手伝いたい!」
リナが叫ぶが、レミナは首を振った。
「ダメよ、ここは危険! 広場に戻って、他の人を手伝って!」
リナは涙を浮かべながらも頷き、小屋を後にした。
「アリシア、檻を点検して!」
ラルカが檻の扉を押さえながら声を上げる。アリシアはすぐに動き、檻の周囲を確認し始めた。
「怖がってるだけじゃない……山の音に反応してる!」
アリシアの声に、ラルカは厳しい表情で頷いた。
「山全体が乱れている証拠よ。この小屋だけでも守り切るわ!」
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ゴルギとケベルは山岳馬を駆って、山の奥へと進んだ。
やがて、目の前に燃え広がる炎の光景が現れる。風に煽られ、炎は次々に草木を飲み込んでいた。
「ゴルギ! 山火事だ……!」
ケベルが叫ぶと、ゴルギは険しい表情で炎を見据えた。
「まずい……風がこれ以上強まったら村にも火が来る!」
ゴルギは状況を瞬時に判断し、ケベルに向かって叫ぶ。
「ケベル! お前は村に戻れ! 火事の規模を伝えて対応を急がせろ!」
「了解だ!」
ケベルは馬を返し、村へと向かう。ゴルギはその場に留まり、火の進行を食い止める方法を模索し始めた。
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赤い月の下、黒い影はさらに力を蓄えようとしていた。
エリオの決意は揺るがず、その影に向かって再び歩を進める。




