第7章 赤い月、ざわめく山
「おい、ジジイ。こんなに面倒事を押し付けて、いつか罰が当たりますよ?」
エリオは腰に手を当て、岩角羊の柵を修理しているタリオをじろりと睨んだ。祠での修行を終えてからというもの、エリオに寄せられる期待は日ごとに膨らんでいる。それを密かに面白がっているのが、このジジイだ。
「頼れる奴に頼らんでどうする。それに、文句を言ってる暇があるなら手を動かせ。」
タリオはハンマーを振るいながら、肩越しに軽口を叩いた。エリオは呆れながらも木材を抱え、柵の補修に取り掛かる。
「俺がいなくなったらこの村はどうなるんですかね。」
「だからお前がいなくならんようにしているんだ。」
そんな会話を交わしている間にも、村人たちはそれぞれの仕事に精を出していた。エリオの耳には、畑仕事に励む声や、家畜の鳴き声、遠くから聞こえる子どもたちの笑い声が届く。
補修作業を終えた後、エリオは広場で子どもたちと遭遇した。リナやルルキたちが赤い実を拾い集めながら何やら騒いでいる。
「エリオ先生、これ何の実か分かる?」
リナが差し出したのは、少し歪な形をした赤い実だった。エリオは「山智」を使って瞬時にそれが光苺の一種であることを見抜いた。
「これ、光苺だよ。でも形が変だな……」
「変? 食べても大丈夫?」
エリオは慎重に実を観察した。周囲の風の動きや土の状態を感じ取り、問題がないことを確認すると頷いた。
「平気だよ。けど、珍しいから村の長老たちに見せておいた方がいいな。」
子どもたちは嬉しそうに頷き、赤い実を大事そうに抱えながら駆けていった。その背中を見送りながら、エリオは心の中に少し引っかかるものを感じていた。山の気配が、微かに乱れているような気がしたのだ。
翌日、村の上流で川が溢れているとの報せが届いた。エリオは現場に駆けつけると、川沿いの木々が倒れ、水がせき止められて濁流を生んでいる光景を目の当たりにした。
「村長、上流でせき止められてる木が原因みたいです。」
「分かった。お前、どうにかできるか?」
エリオは「山智」で木々の根の状態や水流の流れを確認し、「恵みの息吹」で植物の生命力を高めながら根を整えることを決意した。慎重に力を注ぐと、せき止められていた倒木が少しずつ動き始めた。
「いける!」
川の流れが元に戻り、濁流が静かに収まっていく様子に、周囲の村人たちから安堵の声が漏れた。エリオはほっと息をつきながら、赤い月が浮かぶ空を見上げた。
その夜、エリオは村の境界線に立って山の気配を探っていた。「風見の導」と「山智」を使い、風や地形の変化を感じ取る。
「これは……」
風が突然冷たくなり、遠くから低い唸り声のような音が聞こえてきた。それは動物の声とも、人の声ともつかない、不気味な響きだった。
エリオは祠で見た幻――揺れる草原、燃え盛る火、そして黒い影――を思い出した。あの記憶が現実となるのではないかという不安が胸をよぎる。
「何かが起こっている。」
赤い月が空に浮かび、不気味に照らしていた。




