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山の声に耳をかたむけて  作者: 苔藻丸
エリオ 10歳の夏篇
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第6章 夏の訪問③

 村の朝は、涼しい風とともに始まった。クレルヴァ村の広場では、行商人ロナード・グリセヴァが滞在最終日の準備を進めていた。彼が連れてきた山岳馬ヴァルステッドたちの背には、村の特産品が所狭しと積み上げられている。岩角羊ワルぺの羊毛や燻製肉、鮮やかな赤い唐辛子ヒガリ、そしてずっしりとしたユグモノサツマイモ――どれも外の市場で高値で取引される一級品だ。


「よし、これで全部積み終わったな!」


 ロナードは大きな手で汗を拭いながら、満足そうに馬たちを見上げた。


「今日も相棒たちはしっかり働いてくれるな。頼もしいぜ。」


「ロナードおじさん! それ唐辛子ヒガリだよね?」


 子どもたちがワイワイと群がりながら声をかけた。彼らの目は、積み荷の間から覗く真っ赤な唐辛子ヒガリに釘付けだった。


「だから、『おじさん』じゃなくて『おにいさん』だ!」


 ロナードが苦笑しつつ声を張り上げると、子どもたちは口を揃えて「ごめんね、『おにいさん』!」と笑いながら言い直した。


 ロナードは苦笑しつつ、唐辛子ヒガリの束を取り出して見せた。


「そうだ。これはおまえたちが採ってきた唐辛子ヒガリだ。村の外ではめちゃくちゃ貴重品なんだぞ。」


「本当? だったら、もっとたくさん採ったほうがいいね!」


 子どもたちは目を輝かせ、にんまりと笑った。


 そのやり取りを横目で見ながら、エリオは軽く笑った。彼は少し離れた場所で、自分の相棒である星勇アストラの背を撫でていた。星勇アストラは陽光に照らされ、灰銀に輝く毛並みを美しく輝かせている。


星勇アストラ、今日は少し寂しいだろうけど、またすぐに会えるさ。」


 星勇アストラは優雅に首を振り、近くにいるロナードの山岳馬ヴァルステッド咲誇チルナをちらりと見た。二頭は昨日からすっかり仲良くなり、じゃれ合うのが日課になっていた。


「ぺぺルトさん、今回も大変お世話になりました。」


 ロナードの声に隣の男が顔を上げた。隣には村の商家であるぺぺルト・ファルファウが立ち、荷造りを手伝っていた。整った髪型と立派な髭、仕立ての良い服装は、彼の知性を物語っている。


「今回もいい取引ができましたよ、ロナードさん。」


 ぺぺルトが微笑みながらロナードに声をかけた。


「いえいえ、こちらこそ感謝しています。クレルヴァ村の品物はやっぱりどこに出しても評判が良い。」


 そのやり取りを少し離れた場所で見ていたエリオの視線は、ぺぺルトの隣にいるルシアに向けられていた。彼女は手伝いを終え、少し緊張した様子で立っている。


「ルシアもお疲れさま。」


 エリオが声をかけると、ルシアはほんの一瞬エリオを見つめた。だが、その視線には何かを伝えたそうな戸惑いがあり、頬はうっすらと赤く染まっていた。すぐに目を逸らすその仕草に、エリオは思わず小さく笑ってしまう。


「相変わらず照れ屋だな。」


 ルシアは言葉を返さないまま、小さく頭を下げてその場を離れた。


「ロナードさん、僕も途中まで同行させてもらっていいですか?」


挿絵(By みてみん)


 エリオはロナードに向き直り、真剣な表情で言った。


「遠くの薬草を取りに行きたいんです。それに……」


 エリオは少し笑いながら続けた。


星勇アストラ咲誇チルナともう少し遊びたそうなので。」


 その言葉に反応するように、星勇アストラが高らかにいななき、その場の注目を一気に集めた。咲誇チルナも負けじと短くいなないた。


 星勇アストラ咲誇チルナのほうに歩み寄り、まるで別れを惜しむように鼻先を寄せる。次の瞬間、咲誇チルナが軽く頭を振ると、星勇アストラはその動きに応えるように蹄で地面を軽く叩いた。二頭の動きは、見ているだけで心温まるようだった。


「ふふ、確かに仲がいいな。」


 ロナードは笑いながら頷いた。


「よし、じゃあエリオも一緒に来い。ただし、途中でへばるなよ。」


 エリオは「ありがとうございます!」と声を上げ、星勇アストラの背に素早く飛び乗った。


 村人たちが集まる広場は、賑やかな声と笑いに包まれていた。焚き火の周りでは、大人たちが取引の話をしながら燻製肉を分け合い、子どもたちは積み荷の唐辛子ヒガリを指差して「辛そう!」と大騒ぎしている。


「じゃあ、次は秋だな。」


 ロナードは咲誇チルナの手綱を引きながら、村人たちに向かって手を振った。


「また来てね、ロナードおじさん!」


 子どもたちの声が広場に響き渡る。


「だ、か、ら―――」


 ロナード、エリオ、そして二頭の山岳馬ヴァルステッドを先頭に一行は、ゆっくりと山道へと進み始めた。星勇アストラ咲誇チルナが最後に軽くじゃれ合いながら進むその姿を見送る村人たちの表情は、どこか寂しげで、それでいて満ち足りていた。


 そして、山の風が彼らの間を抜けていった――それは、また会えるという約束のように。

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