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山の声に耳をかたむけて  作者: 苔藻丸
エリオ 10歳の夏篇
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第2章 紅山魚(ヴォルド)

 高山地帯の夏は短いが、その美しさは格別だ。朝露に濡れた草原、太陽に照らされて輝く山々、そして清らかな川――どれもが、生命力に満ちた自然の楽園を思わせる。


 そんな爽やかな季節の中、エリオは川辺に立っていた。後ろには赤い髪を揺らしながら釣り竿を構えるアリシアと、静かに川面を見つめるルシアがいる。


「今日は紅山魚ヴォルドをたくさん釣ろうね!」


 アリシアが釣り糸を垂らしながら声を弾ませた。その赤髪は朝陽を浴びて輝き、まるで燃えるようだった。


「紅山魚は山川特有の魚で、味がいいんだよね。」


 ルシアが川面をじっと見つめたまま説明する。彼女の落ち着いた碧の瞳には、小魚が群れで泳ぐ姿が映り込んでいた。


 エリオは彼女たちを横目に、ふと空を仰いだ。澄み切った青空が広がり、山々の稜線がその端を縁取っている。自分が今いるこの場所――生前の記憶とは全く異なるこの世界の美しさに、改めて心を打たれる。だが、彼の中にはその「生前の記憶」が確かに存在していた。


「これが山川での釣りか……昔の川釣りとは全然違うな。」


 エリオの記憶には、遥か昔の世界の風景が残っている。人々がコンクリートに囲まれた河川で釣りを楽しむ姿や、街中で食べられる鮭の味。それを語ることはできない。この記憶を抱えているのは、自分だけなのだ。


「エレナも誘ったけど、また『秘密の授業』とか言って来なかったんだよな。」


 彼は小声で呟く。


「ベノさんと一緒に何やってるんだろう。ナニソレコワイ。」


 川は村の北側に位置していた。その流れは高山から降り注ぐ冷たい雪解け水によって生み出されている。川岸は岩と砂が混じり合い、水中には紅山魚ヴォルドが悠然と泳いでいるのが見える。


挿絵(By みてみん)


「ほら、見て! 釣れた!」


 アリシアが大声を上げる。釣り竿がしなると同時に、彼女は力いっぱい引き上げた。糸の先には、鮮やかな赤色の魚が跳ねている。


「お見事だね、アリシア。」


 ルシアが笑顔で称賛した。


「ふふ、まあ、釣りの天才だからね!」


 アリシアは得意げに言いながら、釣れた魚を手際よく外してバケツに入れる。


 一方、エリオの釣竿は静まり返ったままだった。何度も餌をつけ直して投げてみるが、魚は一向に掛からない。


「エリオ、まだ坊主?」


 アリシアが振り返り、にやりと笑った。


「もしかして、釣り苦手なんじゃないの?」


「うるさいな……これから釣れるんだよ。」


 エリオは眉をひそめて言い返したが、内心では焦りが募っていた。


「大丈夫、釣れないときは待つのも釣りの楽しみだから。」


 ルシアが優しくフォローする。しかし、その手元では二匹目の紅山魚がすでにバケツに追加されていた。


「くっ……!」


 エリオは悔しさを押し殺しながら釣り糸を握り直した。


 時間が過ぎ、アリシアとルシアのバケツは順調に満たされていく。一方でエリオの釣竿は相変わらず沈黙したままだ。


「よし……もう待てない!」


 エリオは立ち上がると、深呼吸を一つした。


山智さんちィィぃい!!」


 彼は拳を握りしめて叫んだ。その瞬間、エリオの目が鋭く光り、川の流れや底にいる魚の位置が手に取るようにわかるようになった。


「そこだ!」


 彼は釣竿を一気に振り下ろし、見事に紅山魚を釣り上げた。


「まただ!」


「また!」


 次々と魚を引き上げるエリオ。その勢いは止まらず、ついには彼のバケツがアリシアとルシアの合計を上回るほどになった。


「…………」


 アリシアは引きつった笑顔を浮かべ、ルシアは小さく肩をすくめた。


 村に戻った三人は、釣れた紅山魚を料理することにした。広場の炭火炉では、香ばしい匂いが立ち込めている。


「紅山魚は皮ごと焼くのが一番って言ってたね。」


 ルシアが慎重に串を刺す。


「塩を振って……こんな感じ?」


 アリシアが楽しそうに魚に塩を振りかけた。


 エリオは黙々と串を回し、火加減を調整する。皮がパリッと焼け、脂がじゅわっと溢れ出る様子に、三人は思わずごくりと唾を飲んだ。


「焼き上がり!」


 エリオが声を上げると、三人はそれぞれ串を手に取り、かぶりついた。


「うわぁ、これ、最高!」


 アリシアが目を輝かせながら叫んだ。


「皮はパリパリで、身はふわふわだね!」


「脂がのってて、それでいてさっぱりしてる。」


 ルシアが目を閉じて味わう。


 エリオも黙って頷いた。この味は、生前の記憶にある鮭に似ていたが、それ以上に自然の恵みを感じさせる深い味わいだった。


「山智の力、やるじゃん!」


 アリシアが笑いながら言うと、エリオも笑顔を浮かべた。


「でも……ずるいよね。」


 ルシアが苦笑する。


 三人の笑い声が村の夕暮れに響き渡り、風がその余韻を優しく運んでいった。

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