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山の声に耳をかたむけて  作者: 苔藻丸
エリオ 10歳の春篇
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第2章 教師エリオくん

 村の朝は静寂の中で目を覚ます。山から吹き降ろす冷たい風が木々を揺らし、春の訪れを告げる小川のせせらぎが、静かな空気の中で響いている。冬の名残を残す雪が溶け、川の流れがその力強さを増していく。それはまるで、村全体が春の訪れとともに動き出す準備を整えているような、静かで確かな変化を感じさせる。


 エリオ・ヴァルカスは、早朝から村の天候を読み取る「読み手」としての仕事を終えていた。山の空気を深く吸い込み、風の流れ、雲の形、湿度の変化を敏感に感じ取るその能力は、村にとって非常に重要なものだ。彼の目の前に広がるのは、険しい岩場と深い森。毎日のようにその景色を見つめているうちに、エリオは自然と心が落ち込み、山と一体になるような感覚を覚えていた。


 「さて、今日はまた忙しい一日になりそうだな。」


 エリオは心の中でつぶやきながら、自宅(村長宅)へ向かう途中、次の仕事のことを考えていた。村を守るための天気予測を伝え、薬草の収集をし、診療を行い、そして村の未来を担う子供たちに山の知識を教える。それらすべてが彼の役目であり、すでに10歳でありながら「実り手」として三つの特別な能力を持ち、村の未来を守る重要な役割を果たしている。


 「今日は唐辛子ヒガリが少し足りないな、集めるのが楽しみだ。」


 エリオは、ふと足元に視線を向けながら、薬草の収集を思い浮かべた。村の健康を守るためには、自然から得られるものすべてが貴重であり、エリオはその知識を存分に活用していた。薬草を集めること、天候を読み取ること、そしてそれらを村人たちに伝えることが、彼にとっての使命だった。


 村長宅に到着したエリオは、集会所として使われている自宅の広間に足を踏み入れる。広間にはすでに、村の子供たち(5歳から9歳くらい)が集まり、エリオを待ちわびていた。壁には山の地図が掛けられ、薬草の見本がテーブルに並べられている。その中央に立ち、エリオはしっかりと自分の立場を自覚していた。村の未来を担う子供たちに、今の自分の持つ知識を伝え、彼らを育てていくことが、自分に与えられた役目であると。


挿絵(By みてみん)


「エリオ先生、今日も面白い話をしてくれるんでしょう?」


 農家の娘で今年6歳になるリナが元気よく声をかける。エリオはにっこりと微笑んで答える。


「もちろん、今日は山に生える薬草について話すよ。」


 しかし、その横から、少し意地悪そうな声が響く。


「薬草なんてエリオがいるから、勉強なんて必要ないだろ!」

 

 その声を発したのは、村の悪ガキ、ルルキ、6歳だった。ルルキの農家の息子だが、ルナと正反対の性格である。


 ルルキは、いつもエリオに反発している。エリオが「実り手」として村で注目されることに、面白くないと思っているのだ。いつも強気な態度で、エリオのような存在を軽んじることが多かった。


「薬草だって、エリオがいればすぐに手に入るんだから、わざわざ勉強する意味ないだろ?」


 ルルキは腕を組み、上から目線でエリオを見ていた。その言葉には、エリオが「実り手」として持つ力に対する嫉妬と、彼に対する反発心が込められていた。


 エリオは少し眉をひそめたが、すぐに冷静に答える。


「それは違うよ、ルルキ。薬草や天気の予測を学ぶことは、僕に頼るだけではなく、みんなが自分でできるようになるためなんだ。」


 エリオの目には、これまで学んだことを村の子供たちにも伝えたいという強い気持ちが宿っていた。だが、ルルキはそれを簡単に受け入れられるわけではない。


「万一、僕が死ぬこともあるかもだしね。」


 エリオは冗談ぽく言ってみたが、内心では、過労で倒れることを本気で心配しているのは秘密だ。村のために尽力することの重圧が、時折彼を不安にさせる。


 ルルキは、エリオの言葉に一瞬黙り込み、少しだけ顔を曇らせた。それは、エリオの冗談にも、どこか本気が込められていることを感じ取ったからだろう。


 その時、リナがすかさず反論した。


「でも、エリオが教えてくれるんだから、私たちもちゃんと覚えて役立てられるんだよ!」


 リナは、他の子供たちを巻き込みながら、エリオを信頼し、その教えを受け入れようとしていた。


 「そうだよ!」と、他の子供たちも頷く。しかし、ルルキはまだ納得がいかない様子で腕を組んだままだ。


「でも、エリオがいれば、村に薬草が足りないなんてことはないだろ?」


 その言葉に、エリオは静かに、しかし確信を持って答えた。


「もちろん、僕が薬草を持ってきてあげることができる。でも、それだけじゃなくて、みんながもし山に出かけたときに、自分で薬草がどこに生えているか、どう使えばいいかを知っていれば、もっと助かるだろ?」


 リナはエリオの言葉に納得し、元気よく「だから、みんなで覚えよう!」と宣言する。それを聞いたルルキは、少し黙って考え込んだが、やがて照れくさそうに「まあ、分かったよ。」と、少しだけ心を開いたようだ。


 エリオは、黒板に薬草の絵を描きながら、子供たちにその使い方を説明し始めた。リナや他の子供たちは真剣にエリオの話を聞き、次々と質問を投げかけてくる。


「この薬草は風邪の初期に効くんだよ。これをお茶にして飲めば、体が温まって風邪の症状を和らげることができる。」


 エリオは薬草の効能を一つ一つ説明し、どの薬草がどんな症状に効くかを教えていく。リナは嬉しそうに「エリオ先生、これって家にも置いておくといいよね?」と質問し、エリオはにっこりと頷いた。


 その横で、ルルキは黙ってエリオの説明を聞いていた。最初は薬草に興味がなさそうだったが、エリオが薬草を使ってどんな方法で生活を助けているのかを聞くうちに、少しずつその重要性を感じてきたようだ。


「まあ、覚えておくよ。」


 ルルキは小さな声で呟いた。その言葉にエリオは微笑む。


 講義が終わると、エリオは静かに黒板を拭きながら、最後にこう言った。


「みんな、これからもお互いに学んでいかなきゃならない。薬草だけじゃなく、山のこと、天気のこと、そして村のためにできることを、みんなで一緒に覚えていこう。」


 リナはすぐに手を挙げて、元気よく答えた。


「うん!私も頑張って覚えるよ!」


 その言葉に、エリオは微笑みながらうなずいた。リナのような純粋な気持ちを持った子供たちが、エリオにとっての支えになっていると感じる。


 その隣で、ルルキは少し照れくさそうに頭を掻きながら、ぽつりと呟いた。


「分かったよ。教えてくれてありがとう。」


挿絵(By みてみん)


 彼の言葉には、わずかに心の中で変化が起きていることが感じられた。最初は反発し続けていたルルキが、少しずつエリオの教えを受け入れ始めたのだ。


 エリオはその言葉ににっこりと微笑み返し、「ありがとう、ルルキ。みんなで学べば、村がもっと強くなるんだ。」と応じた。彼は心の中で、この村が成長し、皆が力を合わせることで、より強い未来を作り上げるのだと確信していた。


 エリオは、今日の講義を終えた後も、心の中で次々とやるべきことを思い浮かべていた。次は薬草を集めに行き、村人たちの健康を守るための準備をしなければならない。しかし、それと同じくらい重要だったのは、子供たちに与える知識がどれほど大切なものであるかということだ。エリオは、次の世代がしっかりと成長し、村を支える力となることを強く願っていた。


 エリオは講義が終わり、子供たちが帰った後、広間の窓から外を眺めていた。村の風景が広がり、山々が朝日の中で光り輝いている。エリオはその景色を見ながら、心の中で一つの誓いを立てた。


「僕は、この村を守るために全力を尽くす。」


 その言葉を心の中で何度も繰り返しながら、エリオは自分の使命を再確認した。村を支えるためには、自分がどんな小さな力でも発揮し、全ての人が自分の力を信じて学び続けることが重要だと、エリオは深く理解していた。


その時、背後からリナが声をかけてきた。


「エリオ先生、今日の薬草の使い方、すごく役立ったよ。ありがとう!」 


 リナの嬉しそうな笑顔を見て、エリオは心から安堵の息をついた。


「いいんだよ、リナ。君たちが覚えてくれることが一番大切なんだ。」


 エリオは微笑みながら答えると、再び外の風景を見つめた。リナが言ったように、彼が教えることで、少しでも村が強くなれば、それがエリオの目指すべき未来に繋がると確信していた。


 その日、エリオは自分の力を次の世代にしっかりと伝えていく決意を新たにしながら、村の中で次に待っている仕事へと向かっていった。少しずつ、村人たちがエリオに依存することなく、自分の力で生き抜く力を育てていく日が来るだろう。その日を信じて、エリオは歩み続ける。


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