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山の声に耳をかたむけて  作者: 苔藻丸
エリオ 10歳の春篇
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終章 見守る者たち

 朝日が緩やかに丘の家を照らす中、タリオ・ヴァルカスは腰をかがめて畑に水を撒いていた。その手元はしっかりしているものの、動作は少し鈍く、どこか年季を感じさせる。小鳥たちのさえずりが響き渡り、風が草原を撫でる音が心地よい。


「おーい、タリオ!まだ生きてるのかい?」


 遠くから響く大声に、タリオはその手を止めて顔を上げた。声の主はベノだ。ベノ・ホルギンガンドは長いスカートをたくし上げ、足早にこちらに向かってくる。


「ほぉ、珍しいのう。ベノが丘の家まで足を運ぶとはな。明日はひょうでも降るかもしれんのう。」


 タリオは顔にひやかしの笑みを浮かべながら、腰を伸ばした。


「はぁ?あんたこそ、そんな冗談ばっかり言って耄碌もうろくが進んだんじゃないさね?雹どころか、エリオが『晴れる』って言ってたでしょが!」


 ベノは息を切らしながらタリオの前に立ち止まる。


「おお、そうだったかのう。孫の読み手は当たるからな。儂なんぞ、もうすっかりお払い箱じゃ。」


「分かってるなら軽口叩くんじゃないわさ。耳が腐るほど聞いてきたあんたの冗談なんて、もう誰も笑わないわ!」


「おいおい、儂の冗談が村の平和を守っとるんじゃ。笑い飛ばすのも大事な仕事だろうが。」


「だったら、もっと面白い冗談を考えてから出直しなさいさね!年寄りの冗談で若者が迷惑してるのが分からないのさ?」


「お前さんも同じ年寄りじゃろうが。村中駆け回ってお節介ばっかり焼いておったのが、いまではすっかり隠居婆さんじゃ!」


「誰が年寄りさ!まだまだあんたより足腰は丈夫なんだから!」


「丈夫かどうか、今から競争してみるか?どっちが先に村の井戸までたどり着けるかで勝負だ!」


「やれるもんならやってみなさいな!途中で息切れして倒れるのがオチなんだからさ!」


挿絵(By みてみん)


 二人の喧嘩は止まることを知らない。どちらも負けん気が強く、意地の張り合いが続く様子は、まるで子どものようだった。近くを通りかかった村人たちがクスクスと笑い声を上げる中、やっとベノが手を振り下ろして収束を図った。


「……で、エリオはどうしてるのさ?」


 その名前にタリオの表情が少し変わった。ほんの一瞬だが、誇らしげであり、少し心配そうでもある。


「ああ、エリオか。最近は村でいろいろと活躍しておるよ。祠から戻ってきてからというもの、力をつけてな。」


「それは分かってるわさ。でも……無理をさせないで。まだ若いんだからさ。」


 ベノは声を低くして言った。


「分かっとるとも。儂も孫が大事じゃからな。……お前さんほど口うるさくはないけどの。」


「はいはい、どうせ私は口うるさいですよ。あんたがだらしないから言うしかないのさ!」


「おい、儂がだらしないじゃと?この畑の出来を見てみろ、実がたわわに実っとるじゃろうが!」


「それは土のおかげさ。あんたがやったんじゃないわさ!」


 またもや口喧嘩が始まりかけたが、二人はふと同時にため息をつき、村の方角を見つめた。遠くで子どもたちの笑い声が聞こえてくる。


 エリオが祠から戻ってきた直後のことだ。村では彼の新たな力がすぐに注目された。ある日、村の川が突然氾濫しそうになったとき、エリオはその状況を事前に察知し、村人たちに知らせた。そのおかげで被害は最小限に抑えられた。


「水位が上がっている……すぐに土嚢を準備しよう!」


 エリオの鋭い声が村中に響き渡った。その時、誰も彼の言葉を疑わなかった。


 また別の日には、枯れかけた畑の作物を癒すため、エリオが手のひらを掲げて祈ると、葉は再び緑を取り戻した。その光景を目の当たりにした村人たちは、彼に感謝しながらも、その力の神秘に驚きを隠せなかった。


「まぁ、儂の孫だしな!」


 タリオは胸を張って自慢したが、その後ベノに小突かれた。


「何があんたの孫さ。自分で何かしたわけでもないくせに!」


「いいじゃねぇか、祖父らしく誇ったって!」


「祖父らしいなら、もっとしっかりしてなさいさね!」


 再び始まる二人の口喧嘩は、村の風景にすっかり馴染んでいた。


「ところで、エリオが祠で感じた山神の啓示って、結局何だったんだろうねぇ。」


 ベノがふと問いかけた。


「それがな……。」


 タリオは言葉を詰まらせた後、続けた。


「あいつ曰く、『調和を守れ』ってことらしい。自然と人、全てが繋がってるんだと。」


「つまり、村の危機が来る可能性があるってこと?」


「……かもしれん。」


 タリオの顔には深い皺が刻まれ、表情が険しくなった。


「それでも、私たちは見守ることしかできないのさ。」


 ベノが言うと、タリオはゆっくりとうなずいた。


 遠くに見える村は、日差しを浴びて穏やかだった。子どもたちが駆け回り、大人たちが田畑で働き、家々からは料理の香りが漂ってくる。


「まあ、あいつならやってくれるさ。」


「ええ、そうさね。」


 丘の上で二人が並んで座る姿は、まるで村全体を守る守護者のようだった。風がそっと二人の間を抜け、未来への期待と不安を静かに包み込んでいった。


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