第23章 修行の果てに①
静寂に包まれた祠の中、焚き火の炎が揺らめき、淡い光と影を作り出していた。エリオはその光をじっと見つめながら、心を静めようと深呼吸を繰り返す。祠に到着してからすでに1日が過ぎようとしていたが、山神の気配を明確に感じることはできていない。それでも彼には不思議な確信があった。この場所で修行を続ければ、何かが起こる――。
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祠に到着したエリオは、まずその静寂に包まれた空間を見渡した。山の中腹にひっそりと佇むこの場所は、時間に取り残されたかのように静かで、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。壁や天井は長い年月を経て苔むし、小さな滴が天井からゆっくりと地面に落ちる。その水滴の音が、祠全体に響き渡るだけの静寂。外の世界とはまるで切り離されたような空間だった。
「まずは清めないと……。」
エリオは祠の中央に荷物を置くと、周囲を観察しながら、掃除に取り掛かった。ホルギンガンド家が管理しているとは言ったものの、1年に1度の掃除だ。地面には長い間積もった埃と小さな石くずが散らばり、苔が壁の下部を覆っている。祠の奥には供物台が置かれているが、それもまた埃と古びた供物の残骸で覆われていた。
「山神さまに失礼にならないように……きれいにしなくちゃ。」
彼は自分の背負った荷物から布を取り出し、まず供物台の掃除を始めた。古びた器を慎重に持ち上げ、外に持ち出して清らかな湧き水で洗う。その水が器を流れるたび、少しずつ埃や汚れが取り除かれ、木の器は自然の光沢を取り戻していく。洗い終えた器を供物台に戻し、新しい薬草と果物を丁寧に並べた。それらは村から持ち込んだもので、エリオが村人たちにお願いして用意してもらった特別な供物だった。
「これで少しは、山神さまに感謝の気持ちが伝わるといいんだけど……。」
彼は独り言をつぶやきながら、今度は壁の掃除に取り掛かった。布を水で濡らし、苔むした部分を丁寧に拭き取っていく。手を動かすたびに苔が剥がれ落ち、祠の本来の石壁が少しずつ姿を現していく。その壁には細かな模様が刻まれており、エリオの目を引いた。
「……これ、模様? それとも……何かの文字かな?」
興味をそそられた彼は布を一旦置き、指でその模様をなぞった。曲線や幾何学模様が入り混じり、それはただの装飾に見える一方で、どこか意味を持っているような雰囲気を醸し出している。
「伝承……かな? でも、こんな模様、村では見たことがない……。」
彼はしばらく模様を観察していたが、それだけでは何もわからない。エリオは一つ息をつき、再び掃除を再開することにした。壁の模様が全体的に見えるようになると、ますますその複雑なデザインに引き込まれる自分を感じる。
すべての掃除を終える頃には、祠全体が少し明るく感じられるほど清らかな空間に変わっていた。エリオはその中央に腰を下ろし、静かに祈りの言葉を口にした。
「山神さま、この祠で修行をさせていただきます。どうかお導きください。」
彼の声は静かな祠の中で響き、すぐに静寂に吸い込まれていく。そのままエリオは姿勢を整え、瞑想を始めた。深く呼吸を繰り返し、心を無にしようと努力する。祠の中の静寂が、彼の意識を深い瞑想の世界へと誘おうとしていた。
だが――。
「……あれ? あ、足が痺れてきた……!」
慣れていない普段とは違う環境でエリオは、早速足の痺れと戦う羽目になった。痛みを和らげようと微妙に体を動かしつつも、再び瞑想に集中しようと努力する。しかし、なかなか意識が沈んでいかない。
「……これも試練の一部だってことか……。」
そう自分を励ましつつも、痺れに耐える時間が続く中、ふと彼の目が壁の模様に再び向けられる。先ほど掃除したときには気づかなかったが、祠の奥から差し込む微かな光が、その模様を柔らかく照らし出していた。それはまるで光と影によって模様が息を吹き返したかのように感じられる。
「……これは……?」
模様が浮かび上がったように見える瞬間、エリオは再び立ち上がり、壁に近づいた。指先で模様をそっとなぞると、その表面の細かな彫り込みが指に伝わってくる。線の一つ一つが意味を持っているように感じられ、エリオの好奇心を刺激した。
「……やっぱり、何かを伝えようとしてるんだ。でも、まだわからない……。」
彼は模様を眺め続けながら、これが自分に与えられた新たな課題なのかもしれないと考えた。しかし、この模様の意味を解読するには、まだ時間と集中が必要だと感じ、再び祠の中央に戻り、瞑想を試みることにした。
「少しずつでいい……焦らずに進もう。」
祠の中の静寂に身を委ねながら、エリオは改めて心を落ち着け、瞑想の世界へと意識を沈めていった。




