第21章 祠
冷たい朝の光が山肌に差し込み、霜に覆われた葉がキラキラと輝いていた。その中をエリオとケベル・ホルギンガンドは山道を進んでいた。ケベルは村の熟練した猟師であり、エレナの父である。今回は彼がエリオをホルギンガンド家の祠まで案内する役目を買って出たのだった。
「エリオ、お前、ここら辺に来たことはないだろう?」
ケベルが背中越しに声をかける。背負った弓矢が彼の大きな背中にしっかりと固定されている。
「はい、初めてです。」
エリオは少し息を切らしながら答えた。
山道は険しい。岩が露出している箇所や足を滑らせやすい急斜面が続いている。エリオの山智の能力は、生前の知識や経験をベースに特定のエリアや植物について深く把握する力だった。だが、それは主に自分が頻繁に訪れる場所に限定されており、未知の場所ではその力はあまり役に立たない。
「なるほどな。お前の山智ってのも万能じゃないんだな。」
ケベルが笑いながら言う。
「そうなんです。普段通る場所なら、その土地の植物や動物のことが手に取るようにわかるんですけど、ここみたいに初めての場所だと、普通の山歩きと大差ないです。」
エリオは苦笑いしながら答えた。
この地域は村人たちでも滅多に足を踏み入れない「危険地帯」として知られていた。急峻な崖や、滑落の危険がある場所が多く、登山の経験が浅い者が入り込むのは命取りになる。エリオの祖父タリオも、実り手であるエリオを危険な場所には連れて行くことを避けていたが、今回はあっさりと許可を出した。
道中、ケベルがふと声を潜めるようにして言った。
「ベノさんに脅されたりしなかったか?」
エリオは目を丸くした。
「え? いえ、特には……」
「そうか、それならいい。俺は婿養子でな、どうにもベノさんには頭が上がらないんだよ。最近、ラルカ――奥さんがベノさんに似てきてな。エレナも将来、ああなるんじゃないかと考えると、ちょっとゾッとする。」
ケベルは大きな手で頭を掻きながら苦笑した。
エリオも笑いを堪えられなかった。
「そんなことないですよ。エレナさんは優しい人です。」
険しい山道を進みながら、エリオとケベルは珍しい薬草を見つけるたびに立ち止まり、その場で収穫していった。エリオは手に入れた草の名前をいくつも口にし、その効能や特徴を説明した。ケベルはそれを黙って聞きながら、エリオの博識ぶりに感心していた。
数時間後、二人は目的地である祠にたどり着いた。それは岩山の一部が崩れ、自然に形成された洞窟のような場所だった。入り口には苔むした石碑が立てられており、そこには古い文字で「山神の安息所」と彫られていた。
祠の内部はひんやりとしていて、薄暗い。風が洞窟の奥から吹き抜ける音が微かに聞こえる。洞穴の天井には無数の鍾乳石がぶら下がり、地面にはその雫が作り出した水たまりが点在している。中央には石で作られた台座があり、その上に古びた木の器が置かれていた。ホルギンガンド家の人々が年に一度、祠の掃除や供物の交換をしているらしく、そこには干した果実や乾燥した薬草が捧げられていた。
「これが祠だ。どうだ、思ったより地味だろ?」
ケベルが笑いながら言った。
エリオは神妙な面持ちで頷いた。
「でも、厳かな雰囲気がありますね。」
エリオが祠の中に足を踏み入れた途端、頭に激しい痛みが走った。思わず膝をつき、額を押さえる。
「おい、大丈夫か?」
ケベルが驚いて駆け寄り、エリオの肩を支えた。
「平気です……」
エリオは息を整えながら答えたが、その痛みは5年前に前世の記憶を思い出したときの感覚に酷似していた。
しばらくして、痛みは収まり、エリオはゆっくりと立ち上がった。そして不思議そうに祠の奥を見つめた。
「何か……わかりました。」
エリオがぽつりと言った。
「何がわかったんだ?」
ケベルは首を傾げた。
エリオはニコッと笑い、
「休みが必要です!」
と明るく答えた。
その答えにケベルは呆気に取られたような顔をして、
「なんだ、それ……」
とぽつりと言うしかなかった。




