第19章 あらしのあとのしずけさ
春の嵐が過ぎ去り、クレルヴァ村には穏やかな陽光が戻ってきた。雨に洗われた空気は清々しく、青空には白い雲がぽっかり浮かんでいる。嵐で倒れた木々は一部が切り出され、薪にされつつあり、村人たちはそれぞれ復興作業を続けながらも、どこかほっとした表情を浮かべていた。
エリオ・ヴァルカスもまた、嵐の後片付けに忙殺されていたが、その胸中には別の悩みが渦巻いていた。
「ゴルギさんを助けたとき……あれは一体何だったんだ?」
星勇の背での嵐の中の行動を思い返しながら、彼は村の自宅内にある「仰ぎ場」と呼ばれる修行の場に向かっていた。仰ぎ場は山神を祀る祭壇があり、風が通り抜けるその場所はエリオが瞑想や思索を行う特別な場所だった。
「風見の導、山智、恵みの息吹……これらが単独の力じゃなく、融合した何かだったんだろうか?」
エリオは地面に座り込み、目を閉じた。春風が顔を撫で、耳には小鳥たちのさえずりが心地よく響いている。しかし、その穏やかな空気の中で彼の心は揺れていた。
伝承によれば、三役――癒し手、読み手、語り手――の力を一身に持つ「実り手」という存在は、ほとんど語られていない。むしろ、山神の祝福を受ける三役はそれぞれ異なる人物に授けられるのが通例であり、一人で三つの力を持つなど前代未聞のことだった。
「そもそも三役を極めるとどうなるんだ?」
彼は瞑想の中で考えた。山智が極まれば、山そのものと一体になり、山岳の全ての知識を把握できるという。風見の導が極まれば、季節ごとの天候を予知することすら可能と言われている。そして、恵みの息吹が極まれば、手をかざすだけで病や怪我を瞬時に治せるという……。
一方、エリオは読み手としては「3日後の天気の把握」、語り手としては「一部の山岳知識・偏った山の情報の一部把握」、癒し手としては「薬草の補助を必要とし、軽い怪我を治す程度」である。
「俺なんて、まだまだ半人前どころか、三分の一人前だよな……」
独り言を漏らすと、背後から低い笑い声が聞こえた。
「やけにしおらしいじゃないか、エリオ。」
振り返ると、祖父のタリオが腕を組んで立っていた。
「お前、悩むのは勝手だが、ちゃんと集中せんと山神さまは答えてくれないぞ。」
「……ジジイ、わかってるよ。でも、どうしたらいいか、わからないんだ。」
エリオは肩をすくめた。
「わからんなら、聞く相手を変えりゃいい。」
「聞く相手……?」
「ホルギンガンド家だ。あそこのベノ婆さんなら、何か知ってるかもしれん。」
タリオは渋い顔をしながら言った。
「ただし、あの女狐みたいな婆さんは、儂のことが嫌いで仕方ないからな。お前が行くなら儂は関係ないって顔をする。」
「ジジイが嫌われてるのなんて、いつものことでしょ。」
「うるさい!だがな、今回はお前のために頭を下げてやったんだ。」
タリオの嫌味っぽい口調にエリオは苦笑したが、その助言に従ってホルギンガンド家を訪ねることに決めた。
ホルギンガンド家は、村から少し離れた丘の上にある石造りの屋敷だった。庭にはハーブや薬草が整然と植えられており、歴代の三役を輩出してきた家系らしい威厳を放っている。
エリオが門を叩くと、出てきたのはベノ・ホルギンガンドだった。彼女は白髪の束ねた髪と鋭い目つきを持ち、その姿には威圧感すらあった。
「タリオの孫か……。」
ベノはエリオを見るなり、ため息をついた。
「あんな頑固者の血が流れてるんじゃ、あいかわらず期待薄だね。」
「お婆さん、最初から嫌味言わないでくれませんか?」
「ふん、口だけは立派だね。」
そこにエレナが現れる。エリオの許嫁候補である彼女は、エリオに微笑みかけたが、その後ろでベノが「エレナはやらん!」と叫び、場外口論が始まった。
「お前なんてまだ半人前にも満たない!」
ベノは厳しい口調で言い放つ。
「わかってますよ。でも、ゴルギさんを助けたとき、何かが変わったんです。俺はもっとその力を知りたいし、使いこなせるようになりたいんです!」
エリオの真剣な声に、ベノは少しだけ目を細めた。
「……その気合いだけは、嫌いじゃない。」
そして、ベノはホルギンガンド家に伝わる特殊な伝承について語り始めた。三役を極めた者が得られる力、それに至るまでの過程……。その話はエリオにとって新たな挑戦の始まりを告げるものだった。




