第18章 春の嵐⑤
嵐が過ぎ去った翌朝、クレルヴァ村には穏やかな陽光が戻ってきた。雲一つない青空が広がり、雨に洗われた木々の葉は鮮やかに輝いている。鳥のさえずりが再び聞こえ始め、湿った土からは春の香りが立ち上っていた。
エリオ・ヴァルカスは星勇の背に寄りかかりながら、村の復興が進む様子を眺めていた。嵐で倒れた木や崩れた畑の土を村人たちが懸命に直している。彼らの表情は疲れているものの、どこか安堵感が漂っている。
「エリオ先生!こっちの壁、手伝ってよ!」
リナの声がどこか楽しげに響く。崩れた家の修復を手伝う子どもたちの中で、リナは瓦礫を拾い上げながらエリオを手招きしていた。隣には悪ガキのルルキもおり、相変わらずリナにからかわれている。
「おい、ルルキ!その石、逆向きだぞ!」
エリオが指摘すると、ルルキは「わかってるって!」と照れ隠しのように答えた。
復興作業の合間、エリオは集会所の片隅にいるゴルギ・ガンチャカを見つけた。嵐の夜に助け出された彼は、包帯を巻いた腕を不自然に抱えながら、村人たちに謝罪と説明をしていた。
「本当に申し訳ない。山小屋に行ったのは、次の季節のための種芋を確認するためだ。どうしても不安でな……。」
ゴルギは申し訳なさそうに話し始めた。
「それで小屋を離れた理由は?」
とエリオが問いかける。
ゴルギは少し気まずそうに目を逸らした。
「……小屋の裏手で珍しい山菜を見つけたんだ。せっかくだから採ろうと思ったら、足を滑らせてな……。」
「山菜って……命懸けで採るもんじゃないでしょ!」
アリシアが怒りに震えながら割り込む。その隣では姉のキリシアが呆れたように腕を組んでいる。
「父さん、私たちまで巻き込んでどうするの!この大馬鹿者!」
キリシアが声を荒げると、ゴルギは「すまん、すまん」と頭を掻きながら謝罪を繰り返した。
ひとしきり、娘二人が怒り終えると、今度はキリシアがいたずらな表情を浮かべ、アリシアに話しかける。
「父さんの窮地に、何より、まっさきにエリオを頼りに行くなんて、アリシアも大したもんだわね。」
キリシアがからかうように言うと、アリシアの顔がみるみる赤くなる。
「だ、だって……エリオなら何とかしてくれるって思ったんだから!」
アリシアは言い訳をしながらも視線を彷徨わせる。
「いやいや、あの嵐の中で突っ込んでくるなんて、さすがに怖かったぞ?」
エリオは苦笑しながら、恵みの息吹をかけながら、ゴルギの腕に巻いた包帯を調整していた。
「エリオ!!やっぱり、アリシアはお前にはまだ早い!」
ゴルギが頑固な口調で怒鳴ると、エリオは「はいはい、治療中に動かないでください」と淡々と返した。
村では復興作業が順調に進んでいた。家々の屋根には新しい藁が載せられ、畑では泥を掻き分けて植え直しが行われている。子どもたちはその横で泥だらけになりながらも笑顔を見せ、大人たちは互いに励まし合いながら作業に励んでいた。
「こうして見ると、村ってすごいよな……。」
エリオは星勇のたてがみを撫でながら呟いた。
「どんな嵐でも、みんなで乗り越えていくんだから。」
青空の下、村人たちの笑い声が響き渡る。その音を聞きながら、エリオは一つ深呼吸をした。
「とりあえず、平和が戻ってきてよかったな。」
そんな中、星勇は満足げに鼻を鳴らし、近くに咲く花を一つ食べた。
嵐の傷跡はまだ残っているが、村の復興は着実に進んでいる。エリオは村人たちの姿を見ながら、山の大きさと人々の力強さを改めて実感していた。
「次はもっと早く動けるようにしないとな。」
エリオは自分に言い聞かせるように呟き、星勇とともに次の山積している仕事のために集会所を後にした。