第14章 春の嵐①
「俺に!!もっと力があれば……!!!」
後悔しても遅い。それでも、悔やまずにはいられない。
吹き荒れる風の中、エリオは全身全霊で声を張り上げていた。
-------------------------------------------------------------------------------
春の朝。クレルヴァ村は、霜が溶け始めた冷たい空気と、春の兆しを告げる柔らかな陽射しに包まれていた。エリオ・ヴァルカスは、山岳馬、星勇と共に村を巡回していた。星勇の蹄が小道を叩く軽快な音が、まだ静かな村の朝に響き渡る。
「今日はいい天気だな。星勇、お前の調子も良さそうだ。」
エリオはアストラのたてがみを撫でながら、満足そうに微笑む。この山岳馬が加わったことで、彼の日々の巡回や荷物の運搬が飛躍的に楽になった。険しい岩場や遠い村外れへの移動も、星勇と共なら苦ではない。
村の広場では、すでに朝の活気が満ちていた。子どもたちの笑い声が響き、大人たちは畑で土を耕したり、家畜の世話をしている。冬を乗り越えた村には、生き生きとした活気が戻っていた。
「エリオ先生!」
元気よく声をかけてきたのはリナだ。その後ろでは、ルルキがいたずらを仕掛けて彼女を追い回している。
「おい、ルルキ、またリナを困らせてるのか?」
エリオが軽くたしなめると、ルルキはにやりと笑った。
「困らせてないよ!遊んでるだけさ!」
「遊びじゃなくて意地悪でしょ!」
リナが頬を膨らませると、ルルキは得意げに鼻を鳴らした。
エリオは苦笑しながら彼らを眺めつつ、星勇を進ませた。
目的地の岩場に到着すると、エリオは星勇から降り立ち、風見の導を使う準備を始めた。この岩場は、風の流れを感じ取るのに最適な場所で、山そのものが彼の感覚を研ぎ澄ませる特別な場所だった。
「さて、今日はどんな風かな。」
彼は目を閉じ、風の声に耳を傾けた。風の向きや湿度、温度の微妙な変化が、彼の心にさざ波のように広がっていく。風見の導は、単なる天気予測の能力ではない。山と天が語りかける声そのものを聞き取る力だ。
数分間集中した後、エリオの顔が険しく変わった。
「三日後……これは大変だ。」
風が彼に伝えたのは、強烈な嵐の予兆だった。
エリオは急いで星勇に飛び乗り、村へと引き返した。普段の冷静な彼には珍しく、焦りが見える。
「ジジイ!大変だ!」
村長であるタリオのもとへ駆け込むと、エリオは息も切れ切れに告げた。
「三日後に、大きな嵐が来る。山の嵐だ、それも尋常じゃない規模だ!」
タリオはその言葉を聞き、一瞬だけ目を閉じた後、すぐに顔を上げて村人たちを呼び集めた。
「全員集まれ!これから嵐に備える!」
村の広場には瞬く間に人々が集まり、普段はのんびりとしたタリオの厳しい声が緊張感を高めた。
-------------------------------------------------------------------------------
「エリオ、物資のリストを確認して!」
ルシアが羊皮紙を差し出しながら駆け寄る。その表情には、普段の控えめな様子からは想像できないほどの決意があった。
「エリオ、子どもたちを避難させるわ!」
アリシアは子どもたちを集めて安全な場所(村長宅)に誘導している。その鮮やかな赤髪が春の光に輝いて見えた。
「エリオ、避難場所の割り振りを確認して!私は人手をまとめるわ。」
エレナも冷静に行動しており、村人たちの動きを的確に指示している。
エリオは彼女たちの働きぶりに一瞬だけ感謝の念を抱いたが、すぐに頭を切り替え、彼らをサポートするために動き出した。
村の様子は一変し、緊迫した空気に包まれた。家畜は安全な場所に移され、食料や水が急ピッチで運び込まれる。人々の間では「この嵐を乗り越えられるのか」という不安がささやかれたが、エリオとタリオの声がそれを押し消した。
「ジジイ、この計画で本当に大丈夫か?」
「大丈夫じゃなければ調整する。それだけだ。」
普段は軽口を叩き合う二人だが、今は目的のために息を合わせて動いていた。
空は徐々に暗くなり、風が冷たく鋭くなってきた。村の屋根を固定する音や、家畜の鳴き声が遠くで響く。村人たちは手を止めることなく働き続けていた。
「嵐が来る……。」
エリオが呟いたその瞬間、空には重く暗い雲が立ち込め、村全体を不気味な影が覆い始めていた。