第13章 山岳馬(ヴァルステッド)と春の陽だまり
春の陽光が村を優しく包み、エリオ・ヴァルカスは治療道具を携えて村を巡回していた。木々の間から差し込む陽射しが、まだ冷たい空気を少しずつ暖めている。
エリオが村外れの小道を歩いていると、どこからか弱々しい嘶き(いななき)が聞こえてきた。耳を澄ますと、声の主は近くの林の奥にいるようだった。好奇心と治療者の本能がエリオを動かし、音のする方へ足を踏み入れた。
木々を抜けると、そこには一頭の山岳馬が横たわっていた。その灰色の毛並みは泥にまみれ、前脚には大きな傷がある。山岳馬の瞳は警戒心でいっぱいで、エリオを見つけると耳を後ろに倒した。
「大丈夫、怖くないよ。」
エリオはゆっくりとしゃがみ込み、優しい声で語りかけた。しかし、山岳馬は微動だにしない。
「これはひどいな……。このままじゃ、傷が悪化して動けなくなる。」
エリオは治療道具を取り出しながら、慎重に距離を詰めた。
しばらくじっと警戒していた山岳馬だが、エリオの落ち着いた態度に少しずつ警戒を解いたようだった。エリオはまず、傷口を洗浄し、包帯を巻いた。その際、彼は「恵みの息吹」を使い、山岳馬の痛みを和らげ、傷の治癒を促した。
「これで少しは楽になったか?」
山岳馬はわずかに鼻を鳴らし、エリオの手に顔を近づける。
「よしよし、もう少しだけ頑張ろうな。」
エリオは柔らかく笑みを浮かべながら、山岳馬の頭を撫でた。
村に戻る途中、エリオはこの山岳馬がどうやら野生のものであることに気づいた。体格や毛並みが村で飼育されている山岳馬とは微妙に異なり、どこか荒々しい気配があった。
村に到着すると、子どもたちが山岳馬に気づき、興奮して駆け寄ってきた。
「うわぁ!でっかい!」
「触っていい!?ねぇ、触っていい!?」
エリオが「優しくするんだぞ」と言うや否や、子どもたちは競うようにして山岳馬の毛並みを撫で始めた。そのうち、どちらが長く撫でられるかで小さな喧嘩が始まり、エリオは苦笑するしかなかった。
その日の午後、エリオは自宅の庭で山岳馬を休ませていた。そこへ祖父のタリオがやってきて、「よし、この子には名前が必要だな!」と宣言した。
「例えば、『月夜の銀河』とか、『大いなる鷲の風』とかどうだ?」
「ダサいし、長すぎる!」
エリオは即座に反論した。
「じゃあ、『タリオ・ジュニア』は?」
「それ絶対嫌!!!」
タリオとエリオはしばらく言い合いを続けたが、最終的にはエリオが決めることに。
「英雄の意味を持つ『星勇』にしよう。星のように強く輝いて欲しいからね。」
その言葉にタリオは渋々ながらも納得し、「まぁ、悪くないな」と笑った。
数日後、星勇の傷はすっかり癒え、エリオとともに山を駆ける日々が始まった。星勇はエリオの指示に素直に従い、荒れた岩場でも力強く進む。
「行くぞ、星勇!」
エリオの声に応えるように、星勇は元気よく嘶き、山々を駆け抜けていく。
春の陽だまりの中で、エリオと星勇の絆は深まり、彼らの冒険は新たな一歩を踏み出した。