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山の声に耳をかたむけて  作者: 苔藻丸
エリオ 10歳の春篇
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序章 エリオ・ヴァルカス

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


  冷たい風が山肌を吹き抜ける朝、エリオ・ヴァルカスは家の扉を開けた。まだ日が昇り切らない薄明りの中、目の前には深い森と険しい岩場が広がっている。冷気が肌に触れ、エリオは一瞬その冷たさに身をすくめたが、すぐに慣れる。その背後では、家の煙突から白い煙が立ち上り、村の生活が静かに始まる音が響いている。雪解け水の音が、朝の静けさの中にほのかに混じり、エリオの耳に届いた。


「また、今日も忙しい一日になりそうだな。」


 エリオは、村全体の希望を一身に背負っていることを、これまでに何度も感じてきた。10歳という年齢にして、すでに「実り手」として山神の祝福を受けた存在として、三つの特別な能力を持ち、村のために働くことが使命となっている。その役割の重さを、日々実感していた。


 村の人々はエリオを「実り手」として崇め、頼りにしている。しかしその肩には、まだ幼いエリオには重すぎるほどの責任がのしかかっている。山神から授けられた三つの力を、どう使うべきかを日々考え続けている。


 5年前。エリオは前世の記憶を突然思い出した。大学生だった自分は、山岳ガイドとして数多くの登山者を導き、山を愛していた。しかし、その知識が新たな世界でどのように活かされるのかは、当初理解できなかった。やがて、彼は気づいた。自分がただの少年ではなく、この村を守るために選ばれた存在であり、村の運命を左右する役目を負っているということを。


挿絵(By みてみん)


「エリオ、今日もしっかりな!」


 家の外で祖父タリオの声が響く。クレルヴァ村の村長であり、エリオの指導者でもあるタリオは、厳格でありながらも、エリオを支えてきた。彼は村の運命を背負うその責任を、エリオに常に忘れさせないようにしている。


「言われなくても、わかってるよ。ジジイ!!」


 エリオは不満げに答えるが、その声にはどこか愛情が込められているのがわかる。祖父がいつも通りの調子で自分を叱ることを、エリオは心地よく感じていた。


「ジジイとなんだ!ジジイとは!!」


 背後から憤慨する声が聞こえるが、エリオはその声を気にすることなく、歩を進めた。村の広場に向かう道を抜け、日の光が斜面を照らし始め、谷間から立ち上る霧がゆっくりと消え去っていく。エリオはいつもの場所、岩場に腰を下ろし、目を閉じて深く息を吸い込んだ。山の冷たく清らかな空気を肺いっぱいに取り込む。風の動き、雲の形、湿度の変化が、自然にエリオの内に流れ込んできた。


「風の流れ、雲の動き……湿度も……なるほど。」


 エリオの能力、「風見のかざみのしるべ」が活性化し、山と空の微細な変化が頭の中に流れ込んでくる。遠くの空に、灰色の雲が集まりつつあり、それを北風が押し寄せる感覚がした。


「3日後には雨になるな。村に伝えないと。あと、今日の天気も一応、再度伝えとこうかな、まあ、晴れなんだが。」


 エリオは再び空を見上げ、しばしの間その予測を胸に刻みながら、立ち上がった。今日の予定は、まず天気の報告を祖父に伝え、それから薬草畑の様子を確認し、村人たちの健康を守るために必要な薬草を集めなければならない。その後は、定期的に診療している村の住人たちを回り、昼の講義では何を話すかを考えなければならなかった。忙しい日々が続く。


「まずは天気の報告、そして薬草畑の様子を見て、パパリアばあさんなどの定例患者を診て、昼の講義は何にするか……」


 エリオは頭の中で順番を整理しながら、急ぎ足で村に戻った。家を出てからほんの数分で、祖父が待っている集会所に到着した。そこで天気の報告をした後、さらに続けて、3日後の天候を伝える。


「今日・明日明後日と晴れで、3日後が雨。ジジイ、大丈夫だよな?」


「年寄扱いするな!ちゃんと覚えとるわ!!」


 祖父タリオはエリオの報告に厳しい声を返しながらも、彼の言葉をしっかりと受け止めている。その後、エリオは村全体に伝えるための準備を進める。村の天気情報はタリオを通じて全員に共有されるため、その伝達を怠るわけにはいかない。


「しっかりな!ジジイ!」


「お前こそしっかり!『実り手』としての役目を果たせ!!」


 朝からのタリオとエリオの口論は、村の風物詩となっていた。そのやりとりが村人たちに安心感を与えていることは、エリオもよくわかっていた。


「さて、薬草畑の様子を見に行かないと……」


 エリオが歩を進めようとしたその時、突然、大きな声が降ってきた。


「エリオ、助けてくれ!」


 村の鍛冶屋が駆け寄ってきた。その顔には焦りが浮かんでおり、エリオの心に不安がよぎる。


「どうしたの?」


「娘が高熱を出しているんだ!すぐに来てくれ。」


「行きます!」


 迷うことなく、エリオは駆け出した。自分の役目を全うするためには、村人の命を守ることも重要だ。まずは薬草を取りに家に戻る必要がある。心の中で再び薬草を確認し、何が不足しているのかを考える。その答えを心の中でつかむと、エリオは急ぎ足で家へと戻った。


 エリオは家に戻り、棚に並んだ薬草の中から必要なものを手に取った。棚の中には、山から持ち帰った乾燥した薬草や、村で栽培しているものが整理されている。エリオはその中から、必要な薬草をいくつか選び、すぐに袋に詰め始めた。しかし、袋を見つめるうちにふと思う。


「しまった、薬草が足りない……」


 慌てて棚を漁るが、どうしても足りないものがある。エリオはすぐに頭を働かせ、薬草が足りない部分を補うための代替物を探さなければならない。彼の心は焦るが、冷静に自分の経験を頼りに足りないものを補う方法を考える。


「『山智さんち』、どうか導いてくれ。」


 エリオは静かに目を閉じ、手を胸の前で合わせた。山神の祝福で与えられた「山智」の力を呼び起こすため、心を集中させる。しばらく静寂が続き、その間に、エリオの心に微かな囁きが響いた。それは、風や土、木々の声とでも言うべきものだった。 


「そこか……」


 エリオは目を開け、急いで家を飛び出した。山智の導きに従い、村外れの小さな岩場へと足を運ぶ。この場所は、エリオが必要な薬草や資源を見つけるために何度も訪れている場所だ。岩場を抜けると、足元には苔や湿った土の感触が広がっている。微かな風が頬を撫で、山の息吹を感じる瞬間だった。

しばらく進むと、岩場の端に小さな青い花が咲いているのを見つけた。それは発熱を抑える効能がある、非常に希少な薬草だ。エリオはその花に膝をつき、慎重に手を伸ばして摘み取った。


「これだ……」


 薬草を丁寧に袋に収めると、エリオは一度深呼吸をした。心の中で再び山神に感謝を捧げ、急いで鍛冶屋の家へと急いだ。心の中では、鍛冶屋の娘の様子を気にしながらも、山智の力に導かれたことに安堵していた。 


 鍛冶屋の家に到着すると、エリオはすぐに家の中に足を踏み入れた。室内は薄暗く、少しひんやりとした空気が漂っている。奥の部屋からは、弱々しい咳が聞こえてくる。鍛冶屋の娘は布団に横たわり、顔は赤く、息が荒い。


「すぐに診ます。」


 エリオは冷静に薬草を取り出し、手際よく道具を広げ始めた。薬草を煮出すための鍋を火にかけ、必要な温度に調整する。そして、先ほど採取した薬草を慎重に調整しながら入れ、時間をかけて煮出す。その間に、エリオは娘の体に手をかざした。手のひらが娘の額に触れると、ふわりと温かい光が漂い、その光が娘の体を包み込んだ。


 それは「恵みの息吹めぐみのいぶき」の力だ。エリオの手から伝わる温かさと癒しの力が、娘の体に流れ込み、苦しげな表情が次第に和らいでいく。エリオはその様子を静かに見守りながら、薬草を煮だす時間を待った。


 しばらくして、薬草のお茶が完成した。エリオはそのお茶を娘に飲ませると、娘の顔色が少しずつ回復し始めた。熱が下がり、顔の赤みも引いていく。


「これで熱は下がるはずです。ただ、しばらくは安静にしてください。」


 鍛冶屋は涙を浮かべながら、エリオに深く頭を下げた。


「本当にありがとう、エリオ。お前は村の宝だ。」


 エリオは微笑みながら答える。


「いえ、僕の仕事ですから。」


 娘の体調が落ち着くのを確認すると、エリオは再び立ち上がり、道具を片付け始めた。次は薬草畑の様子を見に行かなければならない。それに、昼の講義の準備もしておかなくてはならない。忙しい日々が続く中で、彼は一つ一つの仕事をこなしていくしかなかった。



 その夜、エリオは修行のために自宅の一室、通称「仰ぎ場」に向かっていた。この部屋は、彼の修練の場であり、儀式を行うための神聖な場所でもある。月明かりが窓から差し込み、シンプルながらも荘厳な祭壇に影が落ちている。エリオは祭壇の前に座り、静かに瞑想を始めた。


「山神さま、本当にこれでいいんでしょうか。」


 静かな言葉が空気を震わせる。エリオの目を閉じ、心の中で問いかけた。山神から授けられた力を使うべき時、そしてその力をどう活かすべきかを、彼は悩んでいた。しかし、答えは返ってこない。ただ、山の力がエリオの心に響くような感覚が広がる。


「山神さま、どうか導いてください。」


 答えはなくとも、その微かな確信がエリオの胸に響き、不安を少しだけ和らげていった。


挿絵(By みてみん)


 翌朝、エリオは目を覚まし、窓から山を見上げた。遠くの稜線は朝日に照らされ、輝いている。エリオはその光景を見つめながら、自分に言い聞かせた。


「自分にできることを、一つずつやるしかないよな!」


 そう心に誓い、エリオは新しい一日を迎える準備を始めた。背中には、村の人々の期待と信頼、そして自らの使命感が強く刻まれていた。どんな困難が待ち受けていようとも、彼は一歩一歩進んでいく覚悟を決めていた。


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