私以外つまらんというがね?
「私以外つまらんとか主語がでかいね。君は」
社交界一の変わり者の私に向かってよくもまあそういう口をきけるものだよ。と言わないのは私が優しくないからだ。
「事実だろ。誰も彼も、家のことや資産のことばかり。そうでなければ顔をうっとり見上げてくるとか、服や流行りのことを追い求めてばかり」
彼は恥ずかしげもなくそう言い切る。
私の前にいるのは顔の良い血統の良い地位のある男。
この国一番の優良な結婚相手。
そういわれる男。
それゆえに憂えているというポーズに虫唾が走る。
「君はそういうものに興味ないだろう?」
「君自身には興味ないけどねぇ。流行りくらいは意識するよ。仕掛ける方だし。
そんな私と結婚したいと」
「ほかにましな相手がいないのだから仕方ない」
「この間まで小鳥ちゃんを可愛がっていて、私がいびってると非難していたではないか」
可愛らしい小鳥のようなと評されていた娘の名前を出すと彼は顔しかめた。
それはその小鳥ちゃんのせいで私が謹慎処分にされ、お出かけもままならない状態になったことを思い出してバツの悪い思いをした、ではない。
嫌なことを思い出した、というツラだ。付き合いが長過ぎるのもわかりすぎて困りものだ。
「それは、悪かった。
ちゃんと反省した。だから迎えに来ている」
「迎えの意味がわからないし、君の可愛い小鳥ちゃんを始末したのが、君の反省だとしたらお粗末すぎる」
「それは相応の報いだ。
浮気女に用はない。あなただけと笑いながら、ほかの男にも媚を売るなんてな」
まあ、小鳥ちゃんは確かに尻軽な女性ではあった。優良な相手と思えば誰ともなく話しかけ親しくなり、色々巻き上げている。額は悪辣というほどではなく、しかし、その節操の無さは他人からは白い目で見られるには十分なほどの態度だった。
あまりにも目に余るからと私から苦言を呈してくれないかと依頼があり、二度ほどほどほどにしたまえと言ったことはある。
なかなかに良い反撃を食らった。痛み分けと言ったところだったのだが、それが巡り巡って私がいびっているにかわった。
そして、その女性を気に入っていたこの次期侯爵閣下とやり合う羽目になり、国王陛下が仲裁となされ、私は領地に謹慎となった。いいから、大人しくしておれ、と。
女の喧嘩に口出しするほうが悪い!と非難しておいたが、都合の良いときだけ女と言うなと一蹴されてしまった。
あまりに腹が立ったので影武者を立てて、男装して遊び歩いてやったわ。国王陛下から苦言の手紙が来たので、わりとバレバレではあったらしいが。
この男もこの揉め事で領地に戻されたはずだ。ほかの兄弟もなく、廃嫡はやめてくれと現侯爵夫妻から泣きつかれたと聞いた。
甘やかすのはやめなよと言った私の忠告は無視され、貸しだよ貸しと陛下は謹慎で済ませた。だから調子に乗ってるのかもしれない。
「媚びねぇ。必要であれば私でも笑うよ。必死ならね」
小鳥ちゃんもゆえあって、その態度だったらしいと知られたのは世論に叩かれ、修道院に入ったあとだった。
ご家族に病人がいて、薬代としてどうしてもお金が必要だった。ご両親も金策していたが、かつかつだった。だから、私もと思い立った小鳥ちゃんが、裕福な貴族の子弟に支援を求めたが、体で払えよと言われた結果、そうするしかないと思いこんでしまったらしい。
後味が悪い話だ。
この一件で小鳥ちゃんのご家族は貴族の地位を手放している。
そういう事情をこの男も知っているはずなんだけど……。
まあ、騙されたというところからすれば、そんなの知ったことか、という態度も正しくはある。
加害者も情状酌量の余地が、と言われればむかっとするものではあるし。
「俺は笑った顔などほとんど見たことがないが」
「必要ないからだよ。
私が誰に対しても傍若無人な態度でいれるのは、私が結婚相手を必要としていないからだ。良き縁談のために我慢して笑う必要はないからね。
庇護してくれるのは兄だけでいい。
我こそが大公であるからね」
大公とは国王の兄弟がつく地位だ。世襲はなく王の退位とともに退く。王の絶対的な支持者であることを求められる。そのため、結婚してどこかの家と縁付くことにいい顔はされない。どうしても結婚相手の要望を無視できないことがあるから。
私は、兄である国王の妹で他に選べるものはいなかった。ほかの兄弟は皆死んでしまったから。
従兄もいたが、兄の政敵であり、大公とするのはありえない。
すまないと謝りながら兄が私を大公に任じたのは8年も前になる。婚約者を一度も定めることもなく今も独身で、これからも独身予定だ。
この事情を知りながらも求婚してくるもの好きも何人かはいる。
決まって、おもしれー女みたいな、お前だけは違うという扱いをしてくるんだよな。それでも、最終的に求めてくるのは、俺を愛して、俺に尽くしてくれる健気な女だったりする。
他の女性みたいにできないの? という顔をされたときのショックたるや……。いや、過去の傷はしまっておこう。
もし私が結婚するなら、相手に求めるのは、私に尽くす私を信奉する男である。さらに地位も名誉も持たぬ、実家も無害であると信用できる家。
兄を優先しても嫉妬しないも追加せねばならない。
この条件で九割の貴族男性が脱落する。残り一割の変わり者なら相手になりそうだが、変わり者なので私に興味がない。
「大公を降りればよかろう」
「次の候補、グエン候だけど、そう言える?」
「……ああ、それは難しいな。困ったな。
大公のままでも結婚しても構わないが、実務は他のものに」
「そもそも陛下が許さない」
次期侯爵閣下なんて即却下。王命でこの男に縁談が持ち込まれるだろう。
それでもいいけど、可哀想な女性を増やすのは気が進まない。
「ピンと来てない顔だね。
まあ、それは私が教えてあげる話じゃない。
ただ、私は君と結婚するつもりはない」
愛人は持たない、という話でもない。というのは秘密である。結婚しなくても子持ちの大公はいままでいた。
建前であるし、温情でもある。
それを教えると嬉々としそうで言うつもりもないが。
「そんなに意地を張るものではない。
結婚して子を生むのが女性の幸せであろう? その相手として最適なのは俺しか残っていない」
大した自信だ。いや、残っていない、というところに多少の劣等感を感じさせはする。
そして、やっぱり、私のおもしれー女の部分を殺しにくる。
そういう普通をしないから、おもしれーというのだろうに。
ため息しか出てこない。
「断言していいが、私は妻に向いてない。
領内のことをほどほどに片付けたら遊びに行きたい。君に割く時間はない」
「遊びなら同行しようか」
「いらん。
というかな、二度と来るな」
きょとんとした顔だった。なんで俺が拒否される? という顔。
なんか、殴りた……。
花瓶がテーブルの上にあった。
いやいや、花がかわいそうだし、精魂込めて作った花瓶職人がかわいそうだ。いるかはわからないが。
とりあえず手元の紅茶を……それも染み抜きをする誰かが哀れだ。ちょっとしたシミでも私はお小言を食らうのだ。
物理的損傷を伴うものはまずい。
言葉の暴力は証拠隠滅が簡単だ。そうしよう。
「まず、私は、夫も男友達も求めていない。
婚約者もお断りだ。虫よけなんてのはいらん。我が兄は国王陛下だ。もし無理に求婚するなら結婚したくないと直訴する。私に結婚してほしくない、特定の家門と近寄ってほしくないのは兄上だから受け入れてくださるだろう」
「夜会のエスコート役に困りはしないか?」
戸惑ったような顔でどうにか出てきた役割がソレであることに普通にげんなりした。
「私は私一人で堂々と出席する。
そもそも、出なければならない夜会などはほとんどない。興味もないし、面倒だ」
「寂しくないか?」
はぁと特大のため息が出た。
「男がいないと寂しいとか、ない。
仮に寂しくても、相手を選びたい。猪突猛進に噂を信じて喧嘩を吹っかけてくるようなヤツとは間違っても一緒にいたくない」
「それは反省している。俺が悪かったと話もしているし、君が公平であったことは話している」
「それは、どうも」
私はしなくて良い謹慎をした事実は残っているんだが。名誉回復をせねばと考えるくらいの善良さはある。
まあ、少しくらいはいいところあるしなと見直した。
「ただ、猪突猛進というのはお前のようなやつを言うのではないか?」
甘かった。
多少の気の短さは理解してるが、こいつほどではない。
私は話を聞いている。あのときは話も聞かずにいきなりだった。
まあ、今話を聞いているのは、後回しにすると後々面倒そうだなと思ったからだが。
「私は気が長い方だとは思うよ」
一応、言っておいた。懐疑的な視線にいらっとする。
ここは密室だ。まあ、メイドが控えているので完全な二人きりでもないのが惜しいが。
なぁに、隠蔽をお願いすれば彼女は応じてくれるはず。
ぎろっとメイドを見れば、首を傾げていた。無垢な瞳に敗北した。だめだ共犯にはさせられない。
「お茶のおかわりか?」
「いらん。
帰れ。結婚はしない。以上だ」
「俺以上に都合の良い相手はいないと思うが」
「結婚しないから、誰もいらない。
それから、忘れているようだがね、私はこの国で3番目に偉い。
陛下と王太子の次というわけだ。
だから、命じることも可能なのだよ。つまみ出せと。ただ、侯爵閣下が可愛そうかなと思ってしないだけだ。
これ以上は、つまみ出す」
「……さびしくないのか」
「は?」
まだ言うかと思ったが、彼は真剣だった。独り身で寂しく孤独であると思っている。善意の発言だろうがその思い込みが怖いくらいだ。
「そうやって結婚しないと言い張って強がりばかりでは」
「あー、護衛、つまみ出して」
話をするのも意味がない。私はがっくりとして命じた。
彼にとっては結婚は幸せであると信じている。結婚しなくても平気というのは理解できない。
それも自分のような立場の人間をいらないというとは信じがたいと。
我が家で雇っている屈強な男たちに連れられて男は立ち去っていった。いや、引きずり出された。
最後まで、俺だけが理解してやれるとか言ってた。
「いらんわ」
げんなりする。
「新しいお茶のおかわりをご用意しますか?」
静かに部屋に控えていたメイドが声をかけてきた。
「頼む。
で、ご感想は?」
「お望みであれば、落としに行きます」
メイドは覚悟が決まり切った表情で断言した。
このメイド、小鳥ちゃんの妹ちゃんであるが、覚悟が決まりすぎている。
場合により、姉がひどいことをと謝罪するつもりで同席を望んでいたというのに……。
それすらぶっ飛んでのコレである。忠誠心なのか、カモにできると思ったのかわからない。
「やめときなさい。人生楽しくする方が良い」
「そうでしょうか」
「幸い、妹さんも落ち着いているのだし心配させてはいけない」
「はい」
私は彼女たちが一家離散したところを拾った。今、屋敷内で平民生活をしている。
末娘の病気が発覚後、ご両親のほうは、父親が出稼ぎに、母親は内職にかかりきりと一番上の娘はしっかりしているからと放任していたらしい。
それがこんなことにと青ざめ、あちこちに謝罪行脚していたところを捕獲。被害にあった者に事情を説明した後貴族としての地位を返上させた。
ちなみにこのメイドをしている次女は冒険者として活躍していた。体躯に見合わぬハンマーを使う。それが一番、性に合ったそうだ。
彼女にかかれば給仕のお盆も立派な武器に。
「大公様でも、大変なのですね」
「まあ、それなりにはね」
それでも、断れるくらいには力がある。ただの王女であれば断れなかっただろう。
そもそも、おもしれー女といわれるような逸脱も許されない。
新しくいれられたお茶は良い匂いがした。
「うっかり毒いれなくてよかったの?」
「姉の被害者であることは間違いないので、そういうのはやめたほうが良いかなって」
いっそ、毒殺してやってくれ、というのは私の勝手な話だ。
「一口も手を付けてませんでしたから、なにかしても無駄だったでしょう」
「ああ、そうだね」
彼には警戒心がある。外でなにも口にしないほどの。求婚しに来てすらその態度なら、なおさら好きにはなれない。
「ま、もう二度と来ない、と思いたいけどなんかありそうだから兄さんに報告する。
登城するから、準備して」
「承知しました」
彼女はそう言って立ち去った。
この独身生活を楽しみ続けるには兄の長い治世が必要だ。
幸い、結婚したい相手もいない。
元々やりたいことが多すぎる。人生は長いが溢れんばかりの時間はない。
「だから言ったじゃないですかと言って、迷惑賃をもぎとってやらないと」
面倒で楽しいやりがいのあることがある。
以前、苦言を呈したときに小鳥と呼ばれた少女に何もかも持っているお嬢様とまで言われてしまった。
なにもしらないくせに、と言われた私はたしかになにも知らなかった。
いや、知っているふりをしていただけだった。
あなたのように選べないと詰られるのならば、選択できるようにさせるまで。
おもしれー女が、普通、であるような国に近づけてやればいい。
その後、私はやる気に満ちてんなと兄にビビられることになる。
その後、次期侯爵閣下が大公閣下に振られたと速報が流れた。なぜ、イケると思った!という意見と大公様に釣り合わぁないという意見が大半を占めたとか。