ちょっとした問題発生
タイトルつけるのって、一番の難関じゃない?
と現実逃避気味に書いてみる。
遠吠えはトルドさんと同じバスフェルド領兵団に所属する獣人さん達だった。
トルドさんの案内で集合地点まで獣道を歩く。
足場の悪い道になれていないわたしは、どう考えてもお荷物でしかない。
ひょろっとして見えるソラスさんでさえもひょいひょいと歩いている。
よろよろしながら歩くわたしを見てバックスさんが「抱っこして運ぶか?」と聞いてくれたけど、さすがにそれは恥ずかしいし、わたしにも意地がある。
「まだいけます。あとどれぐらいで着きますか」と尋ねると、先を歩いていたトルドさんが心配そうにこちらを振り返った。
「もう少しです。神子様もう少しだけ頑張ってくだい」と本当に申し訳なさそうに答えてくれる。
トルドさんは悪くない、悪いのはわたしの体力のなさとこの獣道よ。
ちらりとソラスさんを見ると、息も上がっていないしニコニコと微笑んでいる。
「こう見えても巡礼の旅や結界張りで足腰は鍛えられているんですよ」と事もなげに言うじゃありませんか。
くぅっ、やっぱり便利、快適に慣れた現代っ子のわたしは最弱ってことですかね?
バックスさんに笑われ、手を貸してもらいながら山の上の開けた場所まで移動したころには足がガクガクになっていた。
山の上まで来たってことは、拠点まで戻るときはまたあの道を通るのかぁ。
合流した騎士様たちから少し離れた場所にある大きな石に腰かけて、ガックリうなだれて呼吸を整えているといきなり目の前に木の実が差し出された。
びっくりして顔を上げると、小柄で人懐っこい笑顔の少年が木の実を両手いっぱい持って立っている。
目が合うとさっとひざをつき、捧げるように木の実を差し出す。
「神子様、森の恵みです。どうぞお召し上がりください。あ、ちゃんと洗ってあるから安心してください」
「わぁ、おひざが汚れちゃうから立って立って。こんなにたくさんいいんですか」
「もちろんです、お気に召すようならもっと採ってきますよ」
跪いたままの少年の肩にポンと手をのせたトルドさんが優しく微笑む。
「神子様、タルタは小猿族だから木の実や果実を見つけるのが得意なんです。受け取ってやってください」
少年はタルタという名らしい。
一緒にきたトルドさんはわたしより頭ひとつ分背が高いけど、タルタくんはわたしとトルドさんの中間くらいかな。集団の中では埋もれてしまいそうなくらい小柄だ。
トルドさんに促されて慌ててポケットからハンカチを出して受け取りお礼を言うと、タルタ君は頬を染めてそれはもう嬉しそうにスキップしながら去っていった。
ちょっと微笑ましい。
トルドさんによるとブルーノさん達王都から来た騎士たちと、トルドさんたち土地勘のあるバスフェルド領兵団で今回の討伐隊を組んでいるらしい。
もともとバスフェルドは交易が盛んで、山脈の向こうにあるという獣人の国や草原の民の国などから商売のために移住してきた人々も共に暮らす土地だったという。
数年前の魔獣の異常発生と大国の侵略で国を追われた人々が山を越えてバスフェルド領に知人を頼りに逃げ込み、現在大混乱中だという。
トルドさんたち領兵団に在籍している獣人さんたちは親の代よりも前から傭兵や商人としてこちらで暮らしていたという事もあって、普段は難民のお世話にも駆り出されているそうだ。
今回は大規模討伐で王都から派遣されたブルーノさんのために志願した獣人がほとんどだ、とポツリポツリと語るトルドさんはちょっとシャイなんだなと思う。
あまり目を合わせてくれない。
お昼ご飯がわりのビスケットと干し肉を持ってきてくれたバックスさん、ソラスさんコンビと入れ替わるようにトルドさんは他の人たちの方へ戻って行ってしまった。
カリカリに乾いたビスケットと干し肉をムギギと唸りながら噛みちぎり、モッチョモッチョと咀嚼していると、苦笑いしながらバックスさんが革袋の水を渡してくれた。
「すまない。レディに食べさせるようなものではないが、今はこれしかないから我慢してくれ」とちょっと苦笑いしながらバックスさんはいう。
「大丈夫ですよ、いつもお昼は軽くしか食べませんから」と答えながら革袋の水を飲む。ちょっと匂いが気になるのは水道水が美味しい日本人だからだろうか。
それにしてもあれだけ動いている騎士様たち、これだけじゃ栄養も量も足りなくない?
そう考えながらハーブの味の干し肉と格闘していたら「ぶふふ」と笑いを噛み殺す声が聞こえた。
そちらに目を向けると、肩を揺らしながらこちらに歩いてくるヴィクターさんと目が合い、そらされた。
「リーナちゃん、意外と食べ方が豪快だね」
「だってこれ硬いし」
「スープでもあればよかったんですけれど、ちょっと食材が底をついておりまして。リーナ様には大変申し訳なく思っております」
本当に申し訳なさそうにソラスさんが言う。
「いえ、わたしはこれで充分ですけど、体を動かしている騎士様たちには足りないんじゃないですか」
「森に入ったときにはこんなもんだよ。さっき捕まえた魔獣もあちらで血抜きしているし、補充の荷物がそろそろ拠点に届くと連絡が来たから夜は温かいものが出ると思うよ」
「予定よりも早いですね。昨日手配した人員は間に合うのでしょうか」
「ソラス様が神殿に手配されたものも届くと連絡がありましたよ」
「よかったなお嬢ちゃん、これで男の手料理食わずに済むぞ」
「リーナ様のおかげでこの森もほぼ浄化されましたし、アルジェント様が大型の魔獣を引き受けてくださいましたからね。見回りが終わったらアルジェント様も戻られると思いますよ」
あごの疲れる軽食をがんばって食べ終え、ふと空を見上げた。
少し離れた場所でソラスさんとヴィクターさんが届く予定の荷物について話し合っている。
木々の間から青い空とコッペパンのような白い雲が覗き、爽やかな風に乗って鳥の歌声が聞こえた。
そこだけ見たら異世界とは思えない。
でも、わたしがいた場所はまだ冬の終わりで冷たい風が吹いていたんだよね。
じっと空を見ていたら、不意に涙がこぼれた。
わーダメダメ、なんで涙が出ちゃうかなぁ。
涙を拭おうとしてポケットに手を突っ込もうとしたけど、借り物のローブの表面を撫でただけだった。
わたしが涙をこぼしたことに気づいたソラスさんがさっと駆け寄ってくる。
目の前に膝をつきポケットからハンカチを取り出すと、わたしに差し出した。
「どうされましたか、午前中がんばりすぎてお疲れではありませんか」
「いえ、なんとなく空を見ていたらちょっと涙が出ちゃっただけですから。大丈夫です」
見られていたことが恥ずかしくて、うつむいて借りたハンカチで涙を拭っていたら目の端にキラリと光るものが見えた。
膝をついているソラスさんの脇からそれを拾い上げる。
それは金色の小さなブローチだった。
小さな3つの花を囲むようにツタが縁取っていて可愛らしい。
急にかがみ込んだわたしにソラスさんはびっくりしたようだった。
「申し訳ございません、ハンカチに包んでいたのを忘れていました」
「ソラスさんのでしたか、かわいいブローチですね」
手渡すと、大事そうにそれをローブの内側のポケットにしまう。
「母の形見なんです、これぐらいしか手元に残っていなくて」
「大事なものなんですね。よかった、気がついて」
「えぇ、本当にありがとうございます」
ほっとした顔をしているソラスさんを見て、よくうっかり物を失くしちゃうわたしは荷物の中にあった買ったばかりの小さなポーチをあげようかな、ちょっと小さな貴重品は大きめで目立つ入れ物に入れたほうが失くしにくいよねと考えていた。
考え事をしていたわたしの耳に鳥の羽ばたく音が聞こえ、顔を上げるとフクロウ姿のアル様が滑空してくるのが見えた。
戻ってきたアル様と一緒に午後は結界石を何箇所か周り、わたしの魔力を注ぎ結界を補強する。
それが終われば今日のお仕事はひとまずおしまいだって。
午後も頑張るぞー!足はガクガクだけど!
ようやく更新できた!
涼しくなってやる気と食欲が戻ってきた気がする。
次は頑張って早めに更新予定。
じゃないと年末が迫ってきちゃう。