新しい朝が来た2
ようやく更新です。
設定と方向性が行方不明になりつつあるの、なんで?
衝立の向こうに声をかけると、少し間があってから「どうぞ」の返事とともにリーナが顔をのぞかせた。
「おはようございます、リーナ様。今日の予定をお伝えしに参りました」
「おはようございます、ブルーノさん。年下のわたしに敬語なんて必要ないですよ」
俺が声をかけると、困ったような不安そうな顔をして見上げてきた。
リーナ嬢の顔をちゃんと真正面から見たのは初めてでは。
昨日はそれどころではなかったが、こうして真正面から見た彼女はこの国では珍しいカラスの濡れ羽のような黒髪と濃いアンバーの瞳が印象的だ。
全体的に細く、身長は俺の胸のあたりまでしかないが、栄養が足りていないというわけでもなさそうだ。
足は形よくそれなりに筋肉もついている。
つい、ぴったりとした服の上からでもわかる筋肉質なふくらはぎと足首をじっと眺めてしまった。
我に返って慌てて目を逸らすと、彼女の背後の簡易ベッドの上には荷物を整理していたのか、カバンと見たことのない文字の書かれた瓶や色鮮やかな布とレースでできた物が広がっていた。
その、なんと言ったらいいのか、多分あれはご婦人が身につけるものだろう。
そう気付いて慌ててそちらからも目を逸らし、目を彷徨わせたあとリーナ嬢のつむじに視点を固定した。
「神子様に失礼があってはなりませんので。今日の予定ですが、午前中はアルジェント様からのご指示で森の奥に結界と浄化をかけに行きます。午後には城と神殿から侍女とお召し物や身の回り品が届く手筈となっております」
「ありがとうございます。着替えを持っていなかったので助かります」
「足りないものがあれば手配します。帰還するまでこのような場所に留めることになってしまって申し訳なく思っています」
「いえ!急に現れたわたしなんかのためにご迷惑おかけしてすみません」
リーナはブンブンと手を振って、目の前の美丈夫を見上げた。
大きな人だな、身長190cmくらいだろうか。
リスのように赤茶色に灰色が混ざった長い髪をハーフアップにしているからか、新緑の緑に似た美しい目の色まではっきり見える。
整った顔をしていてイケメン俳優だと言われたら納得してしまうだろうな。
でも、厳つい。仏頂面してるからか怖い。
思わず俯いてしまったリーナの肩に、リスの姿をしたアルジェントが飛び乗った。
「リーナには今日の予定については説明してある。早くこの世界に馴染んでもらうためにも協力を頼むよ」
「もちろんです、帰城まではこんなむさ苦しいところで申し訳ないのですが」
「あ、平気です!キャンプみたいなものですし」
困ったような顔をして笑うリーナ嬢になんと声をかければいいのだろう。
目が腫れぼったくなっているのは泣いたからだろうか。
やはり、いきなりこんな物騒なところに放り込まれて心細いのだろう。
だが、なんて言葉をかけたらいいのだ。
ちゃんと言葉もかけられなかったと姉上たちに知られたら、ひどい説教をくらうことが目に見えている。
23にもなって説教部屋は勘弁してほしい。
ため息を吐きそうになっていたところへ、カイルが顔をのぞかせた。
「お話し中失礼します。朝食の準備が整いましたがリーナ様はこちらで召し上がられますか、それともお外でみんなと一緒に食事されますか」
「おいカイル、外でみんなとはまずいだろう」
「お外でご飯は気持ちいいじゃないですか。むさ苦しいのが視界に入らないよう、我々が周りを固めますから」
「あ、えっと、ここまで運んでいただくのも悪いですし、お手伝いもしますからお外で食べてもいいですか」
「お手伝いしていただけるのですか。みんな神子様に昨日のお礼も伝えたいそうですし、喜ぶことでしょう」
「おい、あいつらのところにリーナ様を放り込むつもりか」
「だいじょうぶですよ、みなさま騎士でいらっしゃいますから」
「あの、わたしなら大丈夫です。本当にそんな気を使っていただくような人間じゃないですから」
「いや、そういうわけには」
「ダメですか」
「わかりました、ではそのように準備させます」
少しため息をついてブルーノは「用意するよう伝えてくる」と出て行った。
正直、カイルが声をかけてくれて助かったとブルーノは思った。
カイルは孤児院にいる時から面倒見がよく、辛抱強く喧嘩の仲裁をしたり相談に乗ったりしているところをよく見かけていた。
普段は頼りなさそうにニコニコしているが、周りに気を配れるし場の空気をよく読んでサッと話題を変えることもできる。
ああいう男が好かれるのだろうか。
姉上達もカイルのことは可愛がっていたな。
なんだか少し落ち込みながら、ブルーノは足早に食事の支度をしている騎士達のもとへ向かった。
ブルーノさんが出ていった後、カイルさんが「お外で食事するならまだ春先で寒いから羽織るものを」と丈の長いマントを渡してくれた。
アル様からも指摘されたけど、この世界では足を隠したほうがいいのだろう。
気を使っていただいて本当に申し訳ない。
食事に出るまえに荷物をしまわなきゃ、と振り向いたところで凍りついた。
化粧品はともかく、下着も出しっぱなしだったのだ。
つい、いつものように出したままにしていたけれど、これ見られてたよね。
ブルーノさん、わたしより頭2つ分くらい背が高いから、丸見えだったよね?
なんか、表情が固まってたし。
いやぁぁぁーーーッ!!!と叫びたいけど、外で待ってくれているカイルさんを驚かせてもいけないし、心配して見にこられても大惨事だ。
もう、色々やらかしすぎて穴掘って埋まりたい。
わたしは黙って鞄の中に全てを押し込むと、「収納」した。
「収納」の魔法って便利だね。
現実逃避しながら、外で待っているカイルさんのもとへ向かったリーナであった。
ご飯は宿営地の端に流れる小川の前で調理してるんですよ、と説明してくれるカイルさんと迎えにきたソラスさん、バックスさんとともにのんびり歩く。
恥ずかしくてバックスさんの顔が見られないと思ったけれど、バックスさんは顔を見るなりニィッと笑って「よく眠れたか」と聞きながら頭を撫でくりまわしてきた。
「やめてください!髪がグシャグシャになるじゃないですか」
「わるいわるい。これでもおじさん心配したんだよ」
「バックス、年ごろのお嬢さんにそんなことをしたら嫌われますよ」
ソラスさんが呆れたように言う。
もっと言ってやって。
「こんな場所ではよく眠れなかったでしょう。ちょっと失礼します」
そういうとソラスさんはそっとおでこに手を触れ、一言呟いた。
「回復」
ふわりと暖かい風が揺れ、全身に吹き抜けたような感覚に驚く。
「びっくりさせてしまいましたか。少しでもお体の不調が軽くなればと思いまして」
「ありがとうございます。なんだか体が軽い気がします」
体のむくみも取れた気がして、思わず顔を揉む。
カイルさんが小声で「目の赤みも取れてますよ」と教えてくれた。
よかった〜、ひどい顔を初対面の人たちに見られずに済む。
朝の清々しい空気と草の青々とした匂いを吸い込みながら歩くのは気持ちがいい。
少しだけ気持ちが良くなってきた。
調理場となっている場所にはすでに15人ほど集まっていた。
近づくと何人かこちらに気付いたようで、びっくりしたような顔をする。
わたしもびっくりして足を止めてしまった。
だって、お耳と尻尾がついた人がいたんだよ。
獣人って種族、当たり前だけど初めて見た!
不躾にもまじまじと見つめてしまったせいだろうか、獣人さんは黙って背を向けて火にかけられた鍋の方へスタスタと歩いていってしまった。
怒らせてしまったのかも。
謝らなければ、と思っていたらバックスさんがクスクスと笑い始めた。
「獣人を見たのは初めてか?バスフェルドでは珍しくないぞ」
「わたしのいた世界ではおとぎ話の住人でしかなかったですから」
「くくくっ。あんなにキラキラした目で見つめられたらトルドさんも恥ずかしがりますって」
「そうですね。バスフェルドは昔から獣人族やドワーフ達とも交流があったから共存していますが、難民との衝突などもあって他所では迫害されることも多いのです。リーナ様の美しい瞳で楽しそうに見つめられたら困ってしまうかもしれませんね」
カイルさんとソラスさんにも微笑ましいものを見る目で見られてしまった。
そんなに好奇心だだ漏れになっていたのだろうか。
遠巻きに見ていた他の騎士達がゆっくりと近づいてくる。
近づいて改めて思うのだけど、この国の人たちってものすごく背が高くない?
みんな180cm以上ありそう。
そんなことを考えていたら、昨日も会ったテリルさんが大きな体を丸めて少し離れたところから声をかけてくれた。
「おはようございます、リーナ様。第三騎士団の騎士の一部ではありますが、ご挨拶とお礼を申し上げたく」
その言葉とともに後ろにいた騎士達が膝をつく。
「昨日はお救いいただきありがとうございます」
「我々は全滅も覚悟しておりました」
「神子様のお力で我らは救われました」
熱い視線とともに礼の言葉を口にする。
いきなりのことにびっくりしてしまったが、わたしは何かしたわけではない。
「いえ、あの、わたしは何もしていないですし。とにかく皆さん立ってください。膝が汚れちゃいますよ。あの、本当にお礼を言われるようなことは何もしていないですし、これからもお役に立つかどうか」
「リーナ様、落ち着いてください。あなたが何もしていないと思っていらしても、あなたが舞い降りたことでこの地の瘴気は薄れ、大型魔獣達を倒すことができたのですから」
「でもわたしは」
ソラスさんは小さく首を横に振って微笑んだ。その笑顔が眩しい。
「神子様であるあなたの存在だけで我々には希望が芽生え、心が救われるのです。どうか彼らの言葉を受け取ってください」
「あの、皆様がご無事でよかったです。これからお世話になりますがよろしくお願いします。あの、普通に接してくださいね」
なんと返せばいいのか分からなくて、よく分からない返しをしてしまった。
それでも騎士達は嬉しそうな顔をしてくれていた。
「さぁさぁ、リーナ様もお腹を空かせていらっしゃるだろうから飯だ飯!」
どうしたらいいか分からなくて固まっていたわたしには、バックスさんの豪快な大声は救いの声だった。
テリルさんが「どうぞこちらへ」と案内してくれたけど、一際大きくていかついテリルさんには一歩引かれている気がする。
なんでだろう。
昨日捕まえたホーンラビットの肉団子スープとパンを受け取って、丸太を椅子がわりにして食べる。
カイルさんも言ってたけど、お外でご飯って楽しい。
ただ、やっぱりちょっと食べ慣れない味がする。
肉の野性味が強いというか。
近くにいた騎士さん達とも少し言葉を交わしたけど、気を遣われてるし、お互いどう接していいのか分からなくて微妙な空気になってしまった。
なんとかならないかなぁ、ちょっと居心地が悪いけど慣れれば変わるかなぁ。
食事を済ませ、森の奥に入る準備をする。
と言っても、何をすればいいのかわからないから。
そう思っていたら、またひょっこりアル様が現れた。
「リーナ、小さい鞄を一つ身につけておけばいいよ。無限収納があるから持ってるものはどこでも出せるけど、それ使える人間は稀だからね。悪用しようとする人間にバレないように小さい鞄の小規模な空間収納から出しているように見せかけたほうがいい」
「そっか、無限収納があったね。じゃあサコッシュだけ持っていこうかな」
「うん。その小さいのから出したように見せたほうがいい。昨日練習したみたいにすればいいよ」
今日の浄化に絶対に必要だと言われた榊の枝をすぐ出せるように小さい枝を一本切り、形を整えてサコッシュに普通に入れた。
そこへアル様が「これも入れておきなさい」と掌より少し大きい白い板をどこからともなく出現させ、わたしに持たせる。
「これは?」
「姉上が言っていた説明書だ。巻物よりもこの形状の方が前の世界で使っていた便利な道具に近いだろうということで作り直したら時間がかかってまった」
「ありがとうございます。どうやって使えばいいのかな」
白く薄い板には縁取りに金の繊細な蔦模様が施されている。
見るからに華美なロココ調のようで内心「うわぁ」と思ってしまった。
しかし、手にしてみると細い蔦模様は意外にも滑り止めの役目を果たしてくれて、実用的だと思えてくる。
左横についていた小さな金とルビーのような宝石でできたリンゴにそっと指を触れると、ただの白い板に見えた部分に文字が浮かび上がった。
見慣れた日本語にホッとしていると、アル様がボソリと「こちらの人間が読めない文字ならば情報が漏洩することもないだろう?」と呟いた。
使い方は簡単。
りんごに触れると起動、後は画面に指を触れて知りたいことを念じるだけ。
画面にはいくつか模様があって、手書きでメモを残したり、無限収納の中身一覧表だったり、ステータスを確認できたりといった機能のアイコンらしかった。
ちなみに右横のエメラルドの青りんごに触れると無限収納にしまわれる。
この世界のことを何も知らないわたしの強い味方ができた。
神出鬼没のアル様はあてにできないし、いちいち誰かに尋ねなくても情報を得られるっていうのはありがたい。
とりあえず板の名前は「りんご板」と呼ぶことにした。
だって名前思いつかなかったんだもん。
アル様の残念な子を見る目を背に受けつつ、りんご板もサコッシュに突っ込んで準備は完了した。
がんばってつぎははやめにこうしんする