新しい朝がきた
お読みくださってありがとうございます!
熱中症からの家族が入院、まさかの肉離れと忙しく(?)しておりました。
前回からちょっと時間が経ってしまいましたね。
まだ生きてますし続けます。
日が昇る前の薄暗い天幕の中。
リーナは簡易ベッドの上で膝を抱えて一人反省会をしていた。
「うぅぅ、なんで初対面の男の人に甘えて泣いちゃったんだろう」
昨夜のことを反芻しただけで、恥ずかしくて悶えそうになる。
昨日は食事のあと、バックスさん達が治療班用の天幕のいちばん奥を衝立で仕切ってリーナ用のスペースを作ってくれた。
護衛を必ずつけるように言われてお断りしたかったけれど、まぁ空から落ちてきた不審者は怪しまれて当たり前だし見張る必要あるよねと思って同意した。
アル様が一緒のときは大丈夫だろうということで免除してもらえたけどね。
リーナのスペースに荷物を運び込み、ソラス達が治療と森の浄化に出たあとはバックスとアル様が魔法の基礎と空間収納の使い方を教えてくれた。
「魔法の基本はイメージだ」とアル様に言われて、空間収納に練習がてら自転車や荷物を出したりしまったりしてみる。
イメージはガレージとパントリー。バッチリ使いこなせてアル様が褒めてくれた。
簡単に使えるようになるのはやっぱり「神様の配慮」のおかげだろうか。それともわたしの才能?
明かりを灯したり、火をつけたり水を出したりといった生活魔法の基礎もすぐできるようになったから、毎日がキャンプ状態のここでも生きていける気がするっていったら自惚れかなぁ。
明日は実際に森に入って浄化や攻撃魔法の練習をすることになるらしい。
この世界では魔法は当たり前のように存在しているけれど、平民の大半は生活魔法と呼ばれる「ちょっと火をつけたり、水をちょろっと出したり、微風を起こしたり」ぐらいの簡単なものを使える程度で、攻撃力の高い魔法や浄化、治癒などの魔力を多く必要とする魔法を使える者は多くない。
貴族は生まれた時から魔力量が多く、属性を複数持つ者もいることから「神に選ばれた存在」であると考えられている。
遥かむかし、この地を治めていた族長の娘が魔獣と戦う姿に恋をした神が姿を変え共に戦い、結ばれて授かった子供がこの国の始祖となったという伝承があり、神の血を引くと言われる王族は今でもずば抜けて魔力量が多く、地、水、火、風、光、闇の6属性のうち闇を除く3つ以上の属性値が高く出る優れた魔法の使い手だという。
逆に王族、貴族でも魔力量が少ないとそれだけで肩身の狭い思いをしなければならないという。気の毒な話だ。
高魔力でハッキリとした属性持ちの平民はたいてい「訳あり」だと言われている。
神殿騎士のカイルさんも孤児院出身だけど高魔力で火と水属性持ちなことから「訳あり」だと噂されていたらしい。
孤児院に縁のない人生だったから正直よくわからない、それでもきっといろんな苦労をして騎士になったんだろうな、ということぐらいはわかる。
特に浄化、治癒は光属性を持つ者も少なく貴重な存在らしく。
5歳になると全ての者が神殿で魔力判定を受け、貴重な光属性持ちはすぐに神殿に預けられて魔法の使い方を学ぶのだと言う。
王立学園入学前の12歳で再度魔力判定を受け、確定するのだそうだ。
ソラスさんはその中でも特に魔力量も多く、優秀な治癒と浄化の使い手らしい。
ハーベイ大神殿の中でも若くして神官の中でも高い地位につき、隣国からの難民と魔獣に手を焼く国境近くの大きな神殿に派遣されている。
その優秀さから今回の大規模な魔獣討伐の治癒班として、王都から派遣された魔獣討伐専門の第三騎士団に帯同することになったみたい。
バックスさんはハーベイ神教団が擁する真愛騎士団では剣聖と呼ばれるほどの実力者だという。
「自分で言うのもなんだけど、まぁ強いぜ」
ガハハと笑うバックスさん(38)はわたしが18歳だと知って真顔になっていた。
「ウチの息子と同じぐらいかよ、てっきり子供だと思ってたわ。すまんな」
そういってワシワシと頭を撫でられた。
豪快で大雑把でカイルさんをからかっているところしかまだ見ていないけど、意外と几帳面で仕事は丁寧らしい。
バックスさんはちょっと叔父みたいな感じがする、と思ったら涙がポロリと溢れた。
大好きだったおじさん、おばさん一家にもう会えないんだ。
お父さんやおじいちゃん、お兄ちゃんにも。
もう会えない。
ただの一人暮らしだったら、また会えたのに。
一度考え始めたらもうダメだ、涙が止まらなくなってしまった。
アル様がぴょんと膝に飛び乗って、顔を見上げリスの小さな指でそっとわたしの手に触れる。
「すまないと思っている」
本当にそう思ってる?
バックスさんがちょっぴり眉を下げ、私の隣まできて顔を覗き込みながら、髪を梳かすように頭をゆっくりと撫でてくれる。
「今なら泣いていいぞ、おじさんしか見てないからな」
隣りに座ると太く硬い腕でわたしの肩を抱えこみ、胸にもたれさせてくれた。
金属の胸当てにおでこをくっつけてグズグズと泣くわたしを、バックスさんは小さな子にするようにゆっくりとさすり続けてくれた。
そこまでは記憶があった。
そして今、わたしは簡易ベッドの上にいる。
ということは、わたしはそのまま寝ちゃったってことだよね?
誰か(たぶんバックスさん)がここまで運んでくれたってことだよね。
恥ずかしすぎる!
人肌の温かさに安心しちゃったってのはあるけど。
初対面の人!
一歩間違えば犯罪の匂いがしてきちゃうじゃない。
でもバックスさんは「お父さんだと思って甘えてくれていいぞ」って言ってくれたから大丈夫なのか。
あーーー!っと叫びたい気持ちでいたら、衝立の向こうから声が聞こえた。
「リーナさま、申し訳ありませんが起きていらっしゃいますか。顔を洗う水をお持ちしました」
慌てて返事をしながら簡易ベッドから飛び降りて声がしたほうへ向かう。
そこにはちょっと困ったような顔をしてカイルさんが立っていた。
「起こしてしまいましたか?申し訳ありません」
「大丈夫です。あ、お水ありがとうございます。使い終わったらどうしたらいいですか」
「僕が片付けるので、そのままにしておいてください。あー、あとでこれで目を冷やすといいですよ」
手にしていた布を少し桶に浸し、手をかざす。
それを差し出されたから受け取ると、布は凍る一歩手前ぐらいまで冷えていた。
ビックリしてカイルさんのパッと見上げると、はにかんだように笑いながら「あ、これぐらいなら無詠唱でいけるんですよ」とこともなげに言う。
昨日アル様に「無詠唱は難しいから鍛錬が必要」って聞いたんだけど。
思わず、すごい!すごい!を連発してカイルさんが引くぐらい、褒めちぎってしまった。
それにしても鏡がないからわからないけど、ぱっと見で気づかれるぐらい目が腫れてたのかな。ちょっと恥ずかしい。
「ありがとうございます。そんなに目が腫れてますか」
「えぇ、まあ。これで冷やせば大丈夫ですよ。お仕度が終わった頃には朝ご飯の時間になるからまた呼びにきますね」
そう言ってカイルさんは軽く頭を下げると出て行った。
桶の水に手を浸すと、ここは春先ぐらいの季節で朝も寒かったというのにほんのり温かいお湯だった。
わざわざお湯にしてくれたんだろうか。
その気遣いがちょっと嬉しい。
着替えといってもカバンの中に新しく買った下着が三組くらい入っているだけだから、下着だけ替えて服は昨日のを着た。
汗もかいてないし、ちょっと埃っぽくなってるだけだから、まぁ大丈夫でしょう。
でも、替えの服がないのは困るなぁ。
どうしよう、と考えていたらアル様が衝立の影からひょっこりと顔を出した。
「おはようリーナ。よく眠れたか?」
「えぇ、まぁ。ちょっと問題はありましたけど」
「バックスは守るべき子どもぐらいにしか思っていないから大丈夫だ。あれには妻子もいることだし」
「そこは安心ですけど、わたしの心の問題です。恥ずかしくて顔が見られないじゃないですか」
「向こうが気にしてないんだから、気にするな」
「そうはいっても!」
「すまない、少し話があるのだが」
アル様に八つ当たりしていたら、控えめに衝立の向こうから声がかかった。
この低い声はブルーノさんだ。
どうぞ、と答えると少し表情を硬くした美丈夫が顔を覗かせた。
ブルーノ・ルッツ・バスフェルドは困惑していた。
いつものように夜明け前に目が覚めると軽く鍛練をすませて、宿営地の見回りをしようと歩き出した。
すると目の前に白銀の光が降り立ち、アルジェントが姿を現したのだ。
その姿は小さなリスではなく、フクロウの姿であった。
「アルジェント様、どうされましたか」
「うん。夜が明ける前に魔獣たちの気配を探ってきた。この一帯に大型の魔獣の気配はないようだ」
「フクロウの姿をされているということは、空から見渡されたのですか。気配がないということは広範囲がすでに浄化されているということでしょうか」
「いや、浄化はまだだ。陽が登ったらリーナを連れてこの先の滝に広域浄化と結界を張りに行くように。リーナには大規模結界の張り方も教えておきたい」
「それではソラス達にもそう伝えておきます」
「それとは別に、お前にも伝えておかなければいけないことがある」
「私にですか」
「お前は記憶に封をしているようだが、そろそろ思い出してもらわなければいけない。お前は神子であるリーナと共にこの世界を救う鍵であるのだから」
そう言われても俺にはなんのことだかわからない。
アルジェント様の金の目が俺を射抜くように見据えている。
「お前はリーナと共にあれ」
それだけ言うと大きく羽ばたきさっさと姿を消してしまった。
「おはようございます、ブルーノ様」
考え込んでいた俺の意識を現実に戻したのはソラス殿だった。
「おはようございます。ちょうどよかった、いまアルジェント様から陽が登ったらリーナ嬢を連れてこの地の浄化と結界を張りに滝に向かうよう指示がありました。準備願います」
「わかりました。今朝はまだ宿営地の結界の張り直しと朝のお祈りが済んでおりませんので、申し訳ないですがリーナ様にも伝えていただけますか。天幕にはカイルが控えておりますので」
「伝えておきます」
軽く礼をして結界石のある方に向かうソラス殿を見送り、リーナ嬢のいる天幕に向かうことにした俺だったが、どうにもアルジェント様の言葉が気になっていた。
「リーナ嬢と共に、か」
正直、これから顔を合わせにいくというのにそんなことを言われたら、どんな顔をすればいいのかわからない。
女は恐ろしく面倒だということは姉上たちを見て学んではいるが、リーナ嬢はどんな子なのだろう。
昨日は突然の環境の変化に戸惑いながらも笑顔を見せていたし、物腰も穏やかで丁寧だったから、姉上たちやそのご友人たちとは少しタイプが違う気もする。
カイルから彼女が18だと聞いて驚いた。身長や体つきからてっきり成人前だと思っていたのだ。
昨日、抱えて馬に乗せたときも軽すぎて驚いたし、背丈も俺の胸ぐらいまでしかなかったのだから子供と間違えても仕方ないだろう。
今日からはちゃんと淑女に接するつもりで丁寧に対応しないと。
神子であり庇護するべき女性だ。いくら面倒だからといって他の女達のように邪険に扱うわけにもいかない。
姉上達にバレたらひどい説教を受けることになる。しつこく怒られるのが目に見えていて、考えただけでもうんざりする。
23にもなってそれは避けたいところだ。
リーナ嬢とどう接すればいいのか、悩みながら天幕の前まできたところでカイルと出会した。
「おはようございます、ブルーノ様」
そう声をかけてきたカイルは、孤児院にいた10年前と変わらない屈託のない笑顔を向けてきた。
あの頃は慰問に行くたびにニコニコと笑いながら走り寄ってきて、遊びという名の訓練に誘ってきたものだ。
「おはようカイル。リーナ嬢はもう支度を終えているだろうか」
「今はまだお仕度中です。少し気落ちされているようなので心配です」
「そうか、どうしたものかな。まぁ、とりあえず今日の予定を伝えにきた。アルジェント様が森の奥の滝に浄化と結界を張りに行くようにと仰せだ。リーナ嬢にも同行していただく」
「ではソラス様にもお伝えしておきますね」
「いや、ソラス殿には先ほど伝えた。城の方へは着替えや身の回りのものを届けるように連絡鳥を飛ばしたから、神殿からの荷物と一緒に今日の昼には届くと思う」
「ありがとうございます。神殿のほうは人手不足なので助かります」
「いや、難民の世話もケガ人の救護もお願いしているのだから、礼を言うのはこちらのほうだ」
「領主様には随分とご配慮いただいておりますから。魔獣の大量発生もリーナ様のお力で状況が好転しそうで希望が見えてきました。神慮に感謝ですね」
「あぁ、そうなるように神に祈ろう」
「ふふっ。こちらにお戻りの時はむかしのように神殿にも顔を見せてくださいね」
「時間があれば、な」
天幕の奥で物音がしなくなったのを確認して、カイルに見張りを任せると小さく息を吐いてブルーノは天幕の奥へ声をかけた。
次は早めに更新したい(予定は未定で決定ではない)
気長にお待ちを。