話を聞こうじゃないか2
なんだか隔週更新になってしまったし、更新時間もバラバラになっちゃった。
慣れたら定期更新になる予定。
テーブルにつくとブルーノさんが「先ほどの騒ぎは神獣様が出現して混乱しただけだから安心していい」と報告してくれた。
アルジェントもうなづいている。
ソラスさんがにっこり笑って立ち上がった。
「よかった、魔獣が現れたかと思いましたよ。では食事にしましょう。我らに糧をお与えくださる大神ハーベイ様の慈愛とメルナダ様の大地の恵みに感謝します。分け与えられる喜びと共に。さぁ、いただきましょう」
祈りと共に合わせていた掌を天に向かって広げる。一礼をしてから食事が始まった。
右隣りに座っていたバックスさんが、これがハーベイ神教の食前の祈りだと教えてくれた。
目の前には少し冷めてしまったけれど、大きな肉の塊と玉ねぎらしきものが入ったスープと黒パンが木の皿に入れられていた。
とりあえずみんなの真似をしてパンをちぎってスープに浸そうとしたけれど、思いのほかパンが固い。
むぎぎっと唸りながらちぎっていたら、向かいに座っていたヴィクターさんに笑われてしまった。
スープに浸しても歯ごたえがあり、酸味がわずかにあるパンだった。
遠征の行軍食は日持ちさせるためによく焼き締めてあるらしい。
スープはしょっぱくて、野性味のあるというか肉の臭みが強いというか。
せっかく作ってもらったものに文句は言いたくないし、いきなり味を加えるのもためらわれるところだけど。
うーん、なんかやっぱりもう一味欲しい。
他の人たちはこれが当たり前なのか、普通におしゃべりしながら食べている。
「すみません、カバンの中のスパイス取りに席をたってもいいですか」と断りを入れ、隅のほうに置いてあったカバンを開ける。
確か、買い出しの時にスパイスをいろいろ買ったはず。
ゴソゴソとかき分けて、ようやくお目当ての瓶を見つけた。
席に戻るとみんなが興味津々と言った面持ちで見つめてくる。
やめて、みんなイケメンすぎて心臓に悪いわ。
こんなハリウッドスターみたいな人たちばかりだなんて、この世界どうなってるの?
ブルーノさんの視線は小瓶に釘付け状態だ。
「その瓶は何が入っているんだ」
「あ、これはいろんなスパイスをブレンドしたカレー粉です」
「かれーこ?聞いたこともないな。」
「お肉の臭み消しにいいと思うんですよ。食べ慣れない味だったから少し味を加えてもいいですか」
「神子様のお口には合いませんでしたか。申し訳ないです」
「あーごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんです。ちょっとだけ慣れない味だったので」
申し訳なさそうにしているみんなにブンブンと手を振り、謝るとテリルさんがクスクス笑い出した。
「そりゃ野郎どもの適当な味付けはレディのお口には合わんでしょうよ。気にしなくっていいですよ」
「神子様、どうぞお好きなように。みんな好きなように味を足していますから」
それでは遠慮なく、と新品の封を切り中蓋をめくり、自分の皿のスープに少しふりかけて混ぜる。
火を通してないけれど、口に運べば安定した旨さ。
食べ慣れた味に少し近づいて、思わずニンマリした。
その様子を見ていた一番若いと思われるカイルさんがおずおずと手を挙げた。
「神子様、それはどんなお味なんですか」
おっと、わたしだけ食べてたらいけないよね。
「試してみますか?」
「貴重なものなのによろしいのですか」
ソラスさんが心配そうに尋ねてきたけれど、封を切ったスパイスは風味が落ちないうちにつかいきりたい。
もう手に入らないものだとしても。
そう思っていたら後ろのほうの木箱の上で食事をしていたアルジェント様の声が頭の中に響いてきてビックリして勢いよく振り向いちゃった。
「無くなる心配はしなくていいぞ。姉上が足しておいてくれる」
え?どういうこと?
「そういう契約になってたはずだ」
あとでその契約とやらもちゃんと聞いとかなくちゃ。
気を取り直して。
「大丈夫ですよ、気になる方はどうぞ」
そう声をかけると全員がそっと皿を差し出した。
まずは少しずつかけていく。
こちらの世界の人たちのお口に合わないといけないもんね。
カレーの粉をかけたスープをみんなが口に運ぶのをドキドキしながら気づかれないように様子を伺っていると、カイルさんがカッと目を見開いて呟いた。
「神様がお与えくださる味はめちゃくちゃおいしいですね!」
いやいや神様じゃなくて有名メーカーさんの人気商品ですけどね。
他の人たちも口々に「おいしい」と言ってスープを平らげていく。
私が作ったわけでもないのにうれしくなった。
美味しいは世界が違えども共通だったのだ。
「神子様、ありがとうございます。このように貴重なものを分けてくださって。初めての味でした」
ソラスさんが祈り出しそうな勢いだ。
テリルさんとバックスさんも、うまいうまいと言いながらガツガツ食べていた。
ブルーノさんとヴィクターさんは丁寧に味わっている。
「これは初めて食べる味だがうまいな。どんな香辛料を使っているのだろう」
「詳しくはわからないです。あ、でもスパイスカレーセットも買ったからちょっと違うけど大体の内容はわかるかも」
「他にも調味料をもっているのか」
「ありますよ。一人暮らしする準備で買い出しに出た帰りに拉致られましたから」
みんなの動きが止まった。
慌てたようにバサバサと飛んできたアルジェント様が肩に降り立つ。
その拍子に爪がしっかり肩に食い込んだ。
「痛っ!!」
「あぁ、すまないアルマリーナ。この姿だと不都合があるな。好きな動物はなんだ」
「えーなんだろう、いきなり言われても。んー、リスとか?」
「リスだな」
そういうが早いか、この日何度目かわからない白銀の光がはじけてテーブルの上には両手のひらに乗るぐらいの大きさのリスの姿が現れた。
思ってたのとちょっと違った。
わたしのイメージではニホンリスだったんだけど、アルジェント様がイメージしたのは赤茶色の毛並みのキタリスみたいなリスだった。
ちょっとブルーノさんの髪の色に似ている。
それよりも、ちょっと話逸されなかった?
まぁ終わったこと蒸し返しても仕方ないし、まぁいっか。
「お姿を変えられるのですね」
感動したようにソラスさんが目をキラキラさせている。
「まぁ、やろうと思えばな。とりあえず小さい方がアルマリーナも運びやすいだろう?」
「目立たない方がいいですよね、ていうか私が運ぶこと前提なんですか。それからちょっと気になってたんですけどね、みなさんアルマリーナとか神子様じゃなくてリナって呼んでもらっていいですか。元いた場所ではそう呼ばれてたので。あと名付けといて何ですけどアルジェント様って呼びにくいからアル様でいいですか」
「ん、アルマリーナは愛称で呼ばれたいのか。いいだろう。我のこともアルと呼んでいいぞ」
「じゃあ、リーナ様と呼ばせていただきます」とバックスさんがニッと笑ってくれた。
中年の悪巧みしたような笑顔、素敵。
「敬称もいらないですよ。気楽に接してください。平凡で、特にこれといった取り柄もないただの普通の一般人ですから」
「そういうわけにはまいりません。ですがそうおっしゃるのであればお名前はリーナ様と呼ばせていただきますね。正式な場以外は少し崩させていただきます」
「はい、お願いします。かしこまられても緊張しちゃいますから」
ソラスさんには渋られたけど、カイルさんは小さく頷いて同意してくれた。
よかった。ちょっとだけ居心地の悪さが減るかな。
いやちょっと待て。いまアル様、拉致の話をすり替えたね?
黙々と食事をしていたテリルさんが、空になったお皿を見つめてポツリと呟いた。
「あぁ、生きて今日のメシにありつけるとは思わなかった。うまかった」
「本当だよ。大量の巨大猿と巨大熊巨大熊が一気に現れたから小隊のうち何人生き残れるかと考えていたからね。リーナちゃんが降ってきたらあいつらが動かなくなって、一瞬は事態が把握できなくて焦ったよ」
「回収した魔石の数と大きさを見てきたが、かなりの量あったな。死人が出なかったのが奇跡だと思える量だったし、後方部隊のこちらもかなり覚悟してたからな」
ヴィクターさんとバックスさんがうなづいている。
「大袈裟だはなく、全滅も覚悟していたからな。本当にリーナ様には感謝している」
テリルさんが真っ直ぐな目を向けてきた。
わたしが空から落ちてきた時に見ただけでもかなりの数の大小の魔獣がいて、範囲も広かったと思う。
あれだけいたのに全部倒すなんて。
「ひとつ聞いていいか。魔獣の動きを止めたあと、持っていた木の枝で巨大猿巨大猿を打ちつけて倒したら辺り一帯が浄化されていた。あれは貴女の力か」
眉間にシワを寄せていたブルーノさんが腕組みをしたまま尋ねてきた。
榊の枝は振ったけれど、絶対に死ぬ、と思って必死だったからよく覚えていない。
返事に困っていたらアル様がテーブルの真ん中まで移動してふんぞり返った。
「あれこそが神子の力。まだこちらの世界に顕現したばかりで制御が上手くできないから特訓が必要だ。そのために僕が来た」
ふんっと鼻息荒く答えてはいるがリスの姿だから威厳はない。
あー、そうなんだ。
まぁでも何もわからない状態だし、教えてもらえるだけありがたいかな。
「リーナ様が浄化された場所は私も確認しました。一度の浄化でかなりの範囲の瘴気が消えています。これが神のお力なのですね」
ソラスさん、そんなにキラキラした目をしないで。それにしても、自分でもよくわかっていない部分を期待されるのは辛い。
とりあえず、何もわからないから期待しないように言っとかなきゃ。
「自分でもよくわかっていないんですよ。急の空の高いところから落とされて余裕もなかったですし。言葉もよく分からなくてどうしたらいいのかわからなかったけど、魔獣から守ってくださったのブルーノさんですよね。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてお礼を言うとブルーノさんに目を逸らされてしまった。
「邪魔にならないようになぎ倒しただけだ。乱暴に扱って悪かった」
「いえ、わたしもどうしたらいいのかわからなかったので。わたしのいた世界ではあんなに凶暴な生き物の群れに襲われるようなことはほぼなかったんで」
みんなが黙ってしまった。
わたしもこの世界のことを何も知らないけど、この人たちもわたしのいた世界のことを知らないのだ。
これから色々と覚えなきゃいけないことだらけだよね。
まさか一人暮らしが異世界になるとは思わなかったわ。
まぁ、なんとかなるよね。一人暮らし始める予定だったし。
「大丈夫ですよリーナ様。これから僕らがお側にいて守りますし、わからないことはなんでも聞いてくださいよ」
ちょっと不安そうな顔になってしまったのか、歳が近そうなカイルさんが慌てたように励まそうとしてくれる。
笑いかけてくれる顔がもう会えないお兄ちゃんみたいで、泣きたくなった。
「ところで、領城に帰還までお嬢ちゃんをどこに泊めるつもりだ。治療班の天幕に場所作るか」
バックスさんの提案を聞いてハッとした。
そうだ、寝るところも着替えもない!
「ここでいいだろう。場所も空いてるし」
「こんな野郎がいっぱい出入りする指揮所にお嬢ちゃんを置いとけるか」
ブルーノさんの言葉にバックスさんが即座に否定する。
「神殿の天幕に場所を用意して。まだ神の近くにいたほうがいい」
「かしこまりました。すぐにご用意しますね」
アル様の一声で泊まる場所が決まったようだ。
ソラスさんが返事し終えるよりも早くカイルさんが一礼をして出て行った。
カイルさんはよく働く人だねぇ。
テリルさんとヴィクターさんも食事の片付けをし始めた。
ブルーノさんはまだ腕組みをしたまま眉間にシワを寄せている。
「この先の話をしてもいいか」
「そうですね、まず住むところを探さないと」
「それは心配いりませんよ。神殿のほうにお部屋をご用意いたします」
ソラスさんの笑顔の一言で住むところは決まったようだ。
「そのことなんだが、領城のほうにも部屋を用意させる。王都の謁見までに貴族向けのマナーなどを覚えた方がいいだろう。それにこちらの生活にもゆっくりでいいから慣れていただきたい」
「おや、神殿でもそのあたりの教育は手配しますが」
「神殿にずっといるのも崇拝者に囲まれるのも息が詰まるだろう。それにバスフェルドのことも知ってもらいたいのだ」
「隣国からの難民も増えている今、頻繁に移動するのは危険ではありませんか」
「僕がついているから移動は心配ない。リーナにはこの世界に早く馴染んで欲しいし、幸せになってもらわないと困るからどちらでも好きに行き来すればいいだろう」
アル様はそう言ってくれたけど。
領城ってお城よね。
もしかしてヨーロッパのお城みたいに金ピカで絵画に囲まれててキラキラしてたりするのかな。だとしたら、見学はいいけど住むのはなんかちょっとムリ。
「どうだろうリーナ嬢、バスフェルドの城にも部屋を持たないか?古い時代からある城で王城のように華やかな場所ではないが、帰城までに貴女の好むように部屋を設えさせる。好みを教えてくれ」
琥珀色の瞳をじっとこちらに向けてくる。
その圧に抗えるほどの精神力の持ち合わせはないし、いきなり言われてパッと思いつくわけでもない。だいたいどんなものがあるのか分からないし。
「あー、派手じゃなければ。わたしの国ではシンプル壁は白っぽかったり木目が多かったんで。花柄とかわたしには似合わなさそうですし」
「リーナ様はたいへん可愛らしいですから、花柄でもなんでもよくお似合いになると思うのですが」
「では、母上にお願いしておこう。すぐに連絡鳥連絡鳥を飛ばしておく」
そのあとは今後の予定を教えてもらった。
討ちもらした魔獣の探索と浄化が済んでから帰城するから、あと2、3日はかかるらしい。
その間、治療班である神殿の天幕の一画を間借りしてお手伝いしながら、手が空いたときにソラスさん達か負傷して動けない騎士様達からこの世界の常識を教えてもらうことになった。
一人暮らしを始めるはずが、居候(?)になってしまったけれど、新しい生活が予想外の形で始まろうとしていた。
ようやく下書きと合流できそう_:(´ཀ`」 ∠):