第93話
穏便派による少年兵救出作戦は成功した。その情報は大々的に報道されて人々は盛り上がった。
不可能と思われていたプランテーションの攻略。それを為したことで穏便派の求心力が向上した。
過激派もしばらくは身動きが取れなくなると槇原さんは告げていたけど、向こうからすれば穏便派にしてやられた形だ。変な復讐心を募らせないかヒヤヒヤする。
ともあれ後は大人たちの問題だ。俺たちには俺たちの予定がある。
休日を迎えて、俺は大型の施設に足を運んだ。
機械領にいる哀れな少年少女は助けるべき。それが社会の風潮だけど、受け入れ先として設けられた施設は街から隔離されている。何だかんだ機械軍の兵は怖いみたいだ。
受付を済ませて廊下の床を踏み鳴らす。目的の部屋に向かう途中でいくつものドアとすれ違う。
回収した少年兵の数は数百。その全員が俺やミカナのように協力的なわけじゃない。いまだ現実を受け入れられず、プランテーションに戻りたいと口にする者も少数いる。暴れた一部に至っては鉄格子のある部屋に移された。
会いに来た人物は事情聴取に応じていると聞く。俺は足を止めて手甲でドアを小突く。
返事を耳にして取っ手を握った。ドアを右方にスライドさせるなり二つの微笑に出迎えられた。
「久しぶり」
「うん……久しぶり」
どこか気まずいあいさつを交わして足を前に出した。取っ手を引き戻して室内と廊下を一枚のドアで隔てる。
質素な二人部屋。病室にも似た雰囲気だけどマキとリュミに治療の跡はない。
二人はすんなりと投降した。プランテーションを訪れてからは銃のグリップも握っていない。情報提供にも積極的な姿勢が評価されて、休日には限定的ながらも外出を許されている。
「ここでの生活はどうだ?」
「平穏だけど退屈ね。メンタルチェックみたいなテストを何度もやらされるの。めんどくさいったらありゃしない」
マキが小さく嘆息した。リュミが苦々しく口角を上げる。
プランテーションで何度も見た光景を前に口元が緩むのを感じた。
「元気そうで安心したよ」
マキが不満げに目を細めた。
「ちょっと話聞いてた? こう見えて結構げんなりしてんのよ?」
「こう見えてというか、どこから見てもそう見えるぞ」
「何よそれ。まるであたしがいつも不機嫌みたいじゃない」
「自覚なかったのか?」
マキがむっとする。
リュミが小さく吹き出した。
「ちょっとリュミ! 何笑ってんのよっ!」
「だって」
「だってじゃない。悪い子にはこうだっ!」
マキが意地悪気にニヤついてリュミに突撃した。
「ごめんお姉ちゃ、ひゃぁっ!」
わき腹をくすぐられて、リュミがたまらずと言った様子で笑い声を響かせる。
不思議な気分だ。
柿村姉妹のじゃれ合い。ユウヤが健在だった頃に何度も目にしたのに、この見慣れた光景から目が離せない。
何か一つでも選択を間違えていたら、こうして姉妹のじゃれ合いを眺めることは叶わなかった。
もっといい未来があったかもしれない。逆に俺たちが全滅する可能性もあった。
最悪なんていくらでも思い浮かぶ。それらを回避して、俺たちは今ここにいる。
この光景も一つの奇跡。何気ない日常の風景が、とても尊いものに思えてくる。
いや、違うか。
尊いのは確かだけど、奇跡と言うのはきっと違う。これは俺たちが選択し、悩み、行動した末にたどり着いた現実だ。
柿村姉妹が彩る和やかな空間は、覚悟をもって動いた俺とミカナの戦利品。そう考えることにしよう。
「どうしたの急に微笑んだりして。何かちらっと見えた?」
「何でそうなる。昔に戻った気分になっただけだよ」
「そうね。あいつが殉職してからこんなふうにじゃれることってなかったし。何だかんだ気が張ってたのかなぁ」
マキが遠い目をする。
マキは年上だ。ユウヤがいなくなってからは何かと気にかけてくれた。
姉みたいな間柄と言えば聞こえはいいけど、当時の施設内は不安定な空気が流れていた。俺やリュミを守らなければと、無意識に神経をとがらせていたのだろう。
「解代さん、座ったらどうですか?」
「ああ。そうさせてもらうよ」
リュミに勧められて椅子に腰を下ろす。
「街での暮らしはどんな感じ?」
「わりと快適だよ。周囲の視線をうっとうしく思う時はあるけど、慣れればプランテーションよりも快適だ」
「お金はどうしてるの? プランテーションにいた頃の電子通貨は使える?」
「単位が違うからみんな一文無しからだな。俺は槙原さんに貸してもらえたから何とかなったよ」
「今も貸してもらってるの?」
「いや、自分で稼いで生活してる」
「そっか、自立できてるんだ。安心した」
マキが破顔する。
友人にしてはおかしな言い回し。否応なしに察するものがあった。
「マキ。話の続きをしよう」
「続き?」
「ああ。プランテーションでの話だ」
マキの微笑が引っ込む。
部屋の空気が一変した。その場にいなかったリュミが何事かと交互に見やる。
「単刀直入に聞くぞ。ユウヤに俺のことを頼まれてたな?」
マキが視線を逸らす。
横顔に視線を注いでいると細い首が縦に揺れた。
「それ、もうやめにしないか?」
「え?」
マキが顔を上げる。
視線の交差を確認してから口を開いた。
「マキとユウヤの関係は知ってるよ。一種の責任を感じるのも分かる。でもプランテーションにいた頃とは違うんだよ。俺は自立したし、少ないけど友だちもできた。だからさ、マキも自分のために生きてみろよ」
姉として気負うことなく、年相応の少女として。そんな意味合いを言葉に乗せて訴えかける。
あの粗雑な兄とて、言葉でマキを縛る意図はなかったはずだ。俺のことが心配で、だけどマキ以外に頼める相手がいなかった。それだけだったはずなんだ。
このままでは呪いになってしまう。好きな相手の言葉で縛られるなんて、そんな悲しいことはない。
兄を尊敬する弟として、ユウヤの存在がそういう風に扱われるのは許容できない。
「そう、ね。私も、自分のために生きてみようかな」
視線がおもむろに落ちる。
憑き物が落ちたにしては弱々しい表情だ。肩から荷を下ろした人の顔には見えない。
ユウヤの言葉は呪いであると同時に、残酷な現実から目を背けるための術だったのかもしれない。
「そうだ! あの子はどうしてるんですか?」
リュミが思い出したように声を張り上げた。
いつもより声が高い。体の動きもどこか芝居がかって見える。大方しんみりした雰囲気を変えるための演技だろう。
しんみりしたものは俺も苦手だ。意図をくんで口を開いた。
「ツムギは孤児院にいるよ。元気にやってるみたいだ」
全ては人づて。予約しても追い返されるから目の当たりにはしていない。
ツムギはギフテッドだ。将来を期待されている。
機械領にいたことも意図して伏せられている。大人たちも悪いようにはしないだろう。
「引き取らないの?」
「今は無理だな。養子縁組って言うんだが、ニ十歳以上じゃないと許可が下りないらしい」
「何よそれ、じゃあ引き取れないじゃない」
「これでも昔よりは条件が緩和されてるみたいだぞ。それにまだ経済的な余裕もないし、今はこれが最善だよ」
「今はってことは、いつか迎えるつもりなのね」
「いずれはな」
予定はある。
あくまで予定。会えもしない身で本当に養子をとれるかどうかは怪しい。
変な責任感を持つマキのことだ。門前払いをされた旨を伝えれば間違いなく怒る。外出制限を無視して孤児院に突撃しかねない。
少年兵は警戒されている。下手に動くとマキたちの立場が悪くなる。元よりツムギの件は俺とミカナの問題だ。安易に他者を巻き込むのは気が引ける。
もちろん助けが必要ならその時は助けを求める。姉と弟のような関係は解消されたけど友人に違いはない。後ですねられるのは目に見えているし、愚痴くらいは聞いてもらおう。
これも一つの選択。考え、悩み、自分の手で望む未来一歩踏み出す。
できることは少ない。それでも傀儡の身で積み重ねて奇跡のような今が在る。似たことをもう一つ為すくらいどうとでもなるはずだ。
安全が保証されたこの地には、時間なんていくらでもあるのだから。
キリがいいのでこの話で完結とします。
読んでくださってありがとうございました。