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第92話


 相手はトリガーに指を掛けていた。マキの飛び出しを見てからでは発砲の中断は間に合わない。


「ぎゃっ⁉」


 続く発砲音が友人の命を奪うはずだった。


 俺の予想に反して、乾いた発砲音が響き渡ったのは後方だった。硬質な音が鳴り響いて元同僚の手から銃器が弾け飛ぶ。苦悶くもんの声に遅れてハンドガンがカラカラと音を立てて遠ざかる。


 理解が追いつかない。


 悲鳴の源はマキじゃない。守るように腕を広げた幼馴染は健在だ。銃口を向けていた少女の方が地面にうずくまっている。


 靴音が迫る。


 大人でも俺でもない。先程までいなかったはずの第三者だ。


「ジンくん大丈夫⁉ 怪我してない?」


 端正な顔立ちが不安の色に染まっている。


 俺は安心させるべく口角を上げた。


「怪我はないよ。それよりどうしてミカナがここにいるんだ?」

「南の方の説得が終わったから様子を見に来たの」

「もう終わったのか。早いな」


 思わず目をしばたかせる。


 俺はまだ終わっていない。マキと口論したあげく奇襲される始末だ。


 その間に、ミカナは南部隊舎でやるべきことを終えたことになる。


 信じがたい遂行速度だ。俺とミカナのコミュ力差はカメとウサギレベルだというのか。


 ミカナが力強くうなずいた。


「うん。南部隊舎は元々私が身を置いていた所だからね。みんな落ち着いて話を聞いてくれたよ」

「ミカナはすごいな。俺はまだ終わってないよ。一応ここは俺がいた隊舎なんだけどな」

「え? あ」


 ミカナがハッとして慌てた。


「ご、ごめん! そういう話じゃなくて!」

「気にしてないよ。それより、ミカナが来た効果が早速表れたみたいだ」


 隊舎の方に視線を振る。


「あれ、玖城さんじゃん」

「ほんとだ。解代の話本当なのかな」


 建物の方も賑やかさを帯びていた。窓の向こう側で元同僚が口を開いている。


 俺は孤立していた上に不本意な異名で恐れられていた。


 ミカナは違う。脱柵前から周りには人がいた。元同僚からしても俺より親しみやすい相手だろう。


 しかしミカナも脱柵した点は変わらない。発砲が行われて、名も知らぬ少女が手を抑えてうずくまっている。隊舎にいる元同僚がどう考えるかは明白だ。


「解代くん。もうあまり時間がないぞ!」


 振り向いて槙原さんと視線を交差させる。


「時間って?」


 いつの間にかツリ目がちの少女が近くにいた。着崩れのない制服と、肩の辺りできっちりと揃えられた髪が几帳面な性格をうかがわせる。


「南木ユリさん。私のお友だちだよ」


 ミカナが簡潔に紹介してくれた。


「南木さんだな、俺は解代。今回の作戦にはタイムリミットがある。ドームが機能を取り戻す前に事を済ませたい」

「ああ、そういうこと。それなら大丈夫よ」


 大丈夫の意味を問おうとした刹那。プランテーション内に響き渡っていた警報が鳴り止んだ。


 南木さんが耳元に右手を当てる。


「……分かったわ。伝えておく」


 イヤホン型デバイスを通して誰かと話しているらしい。彼女の手が耳元を離れて再び俺とミカナに向き直る。


「別動隊が中央監視塔の制圧に成功したわ。設備をあらかた壊したからドームの機能は戻らないはずよ」


 南木なる少女が肩をすくめる。


 破壊工作が成功したのにこの態度。あらかたが示す度合いは俺たちの想像とかけ離れていそうだ。


「そっか。さすが佐上さん」


 ミカナが嬉しそうに口角を上げる。


 知り合いと推察するに余りあるが、今は話を聞くより大事なことがある。


 俺は拡声器のスイッチを切って振り返る。


「槙原さん! 南部基地の別動隊が、ドームを制御する監視塔を制圧したみたいです!」

「それは本当なのか?」


 返ってきた声が不安で揺れる。


 アラームこそ鳴り止んだものの今だ敵地。本当にドームの無力化に成功したかどうかも分からない。


 部下を持つ身としては、うかつに話を呑み込むわけにもいかないのだろう。


「ねえ、あの人たちに話しかけて大丈夫なの?」

「ああ」


 皆木さんがバッと身をひるがえして右まゆに手刀を当てた。


「お初にお目にかかります。プランテーション南方軍、自動車化歩兵大隊、第五中隊副隊長の南木ユリです。玖城さんからお話をうかがい、何かお手伝いができればと思ってこの場に参じた次第です」


 見かけに違わず、張り上げられた声は凛としている。


 槙原さんが軍用車両の陰から体を出した。


「丁寧にありがとう。回収班の班長を務める槙原だ。先程の話は本当かい?」

「本当です。必要でしたら別動隊の指揮官とつなぎますが」

「では少し話をさせてもらえるかい?」

「了解しました」


 南木さんと槙原さんのやり取りをしり目にきびすを返す。


 マキとミカナが視線を交差させていた。


「久しぶり、玖城さん」

「うん、久しぶり。今は柿村さんが主席なんだね」

「短い一位だったけどね」


 マキが肩をすくめる。


 人類領に移住すれば二度とプランテーションには戻れない。


 ファースト・マントはプランテーション内での格付け道具だ。場が変われば何の意味も持たない。


 落胆の表情は一瞬。マキの顔が真剣味を帯びる。


「姉みたいな立場にいる者として礼を言わせてください。ジンを救ってくれて、ありがとう」


 マキが頭を下げる。 


 ミカナが目をぱちくりさせた。桃色の口元がふっと緩む。


「二人の間に何があったかは大体知ってる。でも私の好きなジンくんを形作ったのはユウヤさんだけじゃないと思うの。柿村さんの影響も大きいんじゃないかな」


 説得役を引き受けないと意思表示することもできた。マキたちの事情を考慮せず、プランテーションにおもむかない選択肢があった。


 でもそうしなかった。奇襲のリスクを呑み込んで、こうして元同僚たちを助けに来た。


 その判断をするに至った人格の形成には、少なからずマキたちの影響もある。それは疑いようのない事実だ。


「だからお互い様だよ。ジンくんの友達でいてくれてありがとう」


 マキが目を見開く。


 手で目元を隠してうつむいた。


「そんな、やめてよ。あたし、そん、な……」


 ミカナがそっと抱擁する。


 すすり泣く声に混じって靴音が迫った。


「解代くん、今いいかい?」

「はい」


 駆け足で槇原さんとの距離を詰める。


 方針変更の旨が伝えられた。


 ドームの無力化が確認されたことで時間制限はなくなった。


 その一方で、いつ機械軍の増援が駆け付けるか分からない。



 銃口を向けた少年兵を確認したことで説得は困難と判断された。大々的に投降を呼びかけて、それでも武器を手に取る者は電撃銃で無力化する運びとなった。


 槇原さんが拡声器で呼びかけたのち、シールドを持った人員が隊舎に踏み入る。


 乾いた破裂音が耳に入ったものの制圧は速やかに行われた。


 東と西の隊舎にも移動して同じことを繰り返す。


 プランテーションでは、別基地の人員と協力して作戦に当たることもある。


 ミカナや南木さんは東西の基地でも知られる存在だったらしい。二人の言葉は元同僚たちによく浸透した。めったに見る機会のない大人が後方に控えていたのも心理的に大きかったようだ。


 回収作戦は滞りなく行われて、俺たちはプランテーションを後にした。


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