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第89話 これチョコじゃないか!


 俺とミカナは説得役で動員された。


 発砲することは想定されていないけど、俺たちは少々特殊な身の上だ。


 特に俺は元同胞を撃って人類領に逃げ込んだ。仲間が射殺されたことは少年兵の間で知れ渡っているはずだ。


 彼らは、自分たちがいまだ人類領にいると勘違いしている。俺たちが機械側に寝返ったと勘違いしたまま、銃のトリガーに指をかける可能性は否定できない。


 そうなると説得は失敗だ。銃撃戦に発展すれば鎮圧には時間がかかる。ドーム機能の修復や過激派参戦のリミットもある。撃ち合いになった時点で、実質少年兵の皆殺しが確定する。


 俺たちの肩には大勢の命が乗っかっている。


 連中の命なんてどうでもいいと思っていたのに、いざ説得の役割を担ってみるとプレッシャーで息が詰まる。


 何を話そうか。


 どうやって説得しようか。


 軍用車に揺られても浮かばない。


 プランテーション内の軍用施設は一つじゃない。ミカナと二人で一つ一つ回っていては時間がかかる。


 説得はそれぞれ別に行う。ミカナがそばにいない前提で俺の話を聞いてくれるだろうか。


「ねえ、解代の友だちってどんなの?」


 梓沢が棒状の菓子を口に放り込んだ。サクサクした音が日常を感じさせてどっと力が抜ける。


「お前はこんな時でも変わらないな」

「俺は俺だからね。で?」


 俺は窓に視線を振る。


 視界内の大部分が緑に染め上げられている。


 いまだに名前すら分からない樹木ばかりだけど、プランテーションから逃げる途中で散々視界に収めたからまぶたの裏に焼きついている。


 刻々とその時が近付いている。

  

 比例して、左胸の奧から伝わる鼓動がその速さと強さを増していく。


「ねー無視しないでよ」


 頬を突かれた。ぬちゃっとした感触を得て横目を振る。


「人の頬を菓子で突くな……ってうわっ⁉ これチョコじゃないか!」

「当たりー」

「当たりじゃない! 食べ物で遊ぶなって習わなかったのか⁉」

「大人が教えてくれたのは、俺が戦う道に進むべきだってことくらいだよ」

「急に突っ込みづらい話題挙げやがって」


 ウェットティッシュを引き抜いてほおに押し付ける。

 

 チョコを拭き取り終えるなりため息が口を突いた。


「俺にもお前の能天気さを分けてもらいたいよ」

「そっか。そんで話を戻すけど、プランテーションにいる友だちがはどんなやつ?」

「察しろよ! いないよ友だちなんて!」


 少しばかり声色が荒くなった。視界内に映る人影の何人かに視線を向けられて、俺は小さく会釈する。


 次いで梓沢に抗議の視線を向けたものの、チョコの使い手は悪びれた様子もなく無表情で菓子をカリカリ言わせた。


「そっか。じゃあ友だち作るチャンスだね」

「どこら辺がチャンスなんだよ」

「だって、救出したら解代が救ったことになるじゃん。英雄だよ、絶対人気者になれる」

「そんなわけないだろ」

「何で?」

「何でもだよ」


 そっぽを向く。


 会話が途切れた。軍用車両の走行音だけが静寂をかき乱す。


 日光を照射されているような圧力に負けて横目を振った。


「何だよ」

「思ったより乗り気じゃないなーと思って」

「逆に何でお前はそんなに乗り気なんだよ。関係ないだろ」

「関係はないけど興味はある」

「また場をかき回さないだろうな?」


 模擬線前の出来事は水に流したけど、ミカナと再会した時に茶々を入れられたことは忘れていない。


 また予想の斜め上な行動をされてはたまらない。厳重に口止めしておかなければ。


「今回は笑いごとじゃすまないんだ。つつしんでくれよ」

「もしかしてフリ?」

「慎め」

「分かってるって。今の俺はナイトだから」

「そうか。分かってるならいい」


 精神集中すべくまぶたを閉じて梓沢を視界から消す。


「……ん?」


 違和感が噴き上がって再度目を開けた。


「何て言った、ナイト?」

「騎士って意味らしいよ」

「知ってる。それ自称だったらかなり痛いぞ」

「自称じゃないよ。名付け親はお姫様」

「お姫様って、もしかしてミカナのことか?」


 そういえば梓沢はミカナのことをプリンセスと呼んでいたっけ。


 梓沢が俺の問いかけを受けて首を縦に振った。


「うん。この前言われたんだよ。解代がプリンスで玖城さんがプリンセスなら俺はナイトだねって」

「それ聞いてどう思った?」

「なるほどなぁって思った」

「それ絶対冗談だからな」


 もしくは梓沢を恥じらわせることで、以降のプリンセス呼びを抑止しようとしたかだ。


 俺の知るミカナは素面しらふでお姫様を自称するタイプじゃない。発言した際には少なからず羞恥を覚えたことだろう。


 それだけに、梓沢本人には通じていない事実が涙を誘う。


「そろそろ着くぞ」


 軍人からの声掛けを受けて気を引きしめる。


 体に掛かる慣性がグッと弱まった。車両が速度を落として木々にまぎれる。


 緩やかに進む先には草原が広がっている。見晴らしのいい前方には巨大なドームが鎮座している。


 プランテーションにいた当時は、外敵から俺たちを守ってくれる絶対の防壁だった。


 外の様子が見えないことに疎ましさを覚えはしたものの、中から見た存在感と頼もしさは今も記憶に新しい。


 槙原さんからドームの攻撃性を聞いた後では、魔物が潜むパンドラの箱に映る。


 認証登録されていない者が不用意に近づくと、ドームのハッチが開いて砲弾の雨や毒ガスが散布される。


 ならばと航空機に頼れば地対空ミサイルに撃墜される。穴を掘るにもサーモ技術を突破できず、その迎撃能力に軍は長らく苦しめられてきた。


 ならば戦車で遠くからと行きたいところだけど、人の手が入らない自然が織りなす地形は劣悪だ。そこに獣を模した無人ロボットが土地開発して、重量のある戦車の走行を困難にしている。


 試行錯誤の末に、工作員を送り込む作戦が立案されたのは必然だったのだろう。名前は確か高坂瑞樹さんだったか。会った時にはミカナのことも含めてお礼を言わないと。


 体に掛かる慣性が止まった。


 所定時刻に、友好的な人工知能がバックドアを通してクラッキングを行う。ドームの迎撃機能を無力化するなりドーム内へと突入する手はずだ。


 息をのむ音が聞こえる。


 息をひそめる大人たちが、緊張した面持ちでドームを眺めている。


 ドームの無力化は成功するか否か。


 仮に成功しても、次は内部の少年兵を説得しなければならない。


 その重要な役割を担ったのは、いまいち信用に欠ける俺たち。軍人たちも気が気じゃないだろう。


 心臓がリズムカルに鼓動する。空気が凝固したみたいに呼吸が乱れる。


 こういう時に限って梓沢はドームに夢中だ。どこまでもマイペースな在り方には見習うべきものがある。


 ドームの表面に変化があった。低い位置のハッチがおもむろに開き、何かをまき散らすこともなく閉じる。


「……成功だ」


 指揮官の言葉に周囲の意識が殺到した。


「ドームの無力化に成功した! 総員突撃!」

「っしゃあ!」


 大音量の歓声が続いた。


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