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第88話 後悔


 もし自分の身に何かがあったら、その時はジンを頼む。すごく真剣な表情でそう告げられた。


 その時は軽い調子で了承した。ユウヤが冗談を言うのはいつものことだし、今回もその類だと思い込んでいた。ユウヤも「何言ってんだろうな俺」と軽く笑い飛ばしたから深くは考えなかった。


 ユウヤはその翌日に殉職した。味方をかばって頭を撃ち抜かれたらしい。


 人の中には、自らの死期を悟れる者がいたという。


 ユウヤもそれができる類だったのだろうか。問いかけたくても叶わない。別の世界に行ってしまった。リュミやジンの前では気丈に振舞ったけど、誰もいない所では大声で泣きわめいてしまった。


 ユウヤがいなくなって、施設の空気はがらりと変わった。


 簡単に言えば、施設内の治安が悪くなった。


 ユウヤの同好会は、ある意味乱暴な連中を隔離し、更生させる場として機能していた。


 言葉の分からない獣を抑えられるのは、しつけをできるだけの力が要る。ユウヤ亡き状態では、まとめ上げられる者はいなかった。


 一人の男子を対象にしたいじめが始まった。


 ユウヤの頭蓋をつらぬいた弾は、元々別の同僚を狙った物だったらしい。


 ふざけんなと思った。


 隊列を乱さない訓練は、これまで何度も行われてきた。意味があるからこそ何度も繰り返されてきた。


 それを破ったあげくユウヤの死を誘発したんだ。胸の奥から込み上げる激情は噴水のように理性の蓋を突き上げた。


 でも寸でのところで行動に移さずに済んだ。


 妹やジンの目があるし、同僚への復讐をユウヤが望むとは思えなかった。どちらかが欠けていたら、あたしも他の同僚に加わって罵声を吐いていたかもしれない。


 いじめられている対象は、ユウヤの同好会に参加していた男子だ。あいつが集団でなじる光景を目の当たりにしたら、人混みに突っ込んで仲良くしろー! と全員殴り飛ばしたに違いない。


 分かってはいた。


 それでも制止する気にはなれなかった。


 これはあたしだけの問題じゃない。関われば間違いなくリュミやジンも巻き込まれる。


 妹はもちろんジンのこともユウヤから頼まれている。うかつな行動はできない。


 悩んだ末に傍観者に甘んじた。


 そんなあたしの葛藤なんて知る由もなく、ジンがいじめの制止に踏み出した。集団の前に躍り出て力ずくでもやめさせようとしていた。


 まずいと思って忠告したけど聞き入れてもらえなかった。こんなことユウヤが望むはずない。だから止めると、そう言い切られた。


 あたしだって分かってる。だから散々思い悩んで、手の届く範囲だけは守ろうと結論を出した。


 今さらそんな正論を突きつけられても困る。あたしにはリュミもいるんだ。リスクだらけの行為には加担できない。言葉で突き放して、その反動で考えを変えてくれることを祈るしかなかった。


 後日いじめの被害者が自殺した。


 それを機に、自殺に追い込んだ犯人はジンといううわさが広まった。


 冤罪だ。


 ジンが体を貼っていじめを止めようとしたことは多くの同僚が目撃している。デマを流した本人も知っているはずの事実だ。


 事実に反して誰も否を告げない。次のいじめの標的にされるのが怖いからだ。形は違えどあたしの懸念は当たった。


 だから言ったのに。言っても始まらないけど言いたくもなる。


 なった以上は仕方ない。ジンを助けるためにできることを考えた。


 いじめグループは見越していたのだろう。あたしたちの周辺に見張りがついた。否応なしに以前の出来事が脳裏に浮かんで足がすくんだ。


 ジンは懲罰房行きになった。


 くちびるを噛んだ。破けて血が出るくらいに噛みしめた。


 ユウヤに頼まれていたのにジンを止められなかった。肉親の面倒を見れなかったことを涙ながらに懺悔ざんげした。


 人死にが出たんだ。収容期間は一週間やそこらでは済まない。


 下手すると一生――そんなあたしの予想に反して、ジンはすぐに釈放された。


 誰かが手紙で冤罪を訴えてくれたらしい。手紙を出しそうな人物に心当たりがあるのは一人だけだ。

 

 でもあたしやリュミには監視がついていた。上官に告発文を届けることすらできなかった。


 あたしは名も知らない誰かに嫉妬した。


 それ以上に感謝の念を捧げた。本来あたしがやるべきことをやってくれた。


 これでまた元通りに戻れる。


 そう期待したあたしが浅はかだった。リュミがジンにあいさつしたら無視されたと泣きついてきた。


 嫌われたと嘆くリュミをよそに察した。ジンは、あたしたちを巻き込まないためにそうしたんだって。ジンはいじめっ子連中に目をつけられている。下手に近づくと何をされるか分かったものじゃない。


 ジンを守れなかったどころか、逆に守られる。情けなくて別の意味で涙が出た。


 だから玖城さんと恋仲になった時は素直に祝福できた。


 人のことばかり考えて不幸になったジンが、ようやく自分の幸せをつかんだ。リュミには悪いけど、二人を祝う以外の選択肢なかった。


 その二人が脱柵した時はさすがに戸惑った。


 脱柵は重罪だ。発覚するなり追っ手が差し向けられて処分される。そんなことは二人だって知っていたはずだ。


 ジンも玖城さんもバカじゃない。それを踏まえてプランテーションを出た以上は、何かしらの事情があったと考えるのが筋だ。


 今度こそ守ってみせる。意気込んで追っ手として出動した。場合によっては同僚を撃ってでも二人を守る。その覚悟をして軍用車に乗り込んだ。


 幸か不幸か、二人は見つからなかった。


 逃げ延びたことを祈っていると妙なうわさを耳にした。脱柵した二人を追跡する途中、無人兵器にさらわれかけた同僚がいたという。


 子供の頃流行したうわさ話が脳裏をよぎった。


 リュミから聞いた話だ。罰則を受けたリュミとジンが、獣を模した機械に襲われた。


 機械軍が工作のために送り込んだという話だけど、よくよく考えるとおかしな話だ。


 懲罰としておもむかされるのは未開の地。いずれも少人数での行動を命じられる。


 誘拐するにはうってつけのシチュエーションだ。野生動物が住み着いても不自然じゃないし、助けが向かうにも時間がかかる。

 

 でも懲罰による未開地探索なんてめったに行われない。獲物となる少年兵が立ち入るまで無人兵器は待機しなければならない。


 スリープ状態でもエネルギーは消費される。下手をすれば、何の成果もあげられないままエネルギー補給すべく帰還する羽目になる。資源が貴重な今の時代でそんな間抜けな真似をするだろうか。


 そこで推論を立てた。


 獣を模した機械も、誤作動とみなされた無人兵器も、何かしらの線引きをして捕獲対象を定めたとする。


 懲罰を受けるのは素行の悪い少年少女。さらわれかけた同僚も素行と成績の悪い者ばかりだった。


 間引き。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。


 あまりにも非人道的だ。実行犯が人間じゃないと思いたい。


 そこまで考えてようやく腑に落ちた。


 思い返せばあたしたちの周りには大人が少なすぎる。生きてきた環境やこれまでの出来事を踏まえると、あたしの推測は奇妙なほどつじつまが合う。


 ジンたちは一足早く勘づいたのだろうか。あたしたちに未来がないと知って、一か八か脱柵に踏み切ったんだろうか。


 置いてけぼりをくらった? その事実に悲しさを覚えたのは数秒。すぐに納得した。


 だってあたしたちは何もしてあげてない。一番苦しい時にそばで支えてあげられなかった。


 その他の同僚に至ってはジンを冷遇した連中だ。誰一人として置いて行かれたことを責める資格はない。モルモットみたいに、機械にもてあそばれて一生を終えるのがふさわしい。


 けれど、もし。


 仮にジンがあたしたちを助けに来たら、あたしはどうすればいいんだろう。


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