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第87話 なんだこれ⁉


 リュミの様子がおかしくなった。


 明らかに元気がなくなって、よく物を無くすようになった。以前から物忘れする子だったけど、全身砂だらけで戻ってきた時はさすがにおかしいと思って問い詰めた。


 何でもない。気にしないで。


 そんな言葉で丸め込まれるほど付き合いは短くない。ブラフをかけたらリュミはあっさりと引っ掛かった。


 妹はいじめられていた。原因なんて調べるまでもない。様子がおかしくなった時期と重なる要因に心当たりがあった。


 あたしは水面下で動いた。これ以上相手を刺激しないようにユウヤとは距離を置いて、リュミをいじめている連中が尻尾を出す機会をうかがった。


 そいつらの犯行の現場を押さえた。


 あたしの妹をなぶっていたのは、以前ユウヤをいいなと話していた女子グループだった。


 あたしはいじめをやめてほしいと頼み込んだ。


 普段のあたしなら声を荒げてやめろと制止しただろう。彼女らに対する後ろめたさが気の強さに蓋をしていた。


 弱味を悟られたのか、いじめっ子が顔をニタニタさせた。


 いじめは駄目。正義はあたしにあるはずなのに、連中は反省の色を見せなかった。それどころかいじめをやめてほしければユウヤと別れろと要求してきた。


 ユウヤと別れるだけならまだいい。どうせ向こうも損得で築き上げた関係だ。恋人関係を築いても特段いいことはなかったし、こんなものかと悟った今執着する理由もない。


 だけど悔しかった。自分たちの恋が実らなかったからって、関係ない妹に当たる奴らの言いなりになるのが口惜しかった。

 

 奥歯を噛みしめて情動に耐えているとユウヤが通りかかった。いつも通りなの~~んとした声色を耳にして、緊迫した場の空気がふっと緩むのを感じた。


 ユウヤの問いかけを受けて事情を説明するといじめっ子たちが息を呑んだ。


 人の恋路を口にするのは気が引けたけど、 リュミが巻き込まれたら四の五の言ってはいられない。あたしが知っていることを洗いざらいぶちまけた。


 きっとユウヤなら何とかしてくれる。


 そんな信頼とは裏腹に、ユウヤが照れくさげに笑った。俺ってモテんだなーとのんきなことを告げられて面食らった。はあっ⁉ と声を張り上げたあたしをまーまーまーとなだめる始末だ。


 浜辺から去る波のように心から熱が引くのを感じた。あたしたちの味方をしてくれると思ってたのに、ひどく裏切られた気分だった。


 どうしてあたしの味方をしてくれないの?


 落胆した刹那、ユウヤが優しい声色で言葉を紡いだ。


 婚約した訳じゃないんだからまだチャンスがある。一時期の嫉妬で心証を損ねるのはもったいないと思わないか? そんなことを告げた。


 ユウヤでもそんなこと言うんだ。刹那的に思ったものの、くすぶっているあたしには綺麗ごとにしか聞こえなかった。

 

 ユウヤたちの間で話がついて、いじめっ子があたしの前で頭を下げた。


 あたしは納得いかなくて廊下に出た。あいつらが謝ったのはユウヤに媚びを売りたいからだ。そうじゃなきゃユウヤが現れてから態度を一変させるものか。


 ユウヤやいじめっ子に対する憤りと、ユウヤなしにはリュミを守れなかった自分に対する情けなさで視界が滲んだ。


 手首に感触を得て、後方へ流れる視界が急停止した。


 ユウヤの顔を前にして、胸の奥でせき止めていたものが噴き出した。


 もっと早く来てほしかった。あいつらを非難してほしかった。どうして味方してくれなかったのと荒い声をぶつけた。


 ユウヤは気まずそうに頭をかいて、あたしの身を案じた旨を口にした。


 下手に言いくるめると復讐心をあおる。その対象に選ばれるのはあたしやリュミである可能性が濃厚だ。リュミをいじめたあいつらには苛立ちもあるけど、二人が疎まれないようにしたかったと。


 あたしたちの身を案じてくれたことを知って、耳たぶがお風呂でのぼせたみたいに熱を帯びた。

 

 胸の鼓動が不意に高鳴った。いつものニカッとした笑みを前にどうしようもなく息が詰まって反射的に身をひるがえした。


 なんだこれ⁉ なんだこれ⁉ 心の中の問いかけに答えてくれる声もなく、情動がもたらすエネルギーを全力疾走で浪費した。

 

 その日以降はユウヤとぎくしゃくした。ボディタッチなんて気にしたこともなかったのに、不意に触れられると変な声が出た。


 食も細くなってリュミやジンに心配される始末。避けられてると感じたユウヤと口喧嘩したり、割と散々なことになった。


 それでも何だかんだなるようになるもので、ユウヤとの関係は一度大喧嘩したのを機にすっきりした。


 後日初めて口付けを交わして、よく分からないけど収まる形に収まった。

 

 これからもきっと、こんな賑やかで楽しい日々が続いていく。


 ユウヤに頼みごとをされたのは、そう確信していた頃だった。


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