第84話
「何でいるんだ? お前の部屋はここじゃないだろ」
「今日からここだよ。管理人にも話を通してある」
「何で?」
「ほとんど話さないやつと一緒にいたってつまんないじゃん」
なるほどそれは道理だ。
ハッとしてかぶりを振った。
「待て、俺は聞いてない」
「言ってないもん」
「お家へお帰り」
「まるでペットに指示出してるみたいだね」
「帰れ」
梓沢が漫画のページから視線を外してくちびるを尖らせた。
「いいじゃん、富山で手を貸してあげたじゃん。あ、耳か。耳貸してあげたじゃん」
それを言われると弱い。
行軍訓練を抜け出せたのも、ミカナの位置を特定できたのも梓沢の協力があってこそだ。恩義もしっかりと感じている。
しかし、しかしだ。
俺は梓沢の付近を視線でなぞる。
早速物が床に転がっている。
そう遠くない未来、漫画や服が散乱する図が容易に想像できる。しきりを越えて俺のスペースに紛れ込むのも時間の問題だ。
何かの機会でミカナが訪問することもあり得る。人類領に過ごす内にたるんだとは思われたくない。
恩義とデメリットを秤にかける。
「……ハウス」
「やたら一人にこだわるね。プリンセスと同室するプランでもあった?」
「そんなものはない」
ルームメイトになった経験はあるけど、それを教える義理はない。どうせ面白おかしくいじられるに決まってる。
「この前男子が女子寮に忍び込んでね、謹慎くらってた」
「何で今それを言った? 一緒にするな」
「違うの?」
「違う」
「でも普通の関係じゃないよね? あれだけ熱烈に抱きしめ合ってたんだし」
「そういうの興味あるのか? 意外だな」
「意外ではないでしょ。玖城さん可愛いじゃん。男なら気になるって」
胸中でもやもやしたものが渦を巻く。
放っておくと梓沢がミカナにアプローチをかけるかもしれない。相手は恩人だけど、それとこれとは話が別だ。
これは近くで見張るチャンスなのでは?
梓沢がルームメイトになる話がとても魅力的に思えてきた。
「……ミカナの彼氏の解代ジンです。よろしく」
「前半要る? というか、もっと嬉しそうな顔してよ」
「できん」
「そうそう、近いうちにあの軍人さん来るってさ」
「槙原さんのことか?」
「たぶんそっち。何でも、富山を攻められた報復をしようって話が出てるらしいよ。知らんけど」
「知らんのか」
「だって興味ないし。うわさだし」
「でも部屋に来るんだろう?」
「うん。その時にまた話そうよ。今は眠い」
梓沢があくびをしてぐったりする。
間もなく寝息が聞こえてきた。
「すごいな、まだ一分も経ってないぞ」
自分から話を振っておいてマイペースなやつだ。ルームメイトとして接する内に慣れるだろうか。
呆れ混じりに嘆息してチェアの向きを戻す。
連れて行かれたミカナは大丈夫だろうか。あの性悪なクラスメイトたちと仲良くやれているだろうか。
ツムギのことを、ミカナにどう説明しようか。
考えることは山積み。あれこれ思考をめぐらせる間に日が沈んだ。