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第82話


 小野木二等兵と合流地点に足を運んだ。


 開けた場所は軍用ヘリや車両で飾られていた。戦闘服を身にまとう人影が散在して物々しい雰囲気に満ちている。


 小野木さんを先頭にして合流した。俺やミカナに疎みの視線を向けられるかヒヤヒヤしたけど、彼らは温かい笑顔で迎えてくれた。


 軍人から指示を受けて他の避難者と車両に乗り込んだ。ドアが閉められるなり窓の向こう側に映る景観が後方へ流れる。


 慣性に揺られる間はミカナとの雑談に励んだ。ミカナが助かった経緯や富山陸軍病院での扱いを耳にして、内心ほっと胸をなで下ろした。


 途中眠気に襲われて、気がつくとミカナの肩に頭部の重みを預けていた。優し気な笑みに「おはよう」を告げられて耳たぶがお風呂でのぼせたように熱を帯びた。


 新潟県に戻った後日。富山の死守に成功した旨が報道された。


 梓沢の活躍はもちろんのこと。名前を伏せた上で俺やミカナが協力したこともニュースとして広められた。


 ミカナは新潟市の病院に入院した。


 ただの検査入院だ。元々大した怪我はしていない。


 三日で退院が決まったその三日後。俺は病院へと足を運んだ。エントランスを経てエレベーターの突き上げる慣性に身を任せる。


 チンと間抜けな音が鳴り響いた。眼前の板が左右に退いて廊下の光景をのぞかせる。


 清潔感のある床に靴裏をつけた。がらんとした廊下を早足で突き進み、壁を飾るプレートに記された文字を視線でなぞる。


 玖城ミカナの文字を見つけて足を止めた。手の甲でスライド式のドアを三回小突く。


「どうぞ」


 鈴を鳴らしたような声を耳にして重めのドアをスライドさせる。


 私服姿のミカナがチェアに腰かけていた。テーブルの上には荷物。ミカナが検査入院する前に俺が購入して用意した物だ。


「元気そうでよかった」

「元々体に異常はなかったからね」


 ミカナが新潟でも入院する羽目になったのは、富山陸軍病院が襲撃を受けたことでデータの共有が難しくなったためだ。


 ミカナは健康体そのもの。今日から俺の日常に彩りが戻る。


「荷物持つよ」

「ありがとう」


 大きめのバッグを持ち上げて廊下に出た。再度エレベーターによる慣性を受けてエントランスの床を踏みつける。


 自動ドアの隙間に足を差し入れて蒼穹の下に出た。ミカナが軽く両腕を広げてすぅーっと胸を膨らませる。


 桃色のくちびるが弧を描いた。


「やっぱり外は気持ちがいいね」

「窓は開けてたんだろう?」

「開けてたけど、やっぱり体全体で感じるのとは違うよ」


 デリバリーロボットに荷物を預けて、パネルに寮の住所を入力した。


 待機させておいた自動運転タクシーに歩み寄り、助手席側のドアを開け放ってミカナに着席を勧める。


 苦笑いとお礼の言葉を耳にしつつ車体を回り込んだ。運転席側にも外の空気を入れてチェアに腰を下ろす。


 人工知能に寮の住所を告げた数秒後。アナウンスに遅れて背中が背もたれに押しつけられる。


 土曜日の午前中。出歩く時間は有り余っている。この日は二人で街を歩くことに決めていた。


「人の住む街ってこうなってるんだね!」


 ミカナが窓の向こう側を見て口角を上げる。


 後方に流れる景色は、先鋭的な見た目の建物で構成されている。ミカナにとって目新しい建物ばかりだろう。


 病院は街から離れていて自然が多めだった。富山にいた頃も病院内に缶詰めだったと聞く。俺が駆け付けた時には街の景観がボロボロになっていたし、ミカナが見た街も似たような状況だったに違いない。


 俺が驚いたところで驚き、感心したところで感心する。


 親近感にほっとしたかと思いきや、俺とは違ったところに気付いて共有する。プランテーションではめったになかったやり取りが新鮮だ。口元が緩む一方で、この場にツムギがいないことに一抹の寂しさを禁じ得ない。


 体にかかる慣性が止まった。俺の電子マネーで決済してコンクリートの地面を踏みしめる。


 正面に映る建物に向けて歩みを進めた。薄暗い空間を突っ切ってカウンターで電子チケットを購入する。


 ドリンクを購入して館内に持ち運び、シアターチェアに体重を預ける。


「この映画ってどういう内容なの?」

「ちらっと確認した限りじゃ恋愛物だったかな」


 プランテーションにも映画や漫画はあったけど内容に偏りがあった。


 大まかに分かれてガンアクションと恋愛。子供に銃を握らせるプランテーションにおいて、それらを推進する二つのジャンルは機械に都合がよかったのだろう。


 大画面のスクリーンに物語が映し出された。おしゃれな街を背景に二人の男女が歩みを進める。


 銃や爆弾といった物騒な物は見られない。登場人物の喜怒哀楽がストーリーを飾り付けて観客の視線と意識を釘付けにする。


 自分たちもこういった時間を送れるのだろうか。殺意や憎悪のない陽だまりの中を歩んでいけるのだろうか。


 手の甲に何かが当たる。


 やわらかい感触と温かさを得て視線を振ると、スクリーンを凝視するミカナの横顔がある。


 声はかけず指を広げた。暗闇に紛れてそっと指と指を絡め合う。


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