第80話 再会
「急いで!」
アサルトライフルのトリガーを引き絞る。
予想よりも早く後退できている。
患者の大半は軍関係者。動けない人の運び方も熟知しているのは大きい。
それ以上に、敵の質がそれほど高くないことに救われている。
機械軍の敵は人間。搭載される弾に鉄を貫ける威力はいらない。
弾は安価で大量生産できるタイプだ。樹木や建物の外壁で簡単に止まる。遮蔽物を使えるのは大きい。
それだって限度がある。遮蔽物が少ないスペースでは体をさらすリスクを冒さなくちゃいけない。
弾がピュン! とすれ違った。胸の奥をわしづかみされたような感覚に息が詰まる。
数少ない樹木に背をつけて射線から逃れた。背後で樹皮の弾け飛ぶ音が鼓膜を震わせる。
視線が重力に引かれてふくらはぎに落ちる。
私の体には最新鋭の医療が施された。ズボンのすそをひざまで上げても傷は見られない。
でも心に負った傷は残っている。
水を沸かせるんじゃないかと思うほどの熱。
吹雪の中を濡れた体で歩くような悪寒。
思い通りに動いてくれない体に、押し付けられたハンカチを真っ赤に染め上げた流血。
思い出して嫌な汗が額を流れ落ちる。
あの時は高坂さんが助けてくれた。
今あの人はこの場にいない。
今回の敵は全て無人兵器。スパイや工作員が紛れ込んでいる可能性は皆無だ。
動けなくなったら死ぬ。フラッシュバックした死への恐怖が左胸の奧から伝わる鼓動を速める。
グリップを強く握りしめて、手の震えを抑え込もうと試みる。
「玖城さん!」
張り上げられた声を耳にして木陰から飛び出す。
すぐそばで破砕音が鳴り響いた。雨のごとく降り落ちる木っ端に頭頂を小突かれる。
後方で重力に引かれた幹が地面を震わせる。
遮蔽物を砕いたのは大口径の弾。大きな弾の主がガシャンと軽快な音を発する。
一発撃ったらリロードが必要なタイプだ。その隙を他の機体が埋める戦術に私たちは苦しめられている。
大口径の無人兵器を破壊すれば後退が楽になる。ずっと破壊のチャンスをうかがってきた。
私たちの反撃で無人兵器の数は減っている。
仕掛けるなら今だ。戦闘で培われた直感に身を委ねて地面を蹴った。
「援護お願いします!」
声を張り上げて大口径の機体を見据える。
視界内でいくつかの砲口が向くものの、援護射撃を嫌った機体が物陰に引っ込む。
大口径の機体がリロードを終えて銃口内の闇をのぞかせる。
すかさずアサルトライフルのトリガーを引き絞った。距離を詰めて威力を増した弾が大きな銃口に吸い込まれる。
大口径の銃口は薬莢も大きい。弾頭も重く、発射の際には小口径よりも多くの火薬を必要とする。
その分暴発した時の威力も凄まじい。乾いた破裂音が鳴り響いて鉄の花が咲き誇る。
これで次は撃てない。後続の弾で煙を噴かせて、残骸と化したそれにスライディングで飛び込む。
瓦礫の向こう側で装甲をゆがめる音が鳴り響く。
貫通して飛来する弾は見られない。遮蔽物を活かして発砲と退避を繰り返す。
敵に挟まれている私は内心ヒヤヒヤだけど、向こうからすれば内側から食い破られたようなものだ。内と外に意識が分散している。
私に気を取られれば仲間が、仲間に気を取られれば私が装甲に穴を空ける。的確に立ち回るのは至難のわざだ。
一機、また一機とタル型の兵器が煙を噴かす。
やがて視界に映る全ての兵器が静止した。
クリアリングを経て、物陰から身をさらして口角を上げた。
「やりましたね!」
「ああ! 嬢ちゃんが切り込んでくれたおかげだ!」
「しっかし危ないことしやがるなぁ。下手すりゃ左右から撃たれてハチの巣にされてたぞ。プランテーションにいた頃もあんな戦い方してたのか?」
「まさか。仲間と連携を取って安全に無人兵器を破壊してましたよ。今回みたいにね」
「言うじゃねえの。気に入ったぜ」
笑みを交わして健闘をたたえ合った。
当初の予定通り、増援との合流地点がある方角に靴先を向ける。
砂利の擦れた音が鳴り響く。
バッと振り向いた先にはタル型の無人兵器。
新手。
筒状に伸びている銃口が向けられた先を見て体が動いた。手のひらに伝わる感触に遅れて小野木さんがよろける。
押したばかりの私に避ける余裕はない。闇をのぞかせる銃口が、私の命を吸おうとしているみたいにうごめく。
視界内の全てが遅い。
小野木さんの振り向く動作も、無人兵器の回る履帯も、何もかもがスローモーションに映る。
これ知ってる。確かアドレナリンの分泌で脳の処理速度が上がって、何だっけ?
死の臭いをこれでもかと感じるのに、心は比較的穏やかだ。突然のことで感情が追い付いてないのかもしれない。
せっかく九死に一生を得たのに、こんな所で死んじゃうんだ。
ジンくんとツムギちゃんに、会いたかったなぁ。
「――ミカナッ!」
目を見張る。
聞き覚えのある声。
ずっと聞きたかった声。
時間の流れが元に戻った。金属音が連続して右側の履帯が弾け飛び、タル型兵器がガクッと傾いて地面を転がる。
離れたところで乾いた破裂音が伝播する。
再度の照準を試みる銃身が木っ端のごとく砕け散った。後続の弾が無人兵器の装甲に風穴を開ける。
バヂィッ! と青白い光が弾けた。無機質を兵器たらしめていた動力源がショートし、物言わぬガラクタと成り果てる。
神業じみた正確無比な射撃。私をミカナと名前呼びする男性。
該当する人物は一人しかいない。
「ジン、くん」
振り向いた先には、二度と見れないと思っていた顔があった。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたなら、下の☆☆☆☆☆から作品への評価をしていただけると励みになります。
ブックマークしていただければ更新が分かりますので、是非よろしくお願いします。