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第79話 富山到着


 槇原さんと合流して乗り物に揺られた。


 それは数十分にも満たない時間だけど、俺にとっては数時間にも思えるほど長く感じられた。


 木々を抜けて映ったのはボロボロの街並み。建物や道路に刻まれた弾痕が市街地での銃撃戦を物語っている。


 胸の奧から噴き上がった焦燥が口を突いた。


「ミカナ! どこだ⁉」


 張り上げた声が車の走行音に溶ける。


 火傷しそうなくらい喉が熱を帯びても応答はない。


 もう一度呼びかけるべく空気を吸い込む。


 口元を手で塞がれた。


「静かに! まだ機械軍の無人兵器が徘徊はいかいしているかもしれない」

「らしくないよ解代。普段のお前はもっと頭いいじゃん。気持ちは何となく分かるけどさ」


 独りのスクールライフを満喫まんきつしていた君に何が分かる。


 口を突き掛けたその言葉を寸でのところで呑み込んだ。


 これはやつあたりだ。仲間に言葉をぶつけてもミカナは見つからない。


 深く空気を吸い込んで気を落ち着けた。


「合流地点まであとどれくらいですか?」

「あと十分もかからない」

「ってことは、もう少しで解代の恋人と会えるわけか」


 恋人。


 ミカナ。保護された当時はもう会えないと思っていた恋人に、あと十分で会える。


 胸の奧からじんわりと熱が込み上げる。


 続いて身なりが気になった。


 俺は行軍訓練を中断してこの場にいる。一日お風呂に入っていない。


 臭わないだろうか。周りの視線に気をつけながら鼻をすんすん鳴らす。


「いや、おそらくもう少し時間がかかる」


 つぶやきを耳にして、槇原さんにバッと視線を向けた。


「どうして合流が遅れるんですか?」

「本隊から合流地点に到着したむねの伝達があった。そこには避難誘導された人たちが集まっていたらしい」

「だったら――」


 言葉を紡ぎかけて口をつぐむ。


 本体と民衆が合流地点でかち合った。俺たちが遅れる理由は今のところない。


 これらを踏まえて、ミカナとの合流が遅れるってことは。


「そこにミカナの姿はなかったんですね?」

「その通りだ。避難が遅れているだけかもしれないが、そうじゃない可能性もある」

「……まさか」


 体の芯がヒヤッとする。


 避難に時間が掛かっているだけならいい。後で合流するだけで事は済む。

 

 だけどそうじゃなかったら?

 

 もし、誰かの悪意によって置いてけぼりにされていたら――。


「富山陸軍病院はどこですか⁉」

「向かっている最中だから座りなさい」

「そうそう。運転中に立ったら危ないよ?」

 

 ハッとしてチェアに腰を下ろす。


 失態だ、梓沢に常識を説かれるなんて。


 いや違う、梓沢は関係ない。俺が勝手に冷静さを欠いたんだ。


 気付けて良かった。


 有事の際に浮き足立ったら怪我をする。ミカナと合流できても互いに生きて帰れなかったら意味がない。


「病院の内面図はありますか?」

「内面図はないが、富山陸軍病院なら一度行ったことがある。案藍は任せてくれ」

「分かりました。その時はお願いします」


 まぶたを下ろして精神統一を図る。

 

 交戦はまだ続いていると聞く。街の惨状からして、撃ちもらした個体が街になだれ込んでいるのだろう。


 狙いは殺傷。民間人、特に人が集まる病院は格好の的だ。

 

 冷静に、されど迅速に。


 どのみち俺がやれることは限られている。不安に駆られるよりもコンディションを整えるべきだ。


「ん?」


 となりで梓沢が後頭部を向けた。


「槇原さん、車止めて」

「何か聞こえたのか?」

「うん」


 後方に流れる景観が輪郭を取り戻す。


 俺は驚愕に目を見開いた。

 

「槇原さん何で止めるんですか! 事は一刻を――」

「静かに!」

 

 強い口調で命じられて反射的に口をつぐむ。


 梓沢が目を閉じた。手を筒状に丸めて耳に当てる。


 沈黙に包まれること数秒。梓沢が俺とは逆の方向に右腕を伸ばした。


「あっちで発砲音が聞こえる。誰か戦ってるよ」

「前線がここまで下がってきたのか?」

「いや、部隊同士の衝突にしてはかなり小規模だよ」

「どういうことだ」

「逃げ遅れた兵士が戦ってるのでは? だとしたら援護に向かわないとだけど」


 その場にいる全員が俺に視線を送る。


 行き先の変更で、俺が怒声を上げると思ったのだろうか。


 信用のなさに苦笑しかけて、笑っている場合じゃないと思い直した。すぐに必要な思考をめぐらせる。


 戦力の分散は悪手とされる。最悪状況の悪化で合流が困難になるかもしれない。


 病院に向かうか、戦闘中の誰かを援護するか。


 二手に分かれることは避けたい。必然的に選ばなかった方は捨てることになる。

 

 銃撃戦は現在撃ち合っている面子で足りるかもしれない。


 最悪なのは、ミカナが見捨てられて置き去りにされたケースだ。一人身を縮こませながら助けを待つ姿を想像すると胸が張り裂けそうになる。


 だったら病院に足を運んで、万が一の確認をした方がいいのでは? 


 でも他の人と一緒に避難していたら? 遠方で発砲する中にミカナが混じっていたら寄り道をすると間に合わない。


 何か決め手が欲しい。


 考え方を変える。


 俺たちは工作員疑惑がかけられている。


 俺はツムギと一緒にいたから同情を得られた。比較的自由のある生活を送れている。


 ミカナに連れはいない。外出には制限がかけられていたはずだ。鍵付きの部屋に閉じ込められていたとしても驚かない。


 やはり置いていかれた線が濃厚。俺は指をぎゅっと丸めて口を開いた。


「銃声がする方に行きましょう」

「いいのかい?」

「はい」


 力強く首を縦に振った。


 閉じ込められている可能性はどうやったって否定できない。


 でも似たことがプランテーションにいた頃にもあった。


 アクションを起こさず安寧に浸るか、将来を見据えて脱柵するか。


 多くが前者を選びそうな場面で、ミカナは多大なリスクを承知で後者を選んだ。俺やツムギを逃がすために一人残って自爆した。


 生き残った経緯は分からないけど、今回もミカナは状況の打開に全力を尽くすはずだ。


 ドアに鍵がついていたら破壊する。ドアが壊せないくらい頑強なら外にいる間に工作する。


 俺がれた女性はそういう人だ。


「了解した。では我々はこれから三時の方角へ向かう。各々移動中に装備の確認を済ませてくれ」


 了解の文字を告げるなり背中が背もたれに押し付けられた。


 病院がある方角を一瞥して口元を引き結ぶ。


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