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第72話 砂利のシーツ


「さて、次はどうくるかな」


 つぶやきが訓練場の空気に溶ける。


 戦場ではわずかな物音で位置を知られる。


 砂利を踏んだ音、葉がこすれる音。くしゃみはもちろん、ちょっとしたつぶやきも厳禁だ。


 居場所がばれれば銃弾が飛ぶ。射線が通らなくても上から手榴弾を投げ込まれる。戦場での音は死に直結する。


 俺の遺伝子はその因果を強固にする。


 あちこちに遮蔽物がある。解代の姿は見えない。


 俺にとっては有って無いような障害物だ。あいつの靴が砂利を擦り鳴らすだけで位置が分かる。


 それが天然と人工の差。


 人生を賭けても埋まらない、性能差。


「ん?」


 前方に対戦相手が映った。樹木並ぶエリアを背景に堂々と歩み寄ってくる。


 近くに遮蔽物はない。


「逃げも隠れもしないってことか」


 念のため近くの残骸に身を隠す。


 大方俺の耳がいいことを知って小細工を止めたんだ。空き缶を頭にぶつけられたのがよほどこたえたらしい。


 偶然と片付けずに相手の技能を予測して動く。そんな立ち回りはクラスメイトにはできなかった。


 いや、今もできない。彼らは変わらず理想を押し通すことしか考えない弱者だ。相手が反撃するのは当たり前なのにそれを想像できない。だから教室で無様な一幕を演じる羽目になった。


 幸か不幸か、解代はその類ではないようだ。


 ちょっと手の内を見せすぎたかもしれない。


 本来は空き缶を使った奇襲で終わるはずだった。他の相手なら菓子をほおばっている頃合いだ。弾で弾の軌道を逸らすなんて誰が想像できる。


 まぐれとしか思えない神業。


 まぐれじゃないなら顔を見せただけでも命取りだ。


 銃の撃ち合いでは遮蔽物を有する方が優位に立つ。隠れる側に攻撃防御のタイミングを決める権利がある。


 解代相手にその常識が通用するかは怪しい。下手をすれば射線を確保した瞬間に指を撃ち抜かれることもあり得る。


 姿を出すのが怖い。


 なのに口角が浮き上がるのを止められない。


 解代なら俺を打ち負かしてくれるかもしれない期待と、自分の実力を試したい闘争心が入り混じった興奮。これまで覚えたことのない高ぶりが左胸の奥から伝わる鼓動を速める。


「さあ、来いよ解代」


 挑発の返しはリズムの乱れとして表れた。一定間隔で刻まれていた靴音がペースを上げる。


 該当しそうなケースを想定。何かを投げたのだと予測する。


 思わずため息を突いた。


 サル真似だ。解代の耳が常人レベルなのは校舎内観察で分かってる。あいつに俺の真似はできない。


 靴音に注意を払いつつ天井を仰ぐ。


 袋だ。放っておけば通り過ぎる軌道にある。


 失望を通り越して苛立った刹那。発砲音が続いて袋が爆ぜた。


「なっ⁉」


 反射的に手で目元を覆う。


 飛散したのは砂利。訓練場の地面を形作る砂と石だ。爆薬入りならともかく破けた袋から落ちただけ。大した威力はない。


 問題は一瞬でも視界が塞がれたことにある。


「くそっ!」


 シューティンググラスにかかった砂を払い落とす。


 靴音は聞こえている。遮蔽物に足をかけた音も確認した。


 狙うは壁の上。越えてくると予測して引き金を引いた。


「は?」


 弾が解代の頭上を通過した。


 狙いは正確だった。


 ただ一つ読み違えた。解代が壁を越える寸前で後方に跳躍した。遠ざかった分だけ弾が上を目指して、そのわずかな差で着弾に至らなかった。


「ぐっ⁉」


 右手に強い衝撃が走って顔をしかめた。手から飛び跳ねたハンドガンが軽快な音を立てて地面の上を転がる。


 射線が通った一瞬を狙ってのカウンターショット。先程の弾道ずらしを踏まえれば驚きはない。


 すぐさま地面を滑る銃に駆け寄る。靴音が壁を回り込んでくるけど得物を回収する時間はある。


 バッと腕を伸ばす。


 視界内に黒いかたまりが飛び込んだ。それが銃を弾き飛ばしてグリップが手から遠ざかる。


 それは別のハンドガン。おそらくは解代が投擲とうてきした物だ。


 やばい。 


 噴き上がるような焦燥に駆られて振り返ると、解代が宙で体を回転させていた。


「ぐッ⁉」


 くぐもった声がもれたものの、とっさのガードが間に合った。強烈な衝撃に押されて地面の上を転がる。


 腕を伸ばせた届く距離にハンドガンが落ちている。解代が投げつけた代物だ。


 拾うか?


 腕を伸ばしかけて復帰を優先した。


 相手がゴミのように投げたハンドガンだ。マガジンが抜かれている可能性は否定できない。トリガーを引いて弾が出なかったら致命的な隙をさらすことになる。そんなリスクはおかせない。


「ちっ」


 微かな舌打ちが空気を揺らす。


 後ろ回し蹴りでの決着が失敗したからか、それとも俺に銃を拾わせて空撃ちさせるつもりだったのか。


 どちらにせよ悔し気な反応。俺にもまだ勝機は残ってる。


 確信してこちらから距離を詰めた。


 体格は恵まれている。仮にも調整体だ。近接格闘なら俺に分があるはず。

 

 まずは牽制のジャブから初めてガードを下げた後に――。


「痛っ⁉」


 電流が走ったような痛みを覚えて顔をしかめる。


 源は右手の人差し指。ハンドガンが弾け飛んだ時に痛めたらしい。


 痛覚に気を取られて反射的に握力が弱まる。


 その一瞬で解代の体が沈んだ。胸倉をぐっと引き寄せられて肺から空気がもれる。


 浮遊感。


 背中に衝撃があった。上下逆転した視界の中、カチャっと軽快な音が鳴り響く。


 銃口が俺とお見合いしていた。


「お前の負けだ」


 思わず目を見開く。


 見下ろされている。


 生まれながらにしての最強な自分が、同年代の少年に。


「……くはっ」


 口から変な声がもれた。


 後頭部と背中が地面に貼り付き、尻から下は無様にだらんと伸びている。


 体勢を立て直すには秒かかる。


 それだけの時間があればトリガーを引き絞るくらい朝飯前だ。


「あはははははははははっ!」


 喉の震えが止まらない。


 愉快で、みじめで、笑わなくちゃやってられない。


 俺は全力だった。持ち得る全てを振り絞った。


 技を、知識を。恵まれた体格も総動員して同級生に挑んだ。


 結果はこのザマ。無様に真逆の世界を観測している。もはや言い逃れはできない。デザイナーチャイルドとしてのプライドはズタズタだ。


 なのに胸はすっとしている。晴れ渡った空のごとく清々しい。自分を作ったいけすかないインテリたちを嘲笑することすらどうでもいい。


 真実を知って以来心から笑ったことはない。機械のように感謝されることなく使命を果たして死んでいく。そんな未来に絶望しながら息をしてきた。


 でも梓沢秀は負けた。機械にじゃない。同じ人間に真正面から倒された。最強をうたった科学者たちは間違っていた。


 それなら道はいくらでも拓けるはずだ。


「参った、降参するよ」


 銃口が外れる。


「俺が言うのもなんだけど大丈夫か?」

「うん。たった今から、大丈夫になった」


 砂利のシーツが気持ちよくて、しばらく仰向けに寝転がった。


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