第71話 作られた者の葛藤
物心ついた時には両親がいなかった。
より正確に言えば俺に両親はいない。提供された生殖細胞をいじくり回されて、それを起点に発生しただけの人型有機物だ。
小さい頃から白衣を着た人たちがぶつぶつ言っていた。言われるがままに手足を動かして銃を握り、とにかく色んなことをやらされた。
それが異常なことだと知ったのは同年代と交流してからだ。
軍人はある程度年を取ってから志すものらしい。若くして銃を手に取るのは境遇に恵まれなかった者が大半だ。
白衣の人たちは誰一人それを教えてくれなかった。
理由を聞けば、俺にはその生き方が向いているからと言われた。遺伝子を改良したことや小難しいことまで、自分たちはさも良い人だと言い訳するように説明された。
言われたことの大半は理解できなかったけど正直どうでもよかった。
的の真ん中をへこませるのは楽しい。全力で手足を振り乱して走るのも好きだ。軍人として生きる未来に不満はなかった。
その価値観は同年代と軍学校に入って瓦解した。
俺は優秀だ。そう言われていたし、実際に同年代を目の当たりにしてよく分かった。
同級生は入学前に多少訓練したんだろうけど、俺は子供の頃から銃を握ってきた。ダントツなのは自明の理だ。
周りからすると、どうもそこら辺が違うみたいだった。
戦争状況下では戦果を挙げた者が称えられる。勲章を授けられて周りから一目置かれる。
俺はその例に当てはまらない。そう作られたんだからできて当たり前。やれて当然なのだから敵を撃て、壊せ。それが社会の意見なんだそうだ。
言われたから撃った、壊した。誰よりも完璧にこなしてみせた。
その先に何があっただろう。
誰も称賛してくれなかった。できたらできたで同僚にズルいと言われた。
次第に頑張るのがバカバカしくなった。努力して結果を出して、それすらできて当たり前なら何をすれば称賛されるんだ?
俺の人生、ずっとこのままなの?
考えたらもう駄目だった。息をするのも喜怒哀楽を表すのも面倒くさくなった。
誰かが俺を機械と称した。
決められた性能を発揮して、常人が為す以上の成果を叩き出す。おまけにいつも無表情ときたら言い得て妙だ。反論の余地がない。
だから人間らしくルールから外れてみた。制服を着崩して、教室でお菓子を口に運んで、調子に乗って絡んできた同級生を拳や蹴りで黙らせた。
暴れても胸のつかえは一向に取れなかった。
苛立ちは、やがて大人たちへの怒りにすり替わった。
俺をこんなふうに作ったのは大人だ。俺には怒るか恨む権利がある。
復讐を考えたこともあったけど、誰の頭を撃ち抜いていいか分からなくて断念した。第一そんなことをしたら俺が捕まる。お菓子を食べられなくなるのは勘弁してほしい。
不良を演じる内に手法を思いついた。
俺は自分勝手な大人たちの傑作だ。一対一で負けることは想定されていない。
だったら負けてやろう。プロジェクトを経て作り上げられた最強の兵士が無様に地べたを転がるんだ。お前らの成果はこんなもんだよと、すました顔して説法を垂れた木偶の坊たちを嘲笑ってやろう。
俺の計画を実行するには強い奴が必要だ。
研究者の思考パターンは理解してる。連中がデータを比較する際には条件を整えることに重きを置く。
上級生よりも同級生。
女子よりも男子の方が好都合。
条件の合う相手は中々現れない。
でももし現れたなら。俺はきっと――。