表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/92

第7話 あなたのパパとママですよ


「それで、何でここに来たの?」


 玖城さんがプンプンしている。両腕を組んで俺をにらみ付けている。


 その理由は俺にも想像が付く。大方下着姿を堪能したことが原因だ。


 でも俺は間違っていない。


 部屋を指定したのは上官だ。メールに記載された日時に新たな自室を訪れたにすぎない。その律義さと素直さが報われて眼福を得た。まとめればそれだけのことだ。


 もちろん心からそんなことは思っていない。せめて誤解は解いておこうと弁解を試みる。


「ここは俺の部屋だぞ? 入室するのは当然だ、と思う」

「何を言っているの? ここは私の部屋よ」


 玖城さんが堂々としている。何故か自信に満ちあふれている。


 さすがに呆気に取られた。負い目からため息は自重する。


「何を言うかと思えば。それはないよ、ここを指定したのは上官だぞ?」


 上官からのメールを見てもらわないことには始まらない。左手首の腕時計型デバイスに触れる。


 デバイスのカメラがARマーカーを捉えて電子パネルを出力し、室内に青緑の長方形を現出させる。


 右手を軽く振って青緑の長方形を半回転させた。玖城さんが見やすいように角度を微調整する。


「ほら」

「ん~~?」


 玖城さんが瞳をすぼめてメールの内容を視認する。


 いぶかしむ表情に困惑が浮かんだ。


「本当、だね」

「な?」


 意図せず口角が上がった。次いで飛び跳ねたい衝動に駆られる。


 他者にこだわらない自分が、どうして玖城さんからの評価を気にしたのか。そんな疑問はささいなことだ。


 俺はのぞき魔じゃない。この場においては、その事実こそが最も重要なのだから。


「さあ、もう分かっただろう? ここは俺の部屋だ。荷物を整理したら自分の部屋に戻ってくれ」

「ちょっと待って」


 玖城さんが自身のデバイスに触れた。細い指が軽快に動き、新たな電子パネルを現出させる。電子的な文字がずらっと連ねられた。


「これ見てよ」

「ん……んん?」


 俺は見間違えを疑って目をしばたかせる。

 

 それはメールだった。三日前に彼女の上官から送られている。


 電子的な文字が、玖城さんに今いる部屋への移動を命じていた。


「何で俺と同じ部屋が指定されてるんだ?」

「こっちが聞きたいわよ」


 考えて答えが出るはずもない。俺は上官にコールをかける。


 すぐにつながった。スピーカーモードに変更して、玖城さんにも聞こえるように取り計らう。


「解代少尉か。みなまで言うな、用件は見当がついているぞ」

「え?」


 驚きが俺の口を突いた。


 デバイス越しの声が淡々と告げる。


「メールに記された部屋番号は間違っていない。解代ジン、玖城ミカナ。両名には、本日よりその部屋で共同生活をしてもらう」

「……は?」


 口から間抜けな声が飛び出した。


 状況がまるで分からない。玖城さんも目の前で唖然としている。


「何だ、そのふ抜けた返事は? イエスと言え」

「イ……いやいやいや、ちょっと待ってください! どうして俺と玖城さんが同じ部屋を使わないといけないんですか?」

「知らん。この決定は私が下したものではない。上官命令というやつだ」

「では、その上官にお目通りをお願いしたく存じます」

「バカを言え! そんなことをしたらお前、俺の管理能力が疑われちゃうだろうが」

「そんなことを言ってる場合じゃないでしょう……」


 思うところをこらえきれずに語尾が濁った。ため息を突かなかった自分を褒めてやりたい。


 ホログラムの男性がコホンと喉を鳴らした。


「とにかく、これは決定事項だ。程なく三人目が来る。仲良くやるように」

「ん、今なんと?」


 通話が切れた。予想だにしなかった捨て台詞が脳内でリピートされて、思わず玖城さんと顔を見合わせる。


 コンコンコンと、ドアの方から軽快な音が鳴った。


「どうぞ」


 ドアノブが下がる。


 開け放たれたドアが大小の人影をのぞかせた。スーツ姿の女性が会釈して俺と玖城さんの顔を一瞥する。


 何故かきょとんとして立ち尽くした。


「あの、何か?」

「何でもありません。子供保護センターの三上です。解代ジン様、玖城ミカナ様、以上二名のお部屋でよろしかったでしょうか?」

「え、ええ。そうみたいですね」


 覇気のない声が空気に溶けた。


 玖城さんの視線は発言者たる女性に向けられていない。俺と同じく、スーツ姿の横を凝視している。


 天使が立っているかと思った。五歳くらいだろうか、栗色の髪を左右に結った少女が大きな目をぱちぱちさせる。


 脳裏に小屋で見た女の子の姿が想起される。


 ちょうど視界に映る少女も同じくらいの年齢だが、同じ生き物とはにわかに信じられない。


 住む環境が違う。たったそれだけのことでここまで変わってしまう。つくづく世界は残酷なのだと実感させられる光景だ。


 女性がしゃがんで視点の高さを女の子に合わせた。


「ツムギちゃん、あなたは今日からここに住むのよ」

「ここがつむぎのお部屋なの?」

「ええ。そしてあの二人が、あなたのパパとママですよ」

「…………

 …………」


 口が俺の意思に関係なく開いていく。


 口が乾く感覚があるのに、眼前で行われた会話は突っ込みどころ満載なのに言葉が出ない。


 脳が状況の理解を拒むとどうなるのか、身をもって体験した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ