第70話 隙やり
反射的に人差し指を引きかけて、寸でのところで踏みとどまった。
壁を跳び越したのは木っ端。無機物が勝手に飛び上がるわけがない。あれは意図して放られた囮だ。
発砲音で俺の正確な位置をあぶり出す魂胆だろうが、釣られなければ意味はない。むしろ放り投げたことで自身の居場所を知らせる悪手に堕ちる。
今度は俺の番だ。壁を越えて奇襲をくらわせてやる。
「――痛ッ⁉」
頭頂に衝撃を受けた。カランと拳大の物体が地面の上を転がる。
空き缶だ。
これも途中の地面に落ちていた。今は模擬戦の真っ最中。野次馬が投擲したとは考えにくい。
ハッとして顔を上げる。
「隙やり」
銃口が闇をのぞかせて反射的に腕を振り上げる。
発砲音が重なった。
弾と弾が干渉し、互いに元の軌道から逸れて黒と白の髪を散らした。
「バケモンかよ」
目を丸くした同級生が壁の向こう側に消える。
俺は身をひるがえして地面を蹴った。
壁を挟んでの探り合いは耳のいい梓沢が有利だ。壁を挟んだこの状況で撃ち合うのは分が悪い。
落下中のあいつが再度壁を越えるまでには時間が掛かる。ハンドガンの射程距離は知れているし、ライフリングのないゴム弾は弾道のブレが凄まじい。次の発砲までには射程から出られる。
それにしても、だ。
「本当に耳がいいんだな……」
壁で相手が見えなかったのはお互い様。おそらく木っ端を囮に微細な音を出させて、推測した箇所に空き缶を放り投げたんだ。空き缶に気を取られた隙に不意打ちの一発で終わらせる算段だったに違いない。
それにしたって狙いが正確だ。
キャッチャーのミットを狙うのとはわけが違う。山なりに投げられた空き缶は受ける側からすると刺突のような点の攻撃だ。正確に狙いをつけなければかすりもしない。
狙った箇所に投擲物を落とす技量に、常軌を逸した聴力と空間把握能力。さすが自身の口で最強をのたまっただけはある。
「さて、どうするかな」
微細な靴音でも位置がばれる。俺から奇襲をかけるのは不可能に近いし、額を狙うと腕が震えて照準が定まらない。手を狙うくらいはできそうだけど銃を弾き飛ばしたくらいで勝利判定がもらえるとは思えない。
相手が相手。わずかなためらいも命取り。
でも俺にはサブウェポンがある。銃が決定打にならないなら他の手法で詰めるまでだ。
あきらめるには、まだ早い。