第69話 デザイナーチャイルド
射撃場の設備は優れている。
だったら模擬戦の場も、なんて期待はすぐに裏切られた。障害物となる壁や地面は所々へこんでいてゴム弾の威力をうかがわせる。
人類軍の相手は機械軍。実戦で用いる主な攻撃手段は射撃だ。
その一方で簡単な格闘技も身につけさせられる。
プランテーションは一つじゃない。日本だけでなく外国各地に点在する。実戦に出向いた先で少年兵と出くわすこともあるだろう。視界の悪いところでは接近を許すこともあり得る。
今回の模擬戦はそんな状況を想定して行われる。
「お前はもう少し話が分かる奴だと思ってたよ」
シューティンググラス越しに梓沢の目を見据える。
いつぞやの決闘を思い出す光景だ。
プランテーションで泣かせた相手は大したことなかったけど、相手は遺伝子改造された同年代。優れた聴覚が戦闘にもたらす影響は計り知れない。
だからこそ憎たらしい。
ずっと傍観者に甘んじていたんだ。これからもずっとそうしていればよかったのに、肝心な時に敵として俺の前に立ちふさがった。
さすがに思うところはある。相手が飄々《ひょうひょう》とした態度なのも神経を逆なでされる。
「数回しか話したことないのに何を期待してたの? あっちじゃよほどいい友人に恵まれてたんだね」
「冗談きついな」
「冗談を言ったつもりはないけど。玖城ミカナさんだっけ? お前の大事な人」
「通話を聞いてたのか。悪趣味だな」
「何回言わせんの? 興味があるんだって。その玖城って人も機械に育てられたんでしょ? 強かったら嬉しいなぁ」
梓沢の口元が弧を描く。
戦いたい。目がそう言っていた。
「節操がないぞデカブツ。俺で我慢しろよ」
頭蓋を射貫かんとばかりに目を細める。
仮にも同僚を撃った人間の眼光だ。頭に照準を当てて、引き金に指をかけた感触は今も脳裏に刻まれている。
殺気をともなう視線にもかかわらず梓沢の余裕は揺らがない。
「へえ、そんな目つきもできるんだ。クラスのヘボ連中はすぐ身の程知って引っ込んじゃうけど、お前はそうでもなさそうだね。それも実戦で培ったの?」
「まあな。にしても先日から戦場だの実戦だのうるさいぞ。戦場にあこがれでもあるのか?」
「俺の出生を教えたんだから分かるでしょ? 俺はそのために作られたんだから」
デザイナーチャイルド。
いじくり回す用途は容姿や能力と幅広くあるものの、梓沢は戦闘に特化した調整をなされている。
ゆえに存在意義は戦うこと。敵を無力化して母国に貢献することを期待される。
その在り方がかつての俺たちに被って、意図せず小さな笑いがもれた。
「作ってくれたご主人様に奉仕したくてたまらないわけか。機械より機械みたいだな」
無表情な顔にしわが寄る。
ひどいことを言った自覚はあるけど敗北は許されない。有利になるなら何だってする覚悟でここに立っている。
そもそも先に煽ったのは梓沢だ。眉をひそめられる筋合いはない。
「精神的揺さぶりでも何でも使う、それが機械流なんだね。勉強になったよ」
「意外と寛容なんだな。それも優れた遺伝子の力か?」
「さあね。興味もないや」
「自分のことだろう?」
「だから興味ないんだよ」
即答されて口をつぐむ。
苛立ちの消えた無表情が言葉を続けた。
「解代はさ、誰かに自身の才覚について語られたことある?」
「射撃の腕を褒められたことはあるな」
「そういうのじゃない。遺伝子マップを見せられて、ここがこうだから君はこうするべきなんだって力説されたことはあるかってこと」
その状況は容易に想像がつく。
遺伝子マップを見れば何に優れているかは分かる。だから向いている道を突き進め。それ以外を選ぶのは愚か者のすることだ。そう周囲に吹き込まれて日々を過ごす。
それが当たり前ならなるほど、生き地獄というやつで間違いない。
「解せないな。敗北で存在意義を否定されるなら、普通戦うことが怖いんじゃないのか?」
戦いに絶対はない。何らかの要因で状況がひっくり返ることもある。
戦いなんて力量があっても分の良いギャンブルだ。勝負の土台に乗る以上は少なからず敗北のリスクが発生する。負けないためには何よりも戦わないことが重要だ。
避けられない勝負ならともかくこれは模擬戦。俺を指名して戦うのは道理が通らない。
「そうだね。怖がるかもしれないね普通は」
普通は。
その一言には、強い自嘲と拒絶の色がにじみ出でいた。重い空気が場を満たして発声もためらわれる空気ができ上がる。
教官の指示が緊迫を決壊させた。三分間の遊歩が許されて梓沢に背を向ける。
遠ざかる靴音に気を配りながら土の地面に靴裏を刻む。
前方にはできそこないの人工林が茂っている。誰かが持ち込んだのか、ガラスの破片から空き缶まで様々なゴミが転がっている。
兵士は戦場を選べない。時には林道や岩場など劣悪な環境での戦闘を強いられる。
訓練場にはそういった環境を経験できるようにいくつかのエリアが設けられているようだ。
得意なエリアで待ち伏せるも相手を追うも個人の自由。
どこに陣取るか思考を巡らせていると残り一分を告げられた。
とりあえず爆砕し損なったような壁に身を隠した。ホルスターから銃を引き抜いて辺りの様子をうかがう。
対戦相手の姿はない。
同僚と交戦した時ほど視界は悪くない。廃墟や建物の残骸は市街戦を意識したものだろう。
この場は相手のホームグラウンドだが、プランテーションの訓練場にも市街戦を意識したものがあった。このエリアなら地の利がもたらす影響を最小限に抑えられる。
人工音声がカウントダウンを始める。
開始寸前に茂みの葉がこすれた。
カウントゼロと同時に腕を振るった。茂みに銃口を向けてトリガーを引き絞る。
弾の行方を見守ることなく物陰から飛び出した。土を削った音が敵の健在を教えてくれた。
「やはりブラフか」
大方枝か何かで細工したのだろう。温室育ちでも調整された人間。さすがに舐めすぎたか。
発砲の音は梓沢にも聞こえたはず。次に仕掛ける権利は向こう側に渡ったがクイックドロウには自信がある。
白い髪が視界に映って腕を振るう。
土ぼこりが舞った頃には長身が物陰に消えた。
自分も相手も走っている。偏差射撃するにしても視界がぶれる上に相手も動く。俺でも百発百中というわけにはいかない。
向こうの移動も迅速だ。万年三位を相手するのとはわけが違う。
何より別の問題が発生している。右手に視線を落として舌打ちをこらえる。
引き金を引く瞬間に手が震えた。こんなこと、プランテーションでは一度もなかった。
原因は察しが付く。逃亡劇の最後に同僚を撃ったからだろう。
連中との親交はないに等しかった。むしろあることないこと言われてひどいあつかいを受けた。
かといって殺めたことを開き直れるほど割り切れてもいない。
「何をやってるんだ、くそっ」
奥歯を強く噛みしめる。
模擬戦の勝敗にはミカナの行く末もかかっている。亡き元同僚に想いを馳せている場合じゃないのに!
グリップを固く握りしめていると靴音が迫った。
その方向には石の壁がそびえ立っている。高さは約二メートルほどか。
壁の向こう側で連続した靴音がリズムを刻み、プランテーション内で行われた決闘模様が脳裏をよぎる。
当時の俺は壁を跳び越えて奇襲をかけた。梓沢が同じ手法を取る可能性は十分に考えられる。
「誘導されたか」
壁を回り込んでの射撃か、跳び越えての奇襲か。
迷う時間はない。割り切って銃口を壁の上に向ける。
ゴム弾で壁抜きはできない以上梓沢も二択。壁を越えるやり方はあいつも無防備になる。
壁を回り込むパターンは遮蔽物を確保できる一方で数コンマの余裕が生まれる。奇襲のアドバンテージを活かすなら暇を与えない前者が好ましい。
この思考は絶対読まれる。
だからこその壁越え読みだ。さあ出ろ、出ろ。出ろ!
願いが通じて、壁の天辺から飛び出す影があった。