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第68話 ケリをつけよう


「槙原さん?」


 電子パネルには知り合いの名前が記されている。定期的に連絡は取り合っているけど、この時間帯は学校にいると知っているはずだ。


 着信のアイコンを人差し指の先端で突く。


 パネルに知り合いの顔が映った。


「よかった、つながった。今時間は大丈夫かい?」

「はい。休み時間です」


 日中にコールしてきたのだから緊急の要件に違いない。


 そのわりに槇原さんの表情は明るい。緊張感が全く感じられない。


 怪訝に思う俺の前で槇原さんが言葉を続けた。


「解代さん、落ち着いて聞いてくれ。以前君が言っていた女の子の話だ。見つかったぞ」

「……見つかったって、誰が?」


 左胸の奧が大きく高鳴った。


 俺が槇原さんに話をした人物は限られる。対象が女性となれば誰を示しているのかは明白だ。


 何せ、槇原さんは「見つかった」と言ったのだから。


「玖城ミカナさんだよ。君が言っていた恋人だ」

「どこにいるんですか⁉」


 モニターに顔を近づける。


 パネルに映る顔がビクッとして背筋を反らした。


「落ち着いてくれ。玖城さんがいるのは富山の陸軍病院だけど、意識が戻ったのは最近なんだ。しばらくは事情聴取や検査で身動きが取れないと思う。悪いけどすぐに会わせてあげられない」

「そう、ですか」


 落ち着きを取り戻して一歩下がった。


 画面に映る顔が苦々しく口角を上げる。


「ごめん、落胆させてしまったかな」

「落胆? まさか」


 その逆だ。冷め切った体に熱が戻ってきた。活力が泉のごとくわき上がってくる。


 久しく覚えのない精神の高揚。視界内を飾る色彩が鮮やかに写る。


 今なら何でもできる気がする。


「教えてくれてありがとうございます。元気が出ました」

「そうか、それならよかった。私は職務に戻るよ。君も訓練を頑張ってくれ」


 通話を終えて顔を上げる。


 いつの間にか長身が消えていた。


 好都合だ。口角が浮き上がるのを止められそうにない。浮ついた気分で教室への道のりをたどる。


 入室を機に視線が殺到する。


 いつものことだ。足を踏み出して自分の席に向かう。


 横から脚が伸びた。横目を振ると男子が下卑た笑みを浮かべている。転ばせる気満々の様子だ。


 俺の席は足を越えた正面にある。歩みを止める理由がどこにあるという。


 ためらわず足を前に出した。サッカーボールを蹴るように足を振り上げる。


「痛ったッ⁉」


 クラスメイトが顔をしかめて床の上に転がる。


 彼の友人AとBが勢いよく腰を上げた。


「な、何しやがんだてめえッ⁉」

「邪魔だから蹴飛ばしただけだ。散々俺を蹴ったんだし、たまにはやり返してもいいだろ」


 いじめっ子が絶句した。対照的に周囲が賑わいを増す。


 今まではやりたい放題だった。俺が反撃した事実に理解が追いつかないのだろう。


 思わず笑い声がもれた。


「何だその顔。面白いな」

「てめッ、調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 男子が右腕を振りかぶる。


 大振りの拳をかわして腕を取った。胸倉をつかみ上げて床に放る。


 男子の足が椅子に引っかかった。椅子が床に横たわって大きな音が響き渡る。


 騒がしかった室内が嘘のように静まり返った。


「さっき調子に乗るなって言ったな? こっちのセリフだ。人が歩いてる前に脚を伸ばしておいて、何様だよ」


 誰も反論しない。みんな俺の動向に注目している。


 当然だ。


 反撃の意思を見せた俺は人殺し。サンドバッグに甘んじる相手を殴るのとはわけが違う。なおも手を出すなら息の根を止められる覚悟が要る。


 この場にいるのは人を手に掛けたことのない生徒ばかり。やり返される覚悟のないいじめっ子は黙して怯えるしかない。


 好都合だ。俺は割り切って同年代の顔を一瞥いちべつする。


「この際だからはっきり言っておく。サービスタイムは終わりだ、たった今この時から何かされるたびに迎撃する」


 俺がいじめられたのは機械領から来たことに起因する。


 俺は暴力を受け入れてきた。機械領出身の少年兵には何をしても構わない。校内ではそんな共通認識ができ上がっている。こんな状況ではミカナも標的にされかねない。


 それは断じて許されないことだ。目撃したら相手が女子だろうと腕を振り抜く自信がある。そんなところをミカナに見られたくない。


 ミカナが来る前に周りの意識を改革する。


 それこそ、プランテーション内でレオスを下した時のように。


「俺が気に食わないなら今まで通りかかってこい。ただし俺も容赦はしない。怪我をする覚悟はして来るんだな」


 室内を視線で薙ぐ。


 応じるクラスメイトはいない。視線が合うなり目を逸らされる。


 抵抗しない相手は殴れても、迎撃される相手には手を出さない。


 プランテーションにいた元同僚と同じ。ミカナが来ても手を出す奴はいないだろう。


「面白いね」


 教室内の重苦しい空気とは真逆の声色だった。


 反応は後方から。振り向いた先には消えたはずの梓沢が立っている。


「俺とやろうよ、解代」


 普段無表情な顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「梓沢……」


 意図せず眉間に力がこもる。


 ただ一人、クラスで傍観者に徹していた男子。敵でも味方でもないと思っていたのに、今さらになって敵の側に立とうというのか。


 不愉快を隠さず口を開いた。


「一応聞いておく。何のつもりだ?」

「あれ、聞いてなかったの? お前に関心があるって言ったじゃん」

「機械に作られたから、だったか」

「そう。機械に育てられた少年兵のお前と、人の手で組み上げられた最強の俺。どっちが強いか知りたくてたまらないんだ。試したいんだよ俺は、この力をさ」


 梓沢が体の前でぐっと拳を固く握りしめる。


 細身な一方で百九十に迫る恵まれた体格。


 ユウヤ譲りの格闘術はあっても体格差は否めない。俺が戦闘経験者と知りながら自信満々な態度をひけらかしたんだ。梓沢も体術には覚えがあるに違いない。


 退くことはできない。ここで俺が前言を撤回すれば周りはまた活気づく。


 立ちはだかるというのなら、相手が誰であろうと打倒するのみ。


「いいぜ、来いよ」


 腰を落として相手の一挙手一投足を見据える。


 右の手のひらをかざされた。


「そう焦らないでよ。こんなところで殴ったら懲罰ものだ。俺らが罰を受けたらあいつら喜んじゃうよ?」


 梓沢が俺の後方に視線を向ける。


 なるほど。それは確かに嫌だな。


「だったらどうする?」

「午後の実習で模擬戦をやるんだ。それでケリをつけよう。ゴム弾だけど銃器の使用も許可される。実戦形式の方がお前も都合いいでしょ?」


 クラスメイトが憎たらしく右の口端を吊り上げる。


 しゃくだけど、肉弾戦になって困るのは俺の方だ。梓沢の提案に乗らざるを得ない。


「分かった。午後の模擬戦でケリをつけよう」


 友だちになれるかもしれない。


 そんな淡い期待を捨て去って敵の顔をにらみつけた。


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