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第67話 俺が特別だから


「ラスト・ラウンド始め!」


 破裂音が広い空間を駆けめぐる。


 思わず顔をしかめるような音量。多くの人影が耳を守るためにイヤーマフを装着している。シューティンググラスを通して正面にある的を見据えている。


 射撃場での射撃訓練。


 プランテーションでは大してめずらしくもなかった光景。


 ここが軍学校である以上やるべきことは変わらない。教える側が機械か人間かなんてささいなことだ。


 それでもいくつかの差異が目につく。


 例えば設備。プランテーションにいた頃と比べていずれもハイスペックに映る。


 射撃場はもちろんハンドガンの命中精度もいい。機械軍よりも良い機械を揃えているのは皮肉な話だ。


 皮肉でもプランテーションの方針は合理的だった。


 少年兵は正規軍人よりも練度が低い。一対一なら不意を突けば勝てるものの、組織的な行動で大人に勝つのは困難を極める。


 精鋭を作るにも時間とお金がかかる。でき上がる頃には少年兵もいい年だ。


 成熟するのは体だけじゃない。大人を増やすとプランテーションの秘密に感付かれるリスクが高まる。


 そのたびに人員を処分してはコストがかさんで仕方ない。最初から使い捨てる前提でシステムを組んだ方が合理的だ。


 逆に秘密のない人類軍は処分する必要がない。気兼ねなく兵士を育てて、その生存率と練度を活かすために性能の良い武器を握らせる。現代の戦争形態はなるべくして今の形に落ち着いたのだろう。


 射撃練習を経て射撃場の出口に靴先を向ける。


「解代、ちょっと来い」


 教官の男性に呼び止められて足を止める。


 人類領では生身の人間が指導をする。ずっとホログラムに指導されてきたから大人に物を言われるのは新鮮だ。


 良いのは新鮮なことだけ。


 例にもれず、俺はここでも異物だ。


「お呼びでしょうか?」

「貴様、今日も全弾命中したそうだな」

「はい」


 教官が視線を鋭くした。


「貴様、嘘をついているな?」

「嘘ではありません。全ての弾を的に集弾させました」

「三日連続で全弾命中など、そんなことがあるものか。虚偽の報告は許さんぞ」


 俺は口元を引き結ぶ。


 弾を一発も外さない。それがどれだけめずらしいことかは自覚している。


 プランテーション内では意識したこともなかった。訓練に熱を入れる理由はなかったし、同僚や教官の意見なんてどうでもよかった。


 いつまでも無関心のままじゃいられない。毎日色々な視線を向けられる。


 大多数は闘争心。主に機械軍に所属していた奴には負けられないという敵意だ。


 俺の射撃成績はダントツ。自身の生徒よりも機械が育てた少年兵が好成績を取った。教える側の教官はさぞ面白くないだろう。


「教官、そいつ嘘ついてますよ」

「俺さっき解代が外したところ見たー」


 面白くないのは生徒も同じ。俺への敵愾心てきがいしんを隠そうともしない。


 機械領にいた時もこうだった。俺はこの手の連中と不思議な縁があるらしい。


 教官が空気を吸い込む。


 怒鳴り声が来る。俺は察して身構える。


「教官、そいつら嘘ついてるよ」


 意図しない援護を受けて思わず振り向く。


 白髪の少年が歩み寄ってきた。


「俺初日から解代の射撃を見てたけど不正はなかった。間違いないよ」

「クラスメイトとの談笑に夢中で聞き逃したのではないか?」

「俺が?」


 少年がおもむろにまばたきする。


 教官が息を詰まらせた。わざとらしく咳払いで喉を鳴らす。


「まあ、梓沢が言うならそうかもしれんな」


 教官がきまり悪そうに背を向ける。


 でたらめを言った二人もつまらなそうに立ち去った。


「解代、少し歩かない?」


 長身が返事を待たずに身をひるがえす。


 断る理由は浮かばない。了承して廊下の床に靴裏をつけた。上へ続く段差に足をかけて一階を目指す。


 沈黙。三階の床窓から差し込む日光を浴びても会話は起こらない。


 歩こうと言ったからには話したいことがあるんじゃないのか? そんな鬱憤うっぷんを呑み込んで窓の向こう側に視線を向ける。


 プランテーションの空はドームに覆われていた。人類領に来て、平穏時に仰ぐなまの青はこんなにも清々しいものかと感嘆した。


 その感動的な景観も今となっては灰色だ。視界に収めても心は震えない。中庭を走る人影も地面を這うアリのごとくどうでもいい。


「お前さ、何でやり返さないの?」


 俺と会話する気はあったのか。


 驚きを飲み込んで口を開いた。


「やり返しても意味がないからな」

「殴られてうっとうしくないの?」

「集団で来るからな。一人じゃ抵抗できない」

「嘘だね」


 梓沢が振り返った。


 進行方向に長身が立ちふさがって反射的に足を止める。


「こんなぬるい場所で訓練してる奴らが、実戦経験のあるお前に勝てるわけないじゃん」

「どうかな。相手は無人兵器ばかりだったし、人間と争う機会なんてめったになかった」

「そのわりにはダメージの抑え方を理解してるみたいだけど」

「何?」


 口が勝手に問い返した。


 ダメージを抑えようとしたことはない。周りからの攻撃は全て体で受け止めてきた。防御と呼べることをした覚えはない。


怪訝けげんそうな顔してるね。攻撃を防御するのは本能だろ。意図して抑えるのは無理だよ」


 思わず目を見開く。


 本能が防御を選んだ。それはつまり、俺はまだ生きたがっているってことか?


 恋人を見捨てて逃げたあげく、託されたツムギを引き取る力もない。


 未来には何の希望もないのに、俺の体は生存を望んでいるというのか。


「ハハッ」


 変な笑いが口を突いた。


 白いまゆがひそめられた。


「何が可笑しいの?」

「よく見てるなと思って。あるいは耳か? あいつらに蹴られた時の音が鈍かったのかな」


 梓沢が瞳をすぼめる。


 それは初めて見る感情の一端だった。


「誰から聞いた?」

「誰にも何も聞いてない。俺に友だちがいないことは知ってるだろう?」

「カマかけたんだね」

「ああ」


 教官のセリフがずっと引っ掛かっていた。


 談笑に夢中で聞き逃したのではないか? 噛み砕いてみれば不思議な物言いだ。


 普通は「見逃した」だろう。目が良い相手に対して使う言葉じゃない。梓沢の本領は耳にあると推察した。


 それは当たっていた。舌打ちの音が廊下の空気に溶ける。あどけなさの残る顔がさらに不機嫌そうにしかめられる。


 耳を褒めただけでこの反応。当人は良く思っていない事柄のようだ。


「問いに答えたお礼に教えてくれよ。梓沢はどうしてクラスで特別あつかいをされるんだ?」

「そんなの簡単だよ。俺が特別だから」


 即答。


 思わず面食らった。


「別にナルシストってわけじゃない。俺はデザイナーチャイルドなんだ」

「何だよそれ」

「大人に都合の良い子供のことだよ。この体には選りすぐりの遺伝子が詰まってる。ある意味俺も機械に作られた人間ってわけ」


 だから俺のことを気にかけるのか?


 問おうとして自重した。


 俺が梓沢の立場なら侮辱されたと受け取る場面だ。唯一中立的な相手を失う行為はためらわれる。


 思考を巡らせて角が立たなそうな文言を紡いだ。


「君は俺に関心があるんだな」

「うん。機械に作られた少年兵がどれくらいやれるのかすごく興味あるんだ。ねえ、お前は俺より強いの?」

「強くなかったらどうする?」

「興覚め。二度と関わることはないと思う」

「そうか」


 俺としてはどちらでも構わない。


 孤独に生きる覚悟はできている。梓沢が関わるのをやめたところでやるべきことは変わらない。


 だから話はここで終わり。教室へ向かうべく靴裏を浮かせる。


 床を踏み鳴らす直前、眼の前に電子的な長方形が浮かび上がった。


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