第64話 つまんないの
俺に行き先はない。
親を失った子供は親戚に預けられるのが定例だ。そうでなければツムギのように児童養護施設に入れられる。その辺りは機械が組んだシステムと何も変わらない。
問題は俺が機械領から来たことにある。
少年兵を使って精神的揺さぶりをかける。機械軍がそういった悪辣な手法を取ることは人々の知る所だ。少年兵だった俺に同情の念を向ける者は少なくない。
同じくらい俺を疎む人々もいる。
多くの軍人が少年兵に射殺されてきた。俺が直接手に掛けていなくても周りから見れば同じ『機械軍の少年兵』だ。好き好んで身元引受人になりたがる者はいない。
居場所のない俺に一つの道が提示された。
人類領にも軍人を育成する学校がある。志願した少年少女、または庇護者を失った子供を受け入れて士官候補生に育て上げる機関だ。
機械との戦争真っただ中。市民の関心は軍事方面に向きやすい。
入学の無償化が決まった際に異を唱える人々は少なかった。戦力を確保できるなら悪くない。そういうスタンスが常態化している。
だからなのだろう。いわくつきの俺でも特殊士官学校への入学が許された。健康状態などの審査も通って寮の部屋も用意された。しばらくは衣食住の整った環境を確保できた。
俺の疑惑は晴れている。
疑惑が晴れても、納得できない者もいる。
「お前さ、どのツラ下げてここにいるわけ?」
少年が机の向こう側で足を止める。
数は三人。一人では心細いのだろう。プランテーションでも関わりのあった手合いだ。わざわざ分析するまでもない。
「このツラじゃ不満か?」
「ああ不満だね。お前たちのせいで父さんが死んだ。なのに、どうしてお前はこんなところで学生をやってられるんだ? 意味が分からない」
「そうだな」
死ぬべきは俺だった。
彼女は多くの人から好かれていた。自らの命を投げ打ってでも俺たちを逃がす優しさと強さがあった。
そんな人を差し置いて、一度は娘を放り出そうとした俺がどうして生き永らえてしまったのか。生かす側を決めた存在がいるなら問いかけてみたいくらいだ。
胸の奥でわき上がったムカムカに駆られて、俺は椅子から腰を浮かせる。
「おい! 待てよ!」
呼びかけを無視して足を進める。
出口前で背中に感触があった。床が迫って反射的に腕を突き出す。
手のひらが床を打ち鳴らすなり追い打ちがあった。背中越しに伝わる感触からして靴跡でも刻み込んでいるに違いない。
手足から力を抜いて暴力に身をゆだねる。
クラスメイトへの罪悪感は欠片もない。俺が彼らの家族を手にかけたわけじゃないんだ。責任を感じる必要はないと思っている。
言うならばこれは自分への罰。
恋人を助けられず一人おめおめと生き残った上に、ミカナが命を賭して守ったツムギを引き取る資格さえ持たない。そんな自分にはお似合いのみじめさだ。
相手はうっぷん晴らしができる。周りもいじめを観てストレス解消している。
加害者、被害者、第三者。
全員誰も困らない。理想的な共生がここにある。
「邪魔なんだけど」
教室が静まり返った。俺は床に這いつくばったまま顔を上げる。
少年が立っている。
一目で分かるほど背が高い。あどけなさの残る顔とは裏腹に、着崩した服が素行不良を思わせる。
燃え尽きて残った灰。白い髪も相まって、俺の目には少年がそんなふうに映る。
無気力な目が教室内を薙いだ。見世物を楽しんでいたクラスメイトがそっぽを向く。
少年の視線が下りて目が合った。
「悔しくないの? こんな腰抜けどもに好き勝手されて」
声色は平坦だ。純粋な興味で問いかけているのだろう、鼓舞の意図や苛立ちの類は一切感じられない。
俺は沈黙にあまんじる。
小さなため息が教室内の空気を揺らした。
「つまんないの」
長身がすれ違って教室の床を踏み鳴らした。前方にいる男子を手で押しのけて椅子に腰を下ろす。
サクサクと菓子をそしゃくする音が続く。
俺はおもむろに体を起こして廊下に出た。乱れた装いを直すべくお手洗いに足を運び、鏡の前で死んだ魚のような目と視線を交差させる。




