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第6話 小屋の少女


「パパ? ママ?」


 女の子だ。ボロボロの衣服をまとってベッドの上に鎮座している。


 顔立ちこそ悪くないけど痩せこけているからみずぼらしい。ろくに食事も取っていないのが見て取れる。


 すぐ違和感を覚えた。

 

 女の子の視線が俺たちの左側に向けられている。呼びかけたのだから女児の意識は俺たちに向くはずだけど、よくよく見ると目の焦点が合っていない。ただならぬ事態を感じさせる様相だ。


「この子、目をわずらっているのかな?」

「たぶん耳もだな。一応聞くけど、玖城さんに子供は……」


 女の子はママと言った。俺と玖城さんの年はそれほど離れていないはずだが、いないとは断定できない。


「張り倒すよ?」


 凍てつくような視線を前に息を呑んだ。


 俺は素直に頭を下げる。


「ママって言うから確認しました。ごめんなさい」

「それを言ったら解代くんだってパパじゃない」

「俺は独り身だ」

「私だってそうよ」


 言い争ってもキリがない。俺はハンドサインで外に出る旨を伝える。


 二人で元いた部屋に引き返した。腕時計型デバイスを介して上司と連絡を取る。


「こちらマント1、コマンダーへ。捜索エリアにて小屋を発見。中をあらためたところ少女を一人発見した。盲目と難聴をわずらっていると思われる」

「親は確認できるか?」

「辺りには見当たらない。少女は痩せこけており、数日の間放置されていると推測される。両親は少女を捨てて逃げたか、どこかで力尽きたと思われる」

「了解した。エリアマップの情報を更新する。指定したポイントに車を向かわせるから、その少女を連れて帰還しろ。ただし機械軍の工作が疑われる。念のため少女の体をスキャンし、布か何かで目をおおってから来るように」

「了解。デバイスでスキャンしたのち、ハンカチで目をおおってから向かいます」


 通信を終えて子供部屋に戻った。命じられた手順をこなして小屋を後にする。


 



 俺たちは指定されたポイントに足を運び、窓のない軍事車両に乗って拠点に戻った。少女の身柄は別の施設へ移送となった。


 小屋が見つかってから三週間が経過した。月が替わって、ファースト・マントの特権行使回数が三回に回復した。


 あれから少女に会っていない。


 発見した当時の少女は見るからに栄養失調だった。医療機関で適切な処置を受けるべきだけど期待はできない。


 このご時世だ、孤児は掃いて捨てるほどいる。一人に高額の治療費が出されるとは思えない。少年兵の俺たちにできるのは、あの日見た物を忘れるように努めることだけだ。


 そんな毎日に変化があった。上官から部屋の変更を言い渡されたのだ。

 

 元いた部屋に愛着はない。俺はすぐに応じて新しい部屋を目指した。移動先の部屋は元いた部屋の三倍以上は広いという。快適な生活が約束されているも同然だ。


「ここか」


 足を止めて部屋の番号を視認する。指定された部屋だと確信して、室内に続くドアノブをひねる。


「……え?」


 今時アナログなドアだなぁ。そんな感想が一瞬の内に消し飛んだ。


 室内に長い髪が垂れていた。


 白磁のような肌、清涼感のある水色の下着。


 清楚な雰囲気とは対照的に、なまめかしくも扇情的せんじょうてきな美しさが俺の視線をつかんで離さない。


「ひっ」


 やわらかそうな頬に茜色が差した。不覚にも胸の奥でそそるものが込み上げる。玖城さんが女性であることを否応なしに意識させられた。


「ご、ごめん!」


 慌てて室内と廊下を一枚のドアで隔てた。


「ここ俺の部屋だよな⁉」


 自分以外の何かに責任を求めて、三日ほど前に受信したメールの文章を視線でなぞる。

 

 部屋のプレートに記された数字も再確認。


「……あってるじゃん」


 やはり正しい、俺は何も間違わない。眼前にある部屋こそが新たな自室だ。


 数秒前の不可解な光景はきっと夢だった。女性の着替えをのぞいた不届き者はいない。俺は気持ちを新たにしてドアノブをひねる。


「せめてノックくらいしなさいよ!」


 ピンク色の枕が迫る。

 

 やわらかなそれを顔面で受けて転倒する羽目になった。



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